第4話 廃棄推奨の卵
鑑定結果は、最悪だった。
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名称:ひび割れ卵
種別:不明
危険度:なし
食用:不可
素材価値:低
備考:廃棄推奨。ただし魔力反応あり。経過観察。
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廃棄推奨。
見れば見るほど嫌な文字だ。
しかも、食用不可。
素材価値低。
食べられもしない。
素材にもならない。
危険でもない。
つまり、ただのゴミ扱いである。
いや、違う。
俺はゴミではない。
元人間だ。
今は卵だけど。
ギルドの鑑定台の上で、俺は怒りに震えていた。
ぶるぶる。
鑑定士が眉をひそめる。
「ふむ……やはり魔力反応はある。しかし、分類できませんな」
受付嬢が首をかしげる。
「魔物の卵、ということでしょうか?」
「可能性はあります。ただ、通常の魔物卵とは構造が違う。中身の反応も薄い。生きていると言えば生きているが……孵化する見込みは低いでしょう」
孵化する見込みは低い。
地味に傷つく言葉だった。
いや、自分でも薄々わかってはいる。
俺は《孵化不全》なんて称号を持っている。
普通の卵ではないのだろう。
でも他人に言われると腹が立つ。
俺はさらに震えた。
「ほら、動いてるじゃないですか」
ミミルが俺をかばうように言った。
鑑定士は腕を組む。
「動くからといって、知性があるとは限りません。刺激に反応しているだけの可能性もあります」
違う。
めちゃくちゃ知性あります。
今この瞬間も、あなたの発言に対してかなり具体的に腹を立てています。
俺は、台の上で小さく跳ねようとした。
当然、跳ねられない。
ただ、少しだけ殻が鳴った。
コン。
周囲の冒険者たちが笑う。
「おい、卵が怒ってるぞ」
「割って中見てみようぜ」
「食えねえって書いてあるだろ」
「じゃあ捨てるしかねえな」
好き勝手言いやがって。
俺は怒りで《威嚇振動》を発動しそうになった。
だが、ここで暴れたら本当に危険物扱いされるかもしれない。
処分。
廃棄。
討伐。
どの言葉も俺にとっては死刑宣告だ。
落ち着け。
冷静になれ。
今の俺が頼れるのは、ミミルだけだ。
俺はミミルの方へ、できる限り体を傾けた。
右に、ころり。
いや、ころりというほど動けていない。
ほんの少し傾いただけだ。
それでもミミルは気づいた。
「……もしかして、私の方に来ようとしてる?」
そうだ。
俺は必死に震えた。
YES。
YESです。
その解釈で合ってます。
ミミルは鑑定士に向き直った。
「この子、私の言葉に反応してると思います」
「ミミルさん。あなたがそう思いたいのはわかりますが」
「思いたいだけじゃありません。森でも、この卵が牙ネズミを追い払ってくれたんです」
鑑定士の目が少し細くなった。
「牙ネズミを?」
「はい。黒い魔力みたいなものを出して、三匹とも逃げました」
受付嬢が驚いた顔をする。
周囲の冒険者たちもざわついた。
「卵が牙ネズミを追い払った?」
「嘘だろ」
「ミミルの見間違いじゃないか?」
鑑定士はもう一度、俺に水晶をかざした。
青白い光が殻を包む。
さっきと同じ外部鑑定だ。
この鑑定では、俺の本当の種族名までは見抜けていない。
だが、魔力の有無くらいはわかるらしい。
俺はじっとしていた。
今は下手に動かない方がいい。
鑑定士はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「確かに、微量ながら竜種に似た魔力反応がありますな」
竜種。
その言葉に周囲がさらにざわつく。
「竜?」
「この卵が?」
「いやいや、こんな小さい竜卵があるかよ」
俺もそう思う。
竜の卵にしては、俺はあまりにも情けない。
震えるしかできないし。
鑑定士は続けた。
「ただし、竜卵と断定するには弱すぎる。魔力が混ざっているだけかもしれません。危険度は……現時点ではなし。しかし、不安定です」
受付嬢が確認する。
「では、処分対象ではなく経過観察ですか?」
「そうですな。持ち主が責任を持って管理するなら、即時廃棄までは不要でしょう」
即時廃棄までは不要。
なんだそのギリギリの評価。
だが、命は繋がった。
ミミルはほっとしたように胸をなで下ろした。
「じゃあ、私が預かります」
鑑定士は少し驚いたようにミミルを見る。
「本気ですか? 価値は低い。危険性は不明。研究素材としても、安定した成果が出る保証はありませんよ」
「でも、生きてます」
「魔物かもしれません」
「それでも、今は私に助けを求めてるように見えます」
ミミルはそう言って、俺をそっと両手で包んだ。
俺は何も言えなかった。
いや、口がないから言えないのは当然だ。
だが、もし口があったとしても、たぶんすぐには言葉が出なかったと思う。
助けを求めているように見える。
そうだ。
俺は助けてほしかった。
この世界で目が覚めてから、ずっと。
角つきウサギに食われかけた時も。
黒い竜の血を浴びた時も。
鑑定台で廃棄推奨と表示された時も。
誰かに、これは生きていると認めてほしかった。
ミミルは受付嬢に手続きを頼んだ。
「経過観察扱いで登録できますか?」
「はい。ただし、街中で異常行動があればギルドに報告してください」
「わかりました」
受付嬢は書類に何かを書き込む。
俺はミミルの腕の中で、ようやく少しだけ安心した。
だが、それも長くは続かなかった。
近くにいた大柄な冒険者が、にやにやしながら声をかけてきた。
「おいミミル。そんな割れ卵、持って帰ってどうすんだよ」
周囲がまた笑う。
「錬金術の材料にもならねえってよ」
「落ちこぼれにはちょうどいいんじゃねえか」
「卵と一緒に腐るなよ」
ミミルの肩が、わずかに震えた。
俺はその時、初めて気づいた。
ミミルも、このギルドで見下されているのだ。
さっきまでの言葉。
変な素材を拾ってきた。
また失敗か。
落ちこぼれ。
そういう扱いに、彼女は慣れているようだった。
俺は腹が立った。
自分が笑われるのは嫌だ。
だが、ミミルが笑われるのはもっと嫌だった。
俺はミミルの腕の中で震えた。
ぶるり。
小さな振動だった。
だが、黒い紋様が一瞬だけ光った。
大柄な冒険者が眉をひそめる。
「なんだ?」
俺はさらに震えた。
ぶるり。
机の上の空きジョッキが、かたかたと鳴る。
冒険者の笑い声が少し止まった。
ミミルが俺を見下ろす。
「エッグ……?」
エッグ。
名前がついた。
いや、今さらだが、その名前で確定するのか。
正直、もう少し格好いい名前がよかった。
でも今は、それでもいい。
俺はミミルの腕の中で、彼女の方へ小さく傾いた。
守る、なんて大きなことは言えない。
今の俺は卵だ。
攻撃力ゼロに近い。
動きも鈍い。
持ち上げられたら終わり。
それでも、俺を廃棄しなかったこの少女の味方ではありたかった。
ミミルは少しだけ笑った。
「大丈夫。帰ろう、エッグ」
そう言って、彼女はギルドを出た。
外の空気は、ギルドの中よりずっと静かだった。
街の通りには、行商人の声、荷車の音、遠くで鳴る鐘の音が混ざっている。
ミミルは俺を抱えながら、細い路地へ入った。
「ごめんね。嫌なこと言われて」
俺は小さく震えた。
ミミルのせいではない。
むしろ助かった。
だが、それを伝える方法がない。
ミミルはぽつりと呟く。
「私も、よく言われるから。落ちこぼれって」
路地を抜けた先に、小さな建物があった。
古びた木の扉。
壁に絡まる蔦。
窓辺には乾燥中の薬草。
煙突はあるが、少し傾いている。
看板には、薄く消えかけた文字。
ミミル錬金工房。
「ここが私の工房。まあ、工房って言っても、ほとんど借り物なんだけど」
ミミルは苦笑いしながら扉を開けた。
中は散らかっていた。
棚には瓶。
机には紙束。
床には薬草。
奥には大きな釜。
壁にはよくわからない図面。
薬草と薬品と、少し焦げたような匂いがする。
ミミルは机の上を慌てて片づけ、そこに柔らかい布を敷いた。
そして、俺をそっと置いた。
「今日からここがあなたの場所ね」
俺の場所。
その言葉が、妙に胸に残った。
胸はないけど。
ミミルは椅子に座り、俺と向かい合う。
「さて」
彼女は真剣な顔で言った。
「あなた、本当に私の言葉がわかるの?」
わかる。
めちゃくちゃわかる。
俺は全力で震えた。
ミミルは少し考えた後、紙と炭筆を取り出した。
「じゃあ、決めよう。右に揺れたら、はい。左に揺れたら、いいえ」
おお。
天才か。
それなら会話できる。
ミミルは俺の前に小さな板を置いた。
「試しに聞くね。あなたは、私の言葉がわかりますか?」
俺は右へ揺れようとした。
力を込める。
ころり。
ほんの少しだけ右に傾いた。
ミミルの目が大きく開く。
「……わかるんだ」
俺はさらに震えた。
わかる。
めちゃくちゃわかる。
ミミルは驚きと興奮が混ざった顔で、次の質問をした。
「あなたは、魔物?」
俺は迷った。
種族は卵。
魔物扱いなのかはわからない。
でもギルドでは魔物かもしれないと言われた。
自分のステータスにも種族ランクがある。
たぶん、この世界では魔物側に分類されるのだろう。
俺は右へ揺れた。
「じゃあ……私を食べる?」
全力で左。
食べません。
食べられません。
そもそも口がありません。
ミミルはほっとしたように笑う。
「よかった」
そして、少しだけ表情を引き締める。
「あなたは、売られたい?」
全力で左。
机が揺れるほど左。
ミミルは慌てて俺を支えた。
「わかった、わかった。売らない。勝手に売ったりしないよ」
その言葉を聞いて、俺はようやく落ち着いた。
売られない。
処分されない。
少なくとも、今すぐには。
ミミルは俺を見つめ、少し照れたように笑った。
「じゃあ改めて。私はミミル。見習い錬金術師。失敗ばっかりだけど、一応、錬金術師」
俺は小さく震えた。
よろしく、のつもりだった。
「あなたの名前は……ある?」
俺は左に揺れた。
前世の名前を名乗るべきか迷った。
だが、口がない。
文字も書けない。
そもそも、今の俺はその名前で呼ばれる存在なのだろうか。
ミミルは考え込む。
「じゃあ、やっぱりエッグでいい?」
正直、嫌だった。
もっとこう、竜血卵らしく、格好いい名前が欲しい。
ダークドラゴンエッグとか。
ブラックシェルとか。
いや、それもそれで恥ずかしいか。
俺は悩んだ。
ミミルは不安そうに聞く。
「嫌?」
俺は少しだけ左に傾きかけた。
だが、ミミルの顔を見て止まった。
エッグ。
雑な名前だ。
だが、この世界で初めて俺を生き物として呼んでくれた名前でもある。
俺はゆっくり右に揺れた。
ミミルの顔が明るくなる。
「よかった。よろしくね、エッグ」
そう言って、ミミルは俺の殻をそっと撫でた。
頭を撫でられているのか、体を撫でられているのか、殻を磨かれているのかはわからない。
でも、悪い気はしなかった。
いや、かなり悪くなかった。
俺は小さく震える。
よろしく、ミミル。
こうして俺は、廃棄推奨のひび割れ卵から、見習い錬金術師の工房に居候する卵になった。
状況が良くなったのかはわからない。
だが少なくとも、今日寝る場所はある。
それだけで、今の俺には十分すぎるほどだった。




