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第42話 捕獲具に残った白い印

冒険者の音を。


 工房まで持ち帰った。



 小さな魔石。


 欠けた角。


 硬貨が数枚。



 俺の取り分だ。



 机の端に並べると。


 少しだけ。


 偉くなった気がした。



 まあ。


 卵だけど。



 戦利品を持つ卵。



 字面にすると。


 やっぱり弱そうだ。



「エッグ。こちらに置いておきますね」



 ミミルが。


 小さな布袋へ入れてくれた。



 俺の袋。



 いい。



 非常にいい。



 右へ揺れようとして。



 殻が。


 かすかに震えた。



 右へは動かない。



 まだ。


 転がれない。



 でも。


 伝わった。



 ミミルが笑う。



「はい。エッグのものです」



 その直後。



 工房の扉が。


 三度。


 叩かれた。



 一定の間隔。



 急いではいない。


 迷ってもいない。



 ミミルの顔から。


 笑みが消えた。



「どなたですか」



「薬師ギルドのセリアです」



 聞き慣れた声。



 ミミルが扉を開ける。



 灰色のローブ。


 薬師ギルドの紋章。



 セリアは。


 一人ではなかった。



 後ろに。


 蓋の閉じた木箱がある。



 箱の両側には。


 封印紙。



 薬師ギルドと。


 冒険者ギルド。



 二つの印が重なっていた。



「押収品を持ってきました」



 セリアが言った。



「以前、移送中の襲撃で使われた捕獲用魔道具です。それと、ロイムが残した取引記録の写しです」



 俺の戦利品が。


 急に。


 遠くなった気がした。



 捕獲用魔道具。



 俺を捕まえ。


 街の外へ運ぶための道具。



 そして。



 俺が。


 一度死んだ場所にあったもの。



 ひびが。


 ぴくりと震えた。



 ミミルの手が。


 すぐに俺の殻へ触れる。



「痛みますか?」



 左。



 痛くはない。



 でも。



 嫌な感じがする。



 箱の中から。


 細い糸を伸ばされているような。



 見えない何かが。


 俺のひびを。


 探っている。



 セリアは。


 俺を見た。



「解析には、エッグ本人の同意も必要です」



 事務的な声。



 だが。


 箱を開ける前に。


 俺へ聞いている。



「契約情報の大半は消されています。ただし、完全ではありません。残った痕跡を調べれば、魔道具の出所と依頼主へ近づける可能性があります」



「危険は?」



 ミミルが聞く。



「不明です」



 セリアは。


 ごまかさなかった。



「消去に使われた術式が生きていれば、解析を妨害する可能性があります。魔道具そのものが外部とつながっている可能性も、否定できません」



 外部。



 つまり。



 俺を欲しがる誰か。



 俺は。


 木箱を見る。



 見ても。


 板しか見えない。



 それでも。


 分かる。



 あれは。


 終わっていない。



 俺を殺した出来事は。


 過去になっていない。



「エッグ」



 ミミルが。


 ゆっくり聞いた。



「調べますか?」



 俺が拒否すれば。


 箱は閉じたまま戻される。



 たぶん。


 その方が安全だ。



 でも。



 安全なまま。


 待っていれば。



 向こうは。


 また来る。



 次は。


 もっと上手く。



 もっと壊れにくい箱を持って。



 俺を。


 物として運ぶために。



 殻を震わせる。



 右。



 調べる。



 ミミルの指先が。


 少しだけ強くなった。



「分かりました。ただし、異常があればすぐ止めます」



 右。



 それでいい。



 セリアが。


 封印紙を確認する。



 二つのギルドの印へ。


 それぞれ細い針を刺した。



 紙の文字が。


 淡く光る。



 封印が解けた。



 木箱の中には。


 黒い輪が入っていた。



 俺より。


 一回り大きい。



 内側には。


 細かな銀線。



 外側には。


 削られた文字。



 何かが書いてあった。


 だが。


 刃物で削ったのではない。



 文字だけが。


 溶けている。



「契約者名、製造工房、納入先。通常なら、この三層に記録されます」



 セリアが。


 銀線を指した。



「すべて空白です」



「消されたんですね」



「はい。押収された後に」



 ミミルの声が硬くなる。



「遠隔で?」



「その可能性が高いです」



 セリアは。


 ロイムの記録を机へ置いた。



 薄い帳面。



 数字と。


 日付と。


 品名。



 だが。


 肝心の取引相手だけが。


 黒く滲んでいる。



 魔道具と同じだ。



 隠したい場所だけ。


 消えている。



「ロイムの記録では、捕獲具は『保護容器』として処理されています。支払い元はヴァルム商会の外部口座です」



「外部口座?」



「商会名義ではありません」



 セリアが。


 一枚の紙を抜き出す。



「資金の流れは途中で切れています。ただ、同じ日に同額の入金がありました」



 入金欄にも。


 名前はない。



 代わりに。


 白い染みがあった。



 紙が汚れたような。


 丸い跡。



 ミミルが。


 帳面を灯りへかざす。



「蝋ですか?」



「そう見えますが、熱には反応しませんでした」



 セリアが。


 小瓶の液体を。


 一滴落とす。



 透明な液が。


 白い染みの上で止まった。



 染みは。


 液を弾かない。



 吸いもしない。



 そこだけ。


 何も存在しないように。


 雫が丸く浮いている。



 ミミルが。


 息を止めた。



「消去印……」



「知っているんですか」



「本で見ただけです。契約術式を消すとき、消した情報の代わりに空白を固定する印です」



 空白を。


 固定する。



 消した後に。


 何も書けないようにする印。



 徹底している。



 俺なら。


 黒く塗って終わりだ。



 向こうは。


 黒く塗った跡すら。


 残したくないらしい。



「でも、印にも術者の癖が残ります」



 ミミルが。


 細いガラス棒を取った。



 五号薬を。


 別の皿へ一滴。



 さらに。


 低刺激の保護材を混ぜる。



 俺の近くで。


 泡が。


 一つ。


 二つ。



 すぐに整った。



 セリアの目が。


 皿と俺の間を動く。



「同じ反応です」



「はい。殻片は使っていません」



 ミミルが答える。



「エッグの近くでは、薬液の魔力が乱れにくい。これを利用すれば、消去印の表面ではなく、下に残った反応を見られるかもしれません」



 俺は。


 皿を見る。



 前にも。


 近くの薬が整った。



 偶然ではないかもしれないと。


 何度も試した。



 今は。


 俺の震えと。


 殻から滲む薬の魔力を重ねる。



 触らない。


 削らない。



 それでも。


 薬液は応える。



「始めます」



 ミミルが言った。



「エッグ。苦しくなったら、左へ震えてください」



 右。



 分かった。



 ガラス棒が。


 白い染みへ近づく。



 俺は。


 小さく震えた。



 皿の薬液が。


 同じ幅で揺れる。



 一滴。


 帳面へ落ちた。



 白い染みの縁に。


 細い線が浮かぶ。



 丸ではない。



 盾の形。



 その中に。


 三本の穂。



 セリアが。


 すぐに別の記録を開いた。



「貴族家の紋章です」



 ミミルが顔を上げる。



「どこの?」



「先日、所有権の審査を求める書状を送ってきた家です」



 つながった。



 ヴァルム商会。



 貴族。



 俺を。


 街の外へ連れ出そうとする書状。



 偶然ではない。



 商会が。


 勝手に俺を狙ったわけではない。



 金を出した者がいる。



 俺を買うために。



 ひびが。


 熱を持った。



 ミミルが。


 すぐに手を止める。



「エッグ?」



 左ではない。



 まだ。


 続けられる。



 右へ震える。



「無理はしないでください」



 分かってる。



 たぶん。



 ミミルは。


 信じていない顔をした。



 正しい。



 俺も。


 あまり信じていない。



 解析は続いた。



 次は。


 捕獲具の銀線。



 五号薬を染み込ませた糸を。


 外側へ触れさせる。



 俺が震えるたび。



 銀線の奥から。


 消された光が浮かぶ。



 一つ目。



 支払い確認。



 二つ目。



 捕獲対象の状態記録。



 三つ目。



 輸送前の封鎖。



 文字は読めない。



 だが。


 魔力の流れは残っている。



 セリアが。


 ロイムの帳面と。


 一つずつ照らし合わせる。



「一致します」



 低い声。



「この捕獲具は、ヴァルム商会を経由して納入されています。資金は貴族家の管理口座から出ている」



「では、その貴族が依頼主ですか」



「依頼を出したのは、そうでしょう」



 セリアの指が。


 もう一つの白い染みで止まった。



「ですが、依頼を出すよう命じた者がいます」



 染みは。


 さっきより小さい。



 爪の先ほど。



 白い点。



 俺のひびが。


 強く震えた。



 今度は。


 自分で動かしていない。



 かち。



 殻の内側で。


 何かが鳴る。



 捕獲具も。



 かち。



 同じ音を返した。



「止めます」



 ミミルが。


 糸を離そうとする。



 だが。



「待ってください」



 セリアが言った。



「印が開いています」



 白い点から。


 細い線が伸びていた。



 紙の上ではない。



 魔道具へ。



 帳面と。


 捕獲具が。


 一つの術式としてつながっている。



 ミミルが。


 薬液を追加する。



 文字が浮かんだ。



 ほとんどが欠けている。



 読めたのは。



 監査。



 回収。



 白面。



 三つだけ。



「白面の監査官」



 セリアが呟いた。



 ひびが。


 焼けた。



 生命力が削られる痛みではない。



 もっと奥。



 俺を。


 俺だと決めている何かが。



 向こうから。


 見つけられた。



 そんな感覚。



 かち。



 捕獲具の銀線が。


 白く光る。



 あの日の光景が。


 頭の中へ戻った。



 箱。



 薬液。



 毒。



 割れる音。



 ミミルの声。



 暗くなる。



 そして。



 残った殻から。


 もう一度。



 俺になる。



 その瞬間。



 白い線が。


 遠くへ走った。



 誰かへ。



 俺が死んだことを。



 違う。



 死んだ後に。


 戻ったことを。



 知らせるために。



「通知術式です」



 ミミルの声が震える。



「捕獲具が、エッグの生命反応を記録していた。途切れた後、別の反応が同じ殻から生じたことで……」



「遠隔通知を送った」



 セリアが続けた。



「回収対象の異常として」



 白い線の先に。


 小さな印が浮かぶ。



 顔。



 目も。


 口もない。



 白い面。



 俺のひびと。


 魔道具の銀線が。


 同時に震える。



 かち。



 かち。



 かち。



 返事を求めるように。



 違う。



 これは。



 今も。


 俺を探している。



 ここにいると。



 もう一度。


 知らせようとしている。



「切ります」



 ミミルが。


 ガラス棒を折った。



 薬液の糸が切れる。



 まだ。



 白い光は消えない。



 ミミルは。


 捕獲具へ布をかぶせた。



 その上から。


 封鎖薬を叩きつける。



 銀線が。


 布の下で明滅する。



「まだ記録が――」



 セリアが言う。



「足りません」



「十分です」



 ミミルは。


 俺を抱き上げた。



 俺と魔道具の間へ。


 自分の体を入れる。



「商会と貴族家と白面の監査官。つながりは確認できました。これ以上は、エッグを危険にさらします」



 セリアは。


 白い印を見る。



 それから。



 俺を見た。



「同意します」



 二つのギルドの封印紙が。


 再び箱へ貼られる。



 一枚。



 もう一枚。



 白い光が。


 ようやく消えた。



 俺のひびは。


 まだ熱い。



 でも。



 見えない糸は。


 切れている。



 ミミルが。


 俺の殻を確かめる。



「聞こえますか?」



 右。



 聞こえる。



「痛みは?」



 少し迷う。



 左ではない。



 痛い。



 だから。



 右にも。


 左にも揺れず。



 弱く震えた。



 ミミルは。


 俺の答えを。


 ごまかさなかった。



「痛いんですね」



 右。



 今度は。


 はっきり返した。



 セリアが。


 新しい記録紙へ筆を走らせる。



 ヴァルム商会。



 貴族家の資金。



 白面の監査官による回収指示。



 捕獲対象の生命反応消失。



 同一残骸からの再反応。



 遠隔通知。



 一本ずつ。



 ばらばらだったものが。


 線になる。



 俺を捕まえようとした商人。



 俺を所有しようとした貴族。



 俺の死と。


 戻った瞬間を知っている白い顔。



 全部。



 同じ線の上にいる。



 俺は。


 ミミルの腕の中から。


 封じられた箱を見た。



 向こうは。



 最初から。


 俺が何なのかを。


 少し知っていた。



 少なくとも。



 死んで終わらなかったことを。



 俺たちより早く。



 知っていた。



 机の端で。


 俺の戦利品が。


 小さく触れ合った。



 仲間として得たもの。



 その隣には。



 俺を物として回収するための箱。



 俺が。


 一つ前へ進むたび。



 向こうも。


 俺を見つけやすくなる。



 それでも。



 戻るつもりはない。



 薬瓶にも。



 置物にも。



 捕獲対象にも。



 なるつもりはない。



 俺は。



 俺の取り分を持つ。



 仲間だ。



 ミミルが。


 俺を抱く腕へ力を込めた。



「次は、こちらから線を切ります」



 俺は。


 右へ震えた。



 白い印は。


 消えた。



 だが。



 白い面の向こう側には。



 もう。



 俺たちの存在が。



 届いている。

ばらばらだった商会、貴族、白面側の線が一本につながりました。

 エッグが得た仲間としての記録と、回収対象としての記録。その両方が次の動きを呼び込みます。


お読みいただきありがとうございます!


「続きが気になる」「卵、がんばれ」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。感想もひとこと置いていってくれたら、殻にヒビが入るくらい励みになります。


廃棄推奨の最弱卵が世界を孵すまで、どうか見届けてやってください。

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