表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/52

第4話 廃棄推奨の卵



 鑑定結果は、最悪だった。


================


名称:ひび割れ卵

種別:不明

危険度:なし

食用:不可

素材価値:低

備考:廃棄推奨。ただし魔力反応あり。経過観察。


================


 廃棄推奨。


 見れば見るほど嫌な文字だ。


 しかも、食用不可。

 素材価値低。


 食べられもしない。

 素材にもならない。

 危険でもない。


 つまり、ただのゴミ扱いである。


 いや、違う。

 俺はゴミではない。


 元人間だ。

 今は卵だけど。


 ギルドの鑑定台の上で、俺は怒りに震えていた。


 ぶるぶる。


 鑑定士が眉をひそめる。


「ふむ……やはり魔力反応はある。しかし、分類できませんな」


 受付嬢が首をかしげる。


「魔物の卵、ということでしょうか?」


「可能性はあります。ただ、通常の魔物卵とは構造が違う。中身の反応も薄い。生きていると言えば生きているが……孵化する見込みは低いでしょう」


 孵化する見込みは低い。


 地味に傷つく言葉だった。


 いや、自分でも薄々わかってはいる。

 俺は《孵化不全》なんて称号を持っている。

 普通の卵ではないのだろう。


 でも他人に言われると腹が立つ。


 俺はさらに震えた。


「ほら、動いてるじゃないですか」


 ミミルが俺をかばうように言った。


 鑑定士は腕を組む。


「動くからといって、知性があるとは限りません。刺激に反応しているだけの可能性もあります」


 違う。


 めちゃくちゃ知性あります。


 今この瞬間も、あなたの発言に対してかなり具体的に腹を立てています。


 俺は、台の上で小さく跳ねようとした。


 当然、跳ねられない。


 ただ、少しだけ殻が鳴った。


 コン。


 周囲の冒険者たちが笑う。


「おい、卵が怒ってるぞ」


「割って中見てみようぜ」


「食えねえって書いてあるだろ」


「じゃあ捨てるしかねえな」


 好き勝手言いやがって。


 俺は怒りで《威嚇振動》を発動しそうになった。


 だが、ここで暴れたら本当に危険物扱いされるかもしれない。


 処分。

 廃棄。

 討伐。


 どの言葉も俺にとっては死刑宣告だ。


 落ち着け。

 冷静になれ。


 今の俺が頼れるのは、ミミルだけだ。


 俺はミミルの方へ、できる限り体を傾けた。


 右に、ころり。


 いや、ころりというほど動けていない。

 ほんの少し傾いただけだ。


 それでもミミルは気づいた。


「……もしかして、私の方に来ようとしてる?」


 そうだ。


 俺は必死に震えた。


 YES。

 YESです。

 その解釈で合ってます。


 ミミルは鑑定士に向き直った。


「この子、私の言葉に反応してると思います」


「ミミルさん。あなたがそう思いたいのはわかりますが」


「思いたいだけじゃありません。森でも、この卵が牙ネズミを追い払ってくれたんです」


 鑑定士の目が少し細くなった。


「牙ネズミを?」


「はい。黒い魔力みたいなものを出して、三匹とも逃げました」


 受付嬢が驚いた顔をする。


 周囲の冒険者たちもざわついた。


「卵が牙ネズミを追い払った?」

「嘘だろ」

「ミミルの見間違いじゃないか?」


 鑑定士はもう一度、俺に水晶をかざした。


 青白い光が殻を包む。


 さっきと同じ外部鑑定だ。


 この鑑定では、俺の本当の種族名までは見抜けていない。

 だが、魔力の有無くらいはわかるらしい。


 俺はじっとしていた。


 今は下手に動かない方がいい。


 鑑定士はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「確かに、微量ながら竜種に似た魔力反応がありますな」


 竜種。


 その言葉に周囲がさらにざわつく。


「竜?」

「この卵が?」

「いやいや、こんな小さい竜卵があるかよ」


 俺もそう思う。


 竜の卵にしては、俺はあまりにも情けない。


 震えるしかできないし。


 鑑定士は続けた。


「ただし、竜卵と断定するには弱すぎる。魔力が混ざっているだけかもしれません。危険度は……現時点ではなし。しかし、不安定です」


 受付嬢が確認する。


「では、処分対象ではなく経過観察ですか?」


「そうですな。持ち主が責任を持って管理するなら、即時廃棄までは不要でしょう」


 即時廃棄までは不要。


 なんだそのギリギリの評価。


 だが、命は繋がった。


 ミミルはほっとしたように胸をなで下ろした。


「じゃあ、私が預かります」


 鑑定士は少し驚いたようにミミルを見る。


「本気ですか? 価値は低い。危険性は不明。研究素材としても、安定した成果が出る保証はありませんよ」


「でも、生きてます」


「魔物かもしれません」


「それでも、今は私に助けを求めてるように見えます」


 ミミルはそう言って、俺をそっと両手で包んだ。


 俺は何も言えなかった。


 いや、口がないから言えないのは当然だ。


 だが、もし口があったとしても、たぶんすぐには言葉が出なかったと思う。


 助けを求めているように見える。


 そうだ。


 俺は助けてほしかった。


 この世界で目が覚めてから、ずっと。


 角つきウサギに食われかけた時も。

 黒い竜の血を浴びた時も。

 鑑定台で廃棄推奨と表示された時も。


 誰かに、これは生きていると認めてほしかった。


 ミミルは受付嬢に手続きを頼んだ。


「経過観察扱いで登録できますか?」


「はい。ただし、街中で異常行動があればギルドに報告してください」


「わかりました」


 受付嬢は書類に何かを書き込む。


 俺はミミルの腕の中で、ようやく少しだけ安心した。


 だが、それも長くは続かなかった。


 近くにいた大柄な冒険者が、にやにやしながら声をかけてきた。


「おいミミル。そんな割れ卵、持って帰ってどうすんだよ」


 周囲がまた笑う。


「錬金術の材料にもならねえってよ」

「落ちこぼれにはちょうどいいんじゃねえか」

「卵と一緒に腐るなよ」


 ミミルの肩が、わずかに震えた。


 俺はその時、初めて気づいた。


 ミミルも、このギルドで見下されているのだ。


 さっきまでの言葉。

 変な素材を拾ってきた。

 また失敗か。

 落ちこぼれ。


 そういう扱いに、彼女は慣れているようだった。


 俺は腹が立った。


 自分が笑われるのは嫌だ。

 だが、ミミルが笑われるのはもっと嫌だった。


 俺はミミルの腕の中で震えた。


 ぶるり。


 小さな振動だった。


 だが、黒い紋様が一瞬だけ光った。


 大柄な冒険者が眉をひそめる。


「なんだ?」


 俺はさらに震えた。


 ぶるり。


 机の上の空きジョッキが、かたかたと鳴る。


 冒険者の笑い声が少し止まった。


 ミミルが俺を見下ろす。


「エッグ……?」


 エッグ。


 名前がついた。


 いや、今さらだが、その名前で確定するのか。


 正直、もう少し格好いい名前がよかった。


 でも今は、それでもいい。


 俺はミミルの腕の中で、彼女の方へ小さく傾いた。


 守る、なんて大きなことは言えない。


 今の俺は卵だ。

 攻撃力ゼロに近い。

 動きも鈍い。

 持ち上げられたら終わり。


 それでも、俺を廃棄しなかったこの少女の味方ではありたかった。


 ミミルは少しだけ笑った。


「大丈夫。帰ろう、エッグ」


 そう言って、彼女はギルドを出た。


 外の空気は、ギルドの中よりずっと静かだった。


 街の通りには、行商人の声、荷車の音、遠くで鳴る鐘の音が混ざっている。


 ミミルは俺を抱えながら、細い路地へ入った。


「ごめんね。嫌なこと言われて」


 俺は小さく震えた。


 ミミルのせいではない。


 むしろ助かった。


 だが、それを伝える方法がない。


 ミミルはぽつりと呟く。


「私も、よく言われるから。落ちこぼれって」


 路地を抜けた先に、小さな建物があった。


 古びた木の扉。

 壁に絡まる蔦。

 窓辺には乾燥中の薬草。

 煙突はあるが、少し傾いている。


 看板には、薄く消えかけた文字。


 ミミル錬金工房。


「ここが私の工房。まあ、工房って言っても、ほとんど借り物なんだけど」


 ミミルは苦笑いしながら扉を開けた。


 中は散らかっていた。


 棚には瓶。

 机には紙束。

 床には薬草。

 奥には大きな釜。

 壁にはよくわからない図面。


 薬草と薬品と、少し焦げたような匂いがする。


 ミミルは机の上を慌てて片づけ、そこに柔らかい布を敷いた。


 そして、俺をそっと置いた。


「今日からここがあなたの場所ね」


 俺の場所。


 その言葉が、妙に胸に残った。


 胸はないけど。


 ミミルは椅子に座り、俺と向かい合う。


「さて」


 彼女は真剣な顔で言った。


「あなた、本当に私の言葉がわかるの?」


 わかる。


 めちゃくちゃわかる。


 俺は全力で震えた。


 ミミルは少し考えた後、紙と炭筆を取り出した。


「じゃあ、決めよう。右に揺れたら、はい。左に揺れたら、いいえ」


 おお。


 天才か。


 それなら会話できる。


 ミミルは俺の前に小さな板を置いた。


「試しに聞くね。あなたは、私の言葉がわかりますか?」


 俺は右へ揺れようとした。


 力を込める。


 ころり。


 ほんの少しだけ右に傾いた。


 ミミルの目が大きく開く。


「……わかるんだ」


 俺はさらに震えた。


 わかる。

 めちゃくちゃわかる。


 ミミルは驚きと興奮が混ざった顔で、次の質問をした。


「あなたは、魔物?」


 俺は迷った。


 種族は卵。

 魔物扱いなのかはわからない。


 でもギルドでは魔物かもしれないと言われた。

 自分のステータスにも種族ランクがある。

 たぶん、この世界では魔物側に分類されるのだろう。


 俺は右へ揺れた。


「じゃあ……私を食べる?」


 全力で左。


 食べません。


 食べられません。


 そもそも口がありません。


 ミミルはほっとしたように笑う。


「よかった」


 そして、少しだけ表情を引き締める。


「あなたは、売られたい?」


 全力で左。


 机が揺れるほど左。


 ミミルは慌てて俺を支えた。


「わかった、わかった。売らない。勝手に売ったりしないよ」


 その言葉を聞いて、俺はようやく落ち着いた。


 売られない。

 処分されない。

 少なくとも、今すぐには。


 ミミルは俺を見つめ、少し照れたように笑った。


「じゃあ改めて。私はミミル。見習い錬金術師。失敗ばっかりだけど、一応、錬金術師」


 俺は小さく震えた。


 よろしく、のつもりだった。


「あなたの名前は……ある?」


 俺は左に揺れた。


 前世の名前を名乗るべきか迷った。


 だが、口がない。

 文字も書けない。

 そもそも、今の俺はその名前で呼ばれる存在なのだろうか。


 ミミルは考え込む。


「じゃあ、やっぱりエッグでいい?」


 正直、嫌だった。


 もっとこう、竜血卵らしく、格好いい名前が欲しい。


 ダークドラゴンエッグとか。

 ブラックシェルとか。

 いや、それもそれで恥ずかしいか。


 俺は悩んだ。


 ミミルは不安そうに聞く。


「嫌?」


 俺は少しだけ左に傾きかけた。


 だが、ミミルの顔を見て止まった。


 エッグ。


 雑な名前だ。


 だが、この世界で初めて俺を生き物として呼んでくれた名前でもある。


 俺はゆっくり右に揺れた。


 ミミルの顔が明るくなる。


「よかった。よろしくね、エッグ」


 そう言って、ミミルは俺の殻をそっと撫でた。


 頭を撫でられているのか、体を撫でられているのか、殻を磨かれているのかはわからない。


 でも、悪い気はしなかった。


 いや、かなり悪くなかった。


 俺は小さく震える。


 よろしく、ミミル。


 こうして俺は、廃棄推奨のひび割れ卵から、見習い錬金術師の工房に居候する卵になった。


 状況が良くなったのかはわからない。


 だが少なくとも、今日寝る場所はある。


 それだけで、今の俺には十分すぎるほどだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ