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第4話 廃棄推奨の卵

鑑定結果は、最悪だった。



================



名称:ひび割れ卵

種別:不明

危険度:なし

食用:不可

素材価値:低

備考:廃棄推奨。ただし魔力反応あり。経過観察。



================



 廃棄推奨。



 見れば見るほど嫌な文字だ。



 しかも、食用不可。

 素材価値低。



 食べられもしない。

 素材にもならない。

 危険でもない。



 つまり、ただのゴミ扱いである。



 いや、違う。

 俺はゴミではない。



 元人間だ。

 今は卵だけど。



 ギルドの鑑定台の上で、俺は怒りに震えていた。



 ぶるぶる。



 鑑定士が眉をひそめる。



「ふむ……やはり魔力反応はある。しかし、分類できませんな」



 受付嬢が首をかしげる。



「魔物の卵、ということでしょうか?」



「可能性はあります。ただ、通常の魔物卵とは構造が違う。中身の反応も薄い。生きていると言えば生きているが……孵化する見込みは低いでしょう」



 孵化する見込みは低い。



 地味に傷つく言葉だった。



 いや、自分でも薄々わかってはいる。

 俺は《孵化不全》なんて称号を持っている。

 普通の卵ではないのだろう。



 でも他人に言われると腹が立つ。



 俺はさらに震えた。



「ほら、動いてるじゃないですか」



 ミミルが俺をかばうように言った。



 鑑定士は腕を組む。



「動くからといって、知性があるとは限りません。刺激に反応しているだけの可能性もあります」



 違う。



 めちゃくちゃ知性あります。



 今この瞬間も、あなたの発言に対してかなり具体的に腹を立てています。



 俺は、台の上で小さく跳ねようとした。



 当然、跳ねられない。



 ただ、少しだけ殻が鳴った。



 コン。



 周囲の冒険者たちが笑う。



「おい、卵が怒ってるぞ」



「割って中見てみようぜ」



「食えねえって書いてあるだろ」



「じゃあ捨てるしかねえな」



 好き勝手言いやがって。



 俺は怒りで《威嚇振動》を発動しそうになった。



 だが、ここで暴れたら本当に危険物扱いされるかもしれない。



 処分。

 廃棄。

 討伐。



 どの言葉も俺にとっては死刑宣告だ。



 落ち着け。

 冷静になれ。



 今の俺が頼れるのは、ミミルだけだ。



 俺はミミルの方へ、できる限り体を傾けた。



 右に、ころり。



 いや、ころりというほど動けていない。

 ほんの少し傾いただけだ。



 それでもミミルは気づいた。



「……もしかして、私の方に来ようとしてる?」



 そうだ。



 俺は必死に震えた。



 YES。

 YESです。

 その解釈で合ってます。



 ミミルは鑑定士に向き直った。



「この子、私の言葉に反応してると思います」



「ミミルさん。あなたがそう思いたいのはわかりますが」



「思いたいだけじゃありません。森でも、この卵が牙ネズミを追い払ってくれたんです」



 鑑定士の目が少し細くなった。



「牙ネズミを?」



「はい。黒い魔力みたいなものを出して、三匹とも逃げました」



 受付嬢が驚いた顔をする。



 周囲の冒険者たちもざわついた。



「卵が牙ネズミを追い払った?」

「嘘だろ」

「ミミルの見間違いじゃないか?」



 鑑定士はもう一度、俺に水晶をかざした。



 青白い光が殻を包む。



 さっきと同じ外部鑑定だ。



 この鑑定では、俺の本当の種族名までは見抜けていない。

 だが、魔力の有無くらいはわかるらしい。



 俺はじっとしていた。



 今は下手に動かない方がいい。



 鑑定士はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。



「確かに、微量ながら竜種に似た魔力反応がありますな」



 竜種。



 その言葉に周囲がさらにざわつく。



「竜?」

「この卵が?」

「いやいや、こんな小さい竜卵があるかよ」



 俺もそう思う。



 竜の卵にしては、俺はあまりにも情けない。



 震えるしかできないし。



 鑑定士は続けた。



「ただし、竜卵と断定するには弱すぎる。魔力が混ざっているだけかもしれません。危険度は……現時点ではなし。しかし、不安定です」



 受付嬢が確認する。



「では、処分対象ではなく経過観察ですか?」



「そうですな。持ち主が責任を持って管理するなら、即時廃棄までは不要でしょう」



 即時廃棄までは不要。



 なんだそのギリギリの評価。



 だが、命は繋がった。



 ミミルはほっとしたように胸をなで下ろした。



「じゃあ、私が預かります」



 鑑定士は少し驚いたようにミミルを見る。



「本気ですか? 価値は低い。危険性は不明。研究素材としても、安定した成果が出る保証はありませんよ」



「でも、生きてます」



「魔物かもしれません」



「それでも、今は私に助けを求めてるように見えます」



 ミミルはそう言って、俺をそっと両手で包んだ。



 俺は何も言えなかった。



 いや、口がないから言えないのは当然だ。



 だが、もし口があったとしても、たぶんすぐには言葉が出なかったと思う。



 助けを求めているように見える。



 そうだ。



 俺は助けてほしかった。



 この世界で目が覚めてから、ずっと。



 角つきウサギに食われかけた時も。

 黒い竜の血を浴びた時も。

 鑑定台で廃棄推奨と表示された時も。



 誰かに、これは生きていると認めてほしかった。



 ミミルは受付嬢に手続きを頼んだ。



「経過観察扱いで登録できますか?」



「はい。ただし、街中で異常行動があればギルドに報告してください」



「わかりました」



 受付嬢は書類に何かを書き込む。



 俺はミミルの腕の中で、ようやく少しだけ安心した。



 だが、それも長くは続かなかった。



 近くにいた大柄な冒険者が、にやにやしながら声をかけてきた。



「おいミミル。そんな割れ卵、持って帰ってどうすんだよ」



 周囲がまた笑う。



「錬金術の材料にもならねえってよ」

「落ちこぼれにはちょうどいいんじゃねえか」

「卵と一緒に腐るなよ」



 ミミルの肩が、わずかに震えた。



 俺はその時、初めて気づいた。



 ミミルも、このギルドで見下されているのだ。



 さっきまでの言葉。

 変な素材を拾ってきた。

 また失敗か。

 落ちこぼれ。



 そういう扱いに、彼女は慣れているようだった。



 俺は腹が立った。



 自分が笑われるのは嫌だ。

 だが、ミミルが笑われるのはもっと嫌だった。



 俺はミミルの腕の中で震えた。



 ぶるり。



 小さな振動だった。



 だが、黒い紋様が一瞬だけ光った。



 大柄な冒険者が眉をひそめる。



「なんだ?」



 俺はさらに震えた。



 ぶるり。



 机の上の空きジョッキが、かたかたと鳴る。



 冒険者の笑い声が少し止まった。



 ミミルが俺を見下ろす。



「エッグ……?」



 エッグ。



 名前がついた。



 いや、今さらだが、その名前で確定するのか。



 正直、もう少し格好いい名前がよかった。



 でも今は、それでもいい。



 俺はミミルの腕の中で、彼女の方へ小さく傾いた。



 守る、なんて大きなことは言えない。



 今の俺は卵だ。

 攻撃力ゼロに近い。

 動きも鈍い。

 持ち上げられたら終わり。



 それでも、俺を廃棄しなかったこの少女の味方ではありたかった。



 ミミルは少しだけ笑った。



「大丈夫。帰ろう、エッグ」



 そう言って、彼女はギルドを出た。



 外の空気は、ギルドの中よりずっと静かだった。



 街の通りには、行商人の声、荷車の音、遠くで鳴る鐘の音が混ざっている。



 ミミルは俺を抱えながら、細い路地へ入った。



「ごめんね。嫌なこと言われて」



 俺は小さく震えた。



 ミミルのせいではない。



 むしろ助かった。



 だが、それを伝える方法がない。



 ミミルはぽつりと呟く。



「私も、よく言われるから。落ちこぼれって」



 路地を抜けた先に、小さな建物があった。



 古びた木の扉。

 壁に絡まる蔦。

 窓辺には乾燥中の薬草。

 煙突はあるが、少し傾いている。



 看板には、薄く消えかけた文字。



 ミミル錬金工房。



「ここが私の工房。まあ、工房って言っても、ほとんど借り物なんだけど」



 ミミルは苦笑いしながら扉を開けた。



 中は散らかっていた。



 棚には瓶。

 机には紙束。

 床には薬草。

 奥には大きな釜。

 壁にはよくわからない図面。



 薬草と薬品と、少し焦げたような匂いがする。



 ミミルは机の上を慌てて片づけ、そこに柔らかい布を敷いた。



 そして、俺をそっと置いた。



「今日からここがあなたの場所ね」



 俺の場所。



 その言葉が、妙に胸に残った。



 胸はないけど。



 ミミルは椅子に座り、俺と向かい合う。



「さて」



 彼女は真剣な顔で言った。



「あなた、本当に私の言葉がわかるの?」



 わかる。



 めちゃくちゃわかる。



 俺は全力で震えた。



 ミミルは少し考えた後、紙と炭筆を取り出した。



「じゃあ、決めよう。右に揺れたら、はい。左に揺れたら、いいえ」



 おお。



 天才か。



 それなら会話できる。



 ミミルは俺の前に小さな板を置いた。



「試しに聞くね。あなたは、私の言葉がわかりますか?」



 俺は右へ揺れようとした。



 力を込める。



 ころり。



 ほんの少しだけ右に傾いた。



 ミミルの目が大きく開く。



「……わかるんだ」



 俺はさらに震えた。



 わかる。

 めちゃくちゃわかる。



 ミミルは驚きと興奮が混ざった顔で、次の質問をした。



「あなたは、魔物?」



 俺は迷った。



 種族は卵。

 魔物扱いなのかはわからない。



 でもギルドでは魔物かもしれないと言われた。

 自分のステータスにも種族ランクがある。

 たぶん、この世界では魔物側に分類されるのだろう。



 俺は右へ揺れた。



「じゃあ……私を食べる?」



 全力で左。



 食べません。



 食べられません。



 そもそも口がありません。



 ミミルはほっとしたように笑う。



「よかった」



 そして、少しだけ表情を引き締める。



「あなたは、売られたい?」



 全力で左。



 机が揺れるほど左。



 ミミルは慌てて俺を支えた。



「わかった、わかった。売らない。勝手に売ったりしないよ」



 その言葉を聞いて、俺はようやく落ち着いた。



 売られない。

 処分されない。

 少なくとも、今すぐには。



 ミミルは俺を見つめ、少し照れたように笑った。



「じゃあ改めて。私はミミル。見習い錬金術師。失敗ばっかりだけど、一応、錬金術師」



 俺は小さく震えた。



 よろしく、のつもりだった。



「あなたの名前は……ある?」



 俺は左に揺れた。



 前世の名前を名乗るべきか迷った。



 だが、口がない。

 文字も書けない。

 そもそも、今の俺はその名前で呼ばれる存在なのだろうか。



 ミミルは考え込む。



「じゃあ、やっぱりエッグでいい?」



 正直、嫌だった。



 もっとこう、竜血卵らしく、格好いい名前が欲しい。



 ダークドラゴンエッグとか。

 ブラックシェルとか。

 いや、それもそれで恥ずかしいか。



 俺は悩んだ。



 ミミルは不安そうに聞く。



「嫌?」



 俺は少しだけ左に傾きかけた。



 だが、ミミルの顔を見て止まった。



 エッグ。



 雑な名前だ。



 だが、この世界で初めて俺を生き物として呼んでくれた名前でもある。



 俺はゆっくり右に揺れた。



 ミミルの顔が明るくなる。



「よかった。よろしくね、エッグ」



 そう言って、ミミルは俺の殻をそっと撫でた。



 頭を撫でられているのか、体を撫でられているのか、殻を磨かれているのかはわからない。



 でも、悪い気はしなかった。



 いや、かなり悪くなかった。



 俺は小さく震える。



 よろしく、ミミル。



 こうして俺は、廃棄推奨のひび割れ卵から、見習い錬金術師の工房に居候する卵になった。



 状況が良くなったのかはわからない。



 だが少なくとも、今日寝る場所はある。



 それだけで、今の俺には十分すぎるほどだった。

お読みいただきありがとうございます!



「続きが気になる」「卵、がんばれ」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。感想もひとこと置いていってくれたら、殻にヒビが入るくらい励みになります。



廃棄推奨の最弱卵が世界を孵すまで、どうか見届けてやってください。



▼公式サイト(キャラクター紹介・漫画化などの最新情報)

https://hibiware.akibaground.jp/

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