第8話 初めてのギルド依頼
東門の外に出るのは、少し怖かった。
いや、かなり怖かった。
俺はまだ卵だ。
しかも、ひび割れ卵。
昨日、正式に従魔登録されたとはいえ、役割は荷物。
戦闘能力はほぼない。
移動能力も低い。
攻撃力はゼロ。
そんな俺が、街の外へ出る。
不安しかない。
ミミルは俺の籠を両手で抱えながら、東門へ向かっていた。
門番にギルドカードと依頼票を見せる。
「見習い向けの薬草採取か。気をつけて行けよ」
「はい」
門番はちらりと俺を見る。
「……卵?」
俺は籠の中で動かなかった。
もう説明が面倒だ。
ミミルが少しだけ胸を張る。
「従魔です」
「従魔……?」
門番は首をかしげたが、ギルドカードを見て納得したらしい。
「まあ、登録されてるならいい。割るなよ」
割るなよ。
軽く言うな。
こっちは命がかかっている。
俺は小さく震えた。
ミミルが籠をそっと撫でる。
「大丈夫。気をつけるから」
右。
頼む。
東門の外は、街の中とは空気が違った。
草の匂い。
土の匂い。
遠くの森の匂い。
それから、わずかな魔力の気配。
俺の殻の奥が、少しだけ反応した。
昨日までなら、ただの草地にしか見えなかったかもしれない。
だが、今は違う。
ミミルの薬草。
回復薬。
俺の殻片。
黒い竜の血。
いろいろなものを吸収したせいか、魔力の気配に少し敏感になっている。
もちろん、鑑定ではない。
名前が見えるわけではない。
どの草が何の薬草なのか、文字で表示されるわけでもない。
ただ、何となくわかる。
薬に使えそうなものは、空気の中で少しだけ柔らかく光っているように感じる。
ミミルは草地の前で依頼票を開いた。
「採るのは、低級薬草十束。あと、もし見つかれば月露草も少し」
月露草。
名前はきれいだ。
たぶん、薬草の一種だろう。
俺には依頼票の絵が見えた。
細長い葉。
葉先に小さな丸い粒。
朝露を残しやすい草らしい。
「エッグ、薬草っぽい反応、わかる?」
俺は籠の中で意識を広げる。
草。
土。
虫。
小石。
薬草。
たくさんの気配が混ざっていて、正直わかりにくい。
だが、その中でいくつか、他より少しだけ整った魔力を持つ草があった。
俺はそちらへ体を傾けた。
右前方。
ミミルが首をかしげる。
「そっち?」
右。
ミミルは俺を抱えたまま、草地の中へ入っていく。
しばらく進むと、依頼票の絵に似た草が生えていた。
「これ……低級薬草だ」
ミミルの声が弾む。
「すごい、エッグ。本当にわかるんだ」
俺は少し得意げに震えた。
ぶる。
わかる。
名前はわからない。
だが、薬草っぽい反応はわかる。
ミミルは丁寧に薬草を摘み取る。
根を残す。
葉を傷つけない。
土を軽く払う。
見習いとはいえ、こういう基本はちゃんとしているらしい。
俺は籠の中から次の反応を探した。
左。
少し先。
岩の影。
俺が左へ傾くと、ミミルが反応する。
「今度は左?」
右。
「左って言うの、ちょっと変だね。エッグが左に傾くと、私は右に進むのか左に進むのか一瞬迷う」
そこは頑張ってほしい。
俺には喋れない。
右左システムの限界である。
ミミルは苦笑しながら、俺が示した方へ進む。
そこにも低級薬草があった。
「本当に当たってる……」
ミミルは感心したように呟く。
俺はさらに集中した。
薬草の反応。
魔力の揺れ。
土の湿り気。
何度か繰り返しているうちに、俺の中で何かがかちりとはまった。
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条件を達成しました。
通常スキル《素材感知 Lv1》を獲得しました。
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来た。
新スキル。
素材感知。
名前そのままだ。
だが、ありがたい。
俺は籠の中で震えた。
ぶるぶる。
ミミルが驚く。
「どうしたの?」
俺は右へ揺れた。
良いことがあった。
たぶん。
「何か見つけた?」
少し違う。
でも、今はそれでいい。
俺は近くの草むらへ意識を向けた。
さっきまでより、反応がはっきりしている。
低級薬草は柔らかい緑。
普通の草はほとんど反応なし。
腐りかけた草は少し濁る。
そして、少し離れた木陰に、他より澄んだ反応があった。
露のように冷たく、淡い青緑の気配。
あれだ。
たぶん、月露草。
俺はその方向へ強く傾いた。
ミミルが首をかしげる。
「そっち? 低級薬草じゃなさそうだけど……」
右。
「別の薬草?」
右。
ミミルの目が輝いた。
「もしかして月露草?」
それは俺には断定できない。
だが、依頼票の絵と反応の感じからして可能性は高い。
俺は少し迷って、右へ揺れた。
ミミルは慎重に木陰へ進む。
そこには、細い葉を持つ草が数本生えていた。
葉先に、小さな水滴のような粒が残っている。
ミミルが息を呑んだ。
「月露草だ……!」
やった。
俺は籠の中で震えた。
素材感知、かなり使える。
ミミルは月露草を丁寧に採取した。
「これ、少しだけでも報酬が上がるよ。回復薬にも使えるし」
右。
良いことだ。
昨日は殻片で評価された。
今日は素材探しで役に立てている。
役割、荷物。
その肩書きを、少しずつ変えられるかもしれない。
そんなふうに思った時だった。
草むらの奥で、がさりと音がした。
俺は固まった。
ミミルも手を止める。
「……何?」
草が揺れる。
小さな影が三つ。
細い体。
尖った鼻。
長い牙。
あれは見覚えがある。
ミミルが前に言っていた。
「牙ネズミ……」
そう、それ。
俺を食おうとしたかもしれないやつ。
正式名称はミミルが言ったからわかる。
俺自身の鑑定で出ているわけではない。
牙ネズミたちは、こちらを見ていた。
ミミル。
籠。
俺。
特に俺。
やめろ。
卵を見るな。
俺は食用不可だ。
ギルドもそう認めている。
ミミルはゆっくり後ずさる。
「エッグ、刺激しないように戻ろう」
右。
同意。
全力で同意。
だが、牙ネズミはじりじり近づいてくる。
一匹なら、前に《威嚇振動》で追い払えた。
だが、今回は三匹。
しかも、こっちは街の外だ。
ミミルは戦闘向きではない。
俺は卵。
状況はあまり良くない。
ミミルは小さな袋から、刺激臭のする粉を取り出した。
「近づいたら、これを投げる」
準備がいい。
ただ、手が震えている。
俺は籠の中で、できることを考えた。
《威嚇振動》。
魔力を消費する。
今の魔力はたぶん回復している。
だが、三匹全部に効くかはわからない。
それに、ここで派手に魔力を使うと、俺のひびに負担がかかるかもしれない。
とはいえ、食われたら終わりだ。
迷っている暇はなかった。
一匹が飛びかかってきた。
「きゃっ!」
ミミルが粉袋を投げる。
白い粉が広がり、牙ネズミの一匹が怯んだ。
だが、残り二匹は左右に分かれて近づいてくる。
俺は籠の中で全力で震えた。
ぶるるるる。
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《威嚇振動 Lv1》を使用しました。
魔力:3/3 → 2/3
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殻の奥から低い振動が広がる。
黒い竜の血の気配を、ほんの少しだけ混ぜる。
牙ネズミたちが足を止めた。
一匹は完全に怯えた。
だが、もう一匹はまだ逃げない。
くそ。
効きが弱い。
俺の威嚇は、まだ微弱だ。
ミミルは後ずさる。
足元に石。
そして、その先にゆるい坂道。
俺は見た。
坂。
転がれる。
いや、転がったところでどうする。
俺は卵だ。
だが、卵でも転がれば勢いは出る。
牙ネズミがミミルの足元へ飛びかかる。
その瞬間、俺は籠の中で体を大きく傾けた。
ごろん。
「あっ、エッグ!」
籠から飛び出す。
地面に落ちる。
痛い。
だが、草の上だったおかげで割れはしない。
俺はそのまま坂へ向かって転がった。
ころ。
ころころ。
加速する。
思ったより速い。
いや、止まらない。
止まらないぞこれ。
俺は全力で進行方向を意識した。
牙ネズミ。
ミミルの足元。
そこへ向かう。
ころころころころ。
牙ネズミがこちらを見る。
遅い。
卵をなめるな。
転がる卵は意外と速い。
俺は牙ネズミの横腹にぶつかった。
ごっ。
硬い感触。
牙ネズミが吹っ飛ぶ。
俺も跳ねた。
世界が回る。
空。
草。
ミミル。
空。
草。
空。
気持ち悪い。
だが、牙ネズミは逃げ出した。
残りの二匹も、怯えたように草むらへ消えていく。
勝った。
たぶん。
俺はその場でぐらぐら揺れながら止まった。
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条件を達成しました。
通常スキル《転殻 Lv1》を獲得しました。
生命力:3/3
ひび割れ率:31% → 32%
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ひび割れ率が少し上がった。
やっぱり危ない。
でも、生命力は減っていない。
割れてはいない。
俺は震えた。
勝った。
ただし、気持ち悪い。
「エッグ!」
ミミルが駆け寄ってくる。
俺を両手でそっと拾い上げた。
「大丈夫!? 割れてない!? 痛くない!?」
質問が多い。
俺は左へ揺れようとしたが、目が回っていた。
いや、目はない。
でも回っている。
結果、変な方向にぐらぐら揺れた。
「大丈夫じゃない!?」
違う。
たぶん大丈夫。
俺は何とか右へ揺れた。
ミミルは泣きそうな顔で俺を抱えた。
「無茶しないでって言ったのに……」
ごめん。
でも、ミミルが危なかった。
俺は小さく震えた。
ミミルは俺の殻を確認する。
「少しひびが広がった気がする……でも、大きな割れはない」
よかった。
俺もよかった。
今後は坂道転がりには注意しよう。
勢いが出すぎる。
ギルドへ戻る道中、ミミルはずっと俺を慎重に抱えていた。
薬草は十束。
月露草も少し。
依頼は達成。
ただし、俺は少し疲れた。
ギルドに戻ると、受付嬢が驚いた。
「ミミルさん、エッグさん。ずいぶん早かったですね」
「依頼は達成しました。ただ、牙ネズミが出て……」
受付嬢の表情が変わる。
「怪我は?」
「私は大丈夫です。エッグが追い払ってくれて」
受付嬢は俺を見る。
「エッグさんが?」
俺は籠の中で、少し得意げに震えた。
ぶる。
ミミルは採取した薬草と月露草を提出した。
受付嬢が確認する。
「低級薬草十束。月露草もありますね。状態も良いです」
報酬は少し上乗せされた。
月露草の分らしい。
そして、ミミルが俺の素材探しと牙ネズミ撃退の話をすると、受付嬢は登録カードを確認した。
「なるほど。素材探索の補助、危険回避の補助、さらに威嚇行動と体当たり……」
体当たり。
あれ、体当たり扱いでいいのか。
ただ転がってぶつかっただけだが。
受付嬢は少し笑った。
「役割更新の申請を出しても良さそうですね」
来た。
脱・荷物。
俺は籠の中で震えた。
ぶるぶる。
受付嬢が新しい登録情報を書き込む。
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従魔名:エッグ
種別:ひび割れ卵
所有者:ミミル
役割:補助従魔
危険度:なし
備考:魔力素材への反応あり。
食用不可。廃棄推奨。経過観察中。
意思表示あり。本人同意あり。
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役割:補助従魔。
ついに荷物ではなくなった。
備考に廃棄推奨は残っている。
しつこい。
でも今は許す。
荷物から補助従魔へ。
これは大きな一歩だ。
ミミルが嬉しそうに俺を見る。
「やったね、エッグ」
右。
やった。
俺は役に立った。
そして、少し強くなった。
ただ、ひび割れ率も少し上がった。
強くなるには、リスクがある。
それを忘れてはいけない。
ギルドの隅で、ガルドがこちらを見ていた。
「へえ。荷物卵が補助従魔ねえ」
またいた。
暇なのか。
ガルドはにやりと笑った。
「まあ、せいぜい割れないように転がれよ」
俺は動かなかった。
返事はしない。
ミミルも無視した。
成長したな、ミミル。
ギルドを出る時、俺は新しい登録カードをもう一度見た。
補助従魔。
まだ弱い。
まだ卵。
まだ廃棄推奨。
でも、もう荷物ではない。
俺は籠の中で、小さく震えた。
次は、もっと安全に役に立とう。
できれば、坂道以外で。




