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第41話 転がれない卵の勝ち方

初報酬を受け取った。


 その日のうちに。


 俺は。


 公開訓練へ出ることになった。



 急すぎる。



 俺はまだ。


 報酬の硬貨を眺めて。


 にやにやする時間すら。


 もらっていない。



 いや。


 卵に表情はない。



 にやにやは。


 できない。



 それでも。


 余韻というものがあるだろう。



「採取依頼の記録だけでは、偶然だと言う人もいます」



 受付の男が言った。



「薬草を見つけたのも、魔物に気づいたのも、同行者の判断だったのではないか。そう書き換えたい者がいる」



 いるのか。



 面倒な奴が。



「公開訓練で、エッグ本人の判断を記録できれば違います」



 ミミルが。


 俺を見る。



「ただし、危険です」



 右。



 分かっている。



「私が助ければ、訓練はそこで終了します」



 右。



「今のエッグは、転がれません」



 右。



「相手は訓練用でも、魔物です」



 右。



「本当に、出ますか?」



 俺は。


 右へ。


 強く揺れた。



 出る。



 薬草採取では。


 運よくできることがあった。



 次も。


 そうとは限らない。



 でも。



 運が悪ければ役に立たない。


 では。



 外へ連れ出す価値がない。


 と。


 判断される。



 それでは困る。



 ミミルに。


 ずっと抱えられて。


 ずっと守られて。


 危なくなったら。


 ずっと隠される。



 それは。


 相棒ではない。



 高価な荷物だ。



 しかも。


 割れ物。



 最悪。



================



 冒険者ギルドの裏には。


 円形の訓練場があった。



 土を固めた床。


 腰ほどの高さの柵。


 その外側に。


 冒険者たち。



 多い。



 多すぎる。



 採取依頼にいた護衛もいる。


 受付の男もいる。


 知らない顔も。


 たくさんいる。



「本当に卵を出すのか?」


「訓練じゃなくて料理の準備だろ」


「高価な薬瓶を闘技場に置くなよ。割れたら誰が払うんだ」



 笑い声。



 薬瓶。



 前は。


 素材。



 今度は。


 容器。



 少しは。


 生き物に近づけてほしい。



「訓練の目的を説明します」



 訓練場の中央で。


 受付の男が声を張った。



「参加者エッグが、同行者の直接支援を受けず、訓練用魔物への対処を行います。勝利条件は、相手の行動不能、降伏区域への誘導、または制限時間までの生存です」



 生存。



 最後だけ。


 急に弱い。



「ミミルは柵の外で待機。危険と判断した場合は介入します。ただし、その時点で訓練失敗です」



 ミミルが。


 柵の外へ下がる。



 俺を置いて。



 一歩。



 もう一歩。



 離れていく。



 怖い。



 訓練だ。



 分かっている。



 死なないように。


 相手も調整されている。



 それでも。



 床の広さが。


 急に増した。



 ミミルが近くにいないだけで。


 世界は。


 こんなに広かったのか。



「エッグ」



 柵の外から。


 ミミルが呼ぶ。



「危なくなったら、私が止めます」



 右。



「失敗しても、あなたの記録が消えるわけではありません」



 右。



「だから、無理だけはしないでください」



 俺は。


 少し迷って。



 右へ揺れた。



 無理はしない。



 たぶん。



 訓練場の反対側で。


 木の扉が開いた。



 出てきたのは。


 小型の魔物だった。



 俺より少し大きい。


 四本の脚。


 低い胴体。


 額に。


 短い角。



 小角兎。



 名前に兎とついているが。


 かわいくはない。



 目つきが悪い。


 歯も鋭い。


 脚も太い。



 何より。



 動ける。



 ずるい。



 俺には。


 脚が一本もない。



 小角兎の首には。


 訓練用の青い布が巻かれている。



 あれを外せば。


 勝利。



 無理では?



「始め!」



 扉が閉まった。



 小角兎が。


 俺を見る。



 鼻を動かす。



 前脚が。


 土を掻いた。



 来る。



 俺は。


 転がろうとした。



 殻を傾ける。



 ほんの少し。


 動いた。



 止まった。



 知ってた。



 今の殻では。


 《転殻》が使えない。



 知っていたけど。



 こういう時くらい。


 空気を読んで。


 復活してほしかった。



 小角兎が。


 走り出した。



 速い。



 俺は。


 殻を震わせた。



 少し。


 右へずれる。



 遅い。



 角が。


 殻の横を擦った。



 硬い音。



 視界が回る。



 いや。



 視界はない。



 感覚が。


 ひっくり返った。



個体名:エッグ

種族:薬魔卵

種族ランク:F

レベル:1/5

ひび割れ率:9%



生命力:3/3

魔力:2/2

攻撃力:0

防御力:1

敏捷:0

知力:8

運:1



固有スキル:

《殻継転生 Lv1》

《孵化未遂 Lv1》



通常スキル:

《微振動 Lv2》

《薬性分泌 Lv1》

《麻痺耐性 Lv1》

《睡眠耐性 Lv1》



称号:

《転生者》

《孵化不全》

《廃棄された卵》

《一度砕けた者》



 ひび割れ率。


 九。



 一回。


 擦られただけで。



 まずい。



「もう終わりか?」


「やっぱり置物じゃねえか」



 声が飛んでくる。



 小角兎が。


 向きを変えた。



 また。


 前脚で土を掻く。



 ミミルは。


 動かない。



 助けない。



 約束どおり。



 それが。


 少し嬉しくて。



 かなり怖い。



 次は。


 避けられない。



 転がれない。



 攻撃力は。


 ゼロ。



 防御力は。


 一。



 終わってる。



 前と違うやり方で。



 俺は。


 そう決めた。



 では。



 何がある。



 震える。



 薬を出す。



 耐える。



 少ない。



 選択肢が。


 少なすぎる。



 小角兎が走る。



 俺は。


 殻の底へ。


 力を込めた。



 透明な液が。


 じわりと滲む。



《薬性分泌》。



 傷口を塞いだ。


 あの液。



 攻撃力はない。



 毒でもない。



 床へ出したところで。


 誰も治らない。



 小角兎が。


 迫る。



 俺は。


 震えた。



 薬性の液が。


 土の上へ薄く広がる。



 直後。



 角が。


 俺の真横を通り過ぎた。



 小角兎の前脚が。


 液を踏む。



 滑った。



「ギッ!?」



 四本の脚が。


 ばらばらに開く。



 小角兎は横倒しになり。


 土を削りながら滑っていった。



 止まった。



 柵の手前。



 惜しい。



 行動不能ではない。



 青い布も。


 外れていない。



 小角兎が起き上がる。



 怒っている。



 とても。



 怒っている。



 さっきより。


 鼻息が荒い。



 俺は。


 動けない。



 だが。



 床には。


 俺の液が残っている。



 薄く。


 細く。



 最初に擦られて。


 向きが変わった。



 そのおかげで。


 線は。


 訓練場の端へ伸びていた。



 偶然。



 いや。



 今から使えば。


 作戦だ。



 たぶん。



 俺は。


 微振動を起こした。



 右。



 止める。



 右。



 止める。



 一定ではなく。



 小さく。


 間を空けて。



 小角兎の耳が。


 動いた。



 こちらを見失わないように。


 首を振る。



 兎は。


 音と振動に敏感だ。



 薬草の反応を探った時。


 土を伝わる差があった。



 傷んだ根。


 生きた根。


 空洞。



 脚が。


 どこへ置かれたかも。



 分かる。



 俺は。


 強く震えた。



 小角兎が。


 正面から突進する。



 速い。



 床を蹴る。


 一歩。


 二歩。


 三歩。



 俺は。


 振動を変えた。



 左。



 右。



 強く。



 土を伝わる震えに。


 小角兎の耳が反応する。



 頭が。


 わずかに傾く。



 狙いがずれた。



 俺の横。



 薬性の液が。


 一番濃く残った場所へ。



 前脚が乗る。



 滑る。



 だが。


 今度は倒れない。



 後ろ脚を踏ん張った。



 そっちには。



 薄い液がある。



 滑る方向だけが。


 違う。



 前脚は外へ。


 後ろ脚は内へ。



 小角兎の体が。


 横向きに回った。



 俺は。



 何もしていない。



 震えただけ。



 液を出しただけ。



 勝手に走ったのは。


 向こう。



 勝手に滑ったのも。


 向こう。



 小角兎は。


 回りながら。



 訓練場の端にある。


 白い線を越えた。



 その先。



 降伏区域へ。



 藁束の山へ。


 頭から突っ込んだ。



 青い布が。


 角へ引っかかり。



 するりと抜けた。



 静かになった。



 観客も。



 小角兎も。



 俺も。



 動かない。



 受付の男が。


 白い線を見る。



 落ちた布を見る。



 俺を見る。



「勝者、エッグ!」



 声が。


 訓練場へ響いた。



 勝った。



 俺が。



 転がれない卵が。



 脚のある相手に。



 勝った。



 笑い声は。


 もうなかった。



 代わりに。



「床を使ったのか?」


「液を撒いてたぞ」


「毒か?」


「毒なら、あの兎は立てねえだろ」


「振動で向きを変えさせた……のか?」



 好き勝手に。


 話している。



 正解に近い。



 だが。



 俺は。


 それどころではなかった。



 小角兎が。


 藁束の中で。


 動かない。



 やりすぎた?



 訓練とはいえ。


 角から突っ込んだ。



 俺は。


 体を傾ける。



 進まない。



 震える。



 少しだけ。


 土の上を滑る。



 薬性の液が。


 まだ底にある。



 それを出しながら。


 震える。



 一度。



 二度。



 少しずつ。



 小角兎へ近づく。



「勝負は終わったぞ」



 誰かが言った。



 分かっている。



 終わったから。



 行くんだ。



 小角兎の前脚が。


 藁の外に出ていた。



 擦り傷。



 血が滲んでいる。



 俺は。


 その脚へ触れた。



 透明な液を。


 傷へ落とす。



 小角兎の脚が。


 びくりと動く。



 噛まれるかと思った。



 怖い。



 だが。



 引けない。



 そもそも。



 引く脚がない。



 液が。


 傷を覆う。



 血が止まった。



 小角兎が。


 藁束から。


 ゆっくり顔を出した。



 俺を見る。



 鼻を寄せる。



 噛むな。



 絶対に。



 小角兎は。


 俺の殻の匂いを嗅いだ。



 それから。



 顔を背けた。



 失礼。



 そんなにまずそうか。



「対戦相手まで治したぞ」



 柵の外で。


 誰かが呟いた。



「薬瓶じゃない」



 採取依頼で。


 包帯を巻いていた護衛が言った。



「あれは、自分で使い方を決めてる」



 今度は。



 誰も笑わなかった。



================



 訓練の後。



 俺は。


 ギルドの長机に置かれた。



 ミミルが。


 殻の擦れた場所を調べている。



「浅い傷です」



 よかった。



「でも、次は途中で止めますからね」



 左。



「止めます」



 左。



「エッグ」



 右。



 はい。



 止めてください。



 怖い。



 怒ったミミルは。



 小角兎より。


 強い。



 机の向かいでは。


 訓練に参加していた冒険者たちが。


 今日の取り分を分けていた。



 訓練場では。


 小角兎以外にも。


 数体の魔物が使われていた。



 危険が増した個体は討たれ。


 角。


 爪。


 小さな魔石。



 使えるものが。


 戦利品として並ぶ。



「卵の分だ」



 一人が。


 小さな魔石を。


 俺の前へ置いた。



 受付の男が。


 眉を上げる。



「エッグが相手にした個体は生きている。戦利品はないぞ」



「分かってる」



 別の冒険者が。


 小さな角を置いた。



「床の滑る場所が分かったから、こっちも怪我せず済んだ」



「俺の相手も、振動に気を取られてた」



「最後に治しただろ。あの小角兎、次の訓練でも使える」



 一つ。



 また一つ。



 俺の前に。


 戦利品が増える。



 初報酬とは違う。



 ギルドが。


 仕事として払ったものではない。



 一緒に訓練した者が。



 自分の取り分から。



 俺へ渡したもの。



「受け取るか?」



 冒険者が聞いた。



 俺に。



 また。



 俺に。



 右へ揺れる。



 受け取る。



 ただし。



 俺は。


 もう一度震えた。



 小さな魔石を。


 押す。



 机の上を滑って。


 ミミルの前へ。



「私に、ですか?」



 右。



 ミミルは。


 柵の外にいた。



 助けなかった。



 だから。


 俺は一人で勝てた。



 でも。



 一人でここへ来たわけではない。



 自立とは。



 全部。


 一人でやることではない。



 たぶん。



 自分にできることを。


 自分で選ぶことだ。



 できないことは。


 仲間に頼る。



 仲間が困れば。


 自分のできることで支える。



 俺は。


 戦えない。



 転がれない。



 噛めない。


 蹴れない。


 殴れない。



 それでも。



 敵が走る場所は。


 選べる。



 仲間が立つ場所を。


 少しだけ安全にできる。



 倒れた相手の傷も。


 塞げる。



 それが。



 今の俺の。



 勝ち方だ。



 受付の男が。


 記録板へ筆を走らせた。



 公開訓練。


 単独判断。



 誘導による勝利。



 終了後。


 負傷個体を治療。



 戦利品。


 分配対象。



 俺は。


 文字を見た。



 薬師ギルドでは。


 助手。



 冒険者ギルドでは。


 参加者。



 そして今。



 戦利品を分ける。



 仲間。



 薬瓶には。


 取り分はない。



 置物にも。


 取り分はない。



 ここにあるのは。



 俺が勝って。



 俺が助けて。



 俺が受け取った。



 俺の分だ。



 ミミルが。


 魔石を俺の隣へ戻した。



「これは、二人で使いましょう」



 右。



 それがいい。



 机の上で。


 戦利品が。


 小さく触れ合う。



 硬貨とは違う音。



 薬瓶とも違う。



 冒険者の音。



 俺は。


 動けない。



 転がれない。



 それでも。



 今日。



 自分のやり方で。



 一つ。



 前へ進んだ。



 その頃。



 受付の奥では。



 公開訓練の記録が。


 新しい照会書の横へ。


 置かれていた。



 薬草を探せる。



 傷を塞げる。



 単独で魔物を退けられる。



 街の外へ。



 連れ出す価値がある。



 そんな言葉へ。


 書き換えられるために。

転がれないなら、相手に転がってもらえばいい。

エッグなりの勝ち方と、戦った後に選ぶ優しさを書きました。


お読みいただきありがとうございます!


「続きが気になる」「卵、がんばれ」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。感想もひとこと置いていってくれたら、殻にヒビが入るくらい励みになります。


廃棄推奨の最弱卵が世界を孵すまで、どうか見届けてやってください。

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