第3話 見習い錬金術師に拾われました
少女に拾われた。
普通の異世界転生なら、ここは喜ぶ場面かもしれない。
森で倒れていたところを心優しい少女に助けられ、看病され、やがて信頼関係が芽生える。
王道だ。
だが、今の俺はひび割れた卵である。
少女は俺を人間として助けたわけではない。
珍しい素材として拾ったのだ。
籠の中で揺られながら、俺は必死に状況を整理していた。
俺を拾った少女は、どうやら薬草採取に来ていたらしい。
腰には小さな革袋。
背中には古びた鞄。
手には採取ナイフ。
服は動きやすそうだが、ところどころに薬品の染みがある。
冒険者というより、職人か研究者っぽい。
少女は歩きながら、俺をちらちら見ている。
「黒い紋様の卵……竜種の反応に似てるけど、でも小さいし、割れてるし……魔物の卵かな?」
やめろ。
そんな分析をするな。
俺は中身が元人間なんだ。
説明したい。
全力で説明したい。
だが、俺に口はない。
できることは震えることだけ。
俺は籠の中で、ぴくりと揺れた。
「わっ」
少女が立ち止まる。
「今、動いた?」
気づいた。
この子、気づいたぞ。
俺はもう一度、ぴくりと震える。
少女は目を丸くした。
「生きてる……?」
そうだ。
生きてる。
生きてるんです。
食材でも素材でもなく、生きてるんです。
俺はさらに震えた。
少女は少し困った顔をした。
「えっと……私の言葉、わかる?」
わかる。
めちゃくちゃわかる。
俺は全力で震えた。
だが、YESを伝える方法がない。
少女は首をかしげる。
「うーん、ただの反射かな」
違う。
違うんだ。
頼む。
もう少しだけ知性を信じてくれ。
その時、草むらが揺れた。
嫌な予感がした。
さっき逃げた角つきウサギとは違う。
もっと低い音。
もっと重い足音。
少女も気づいたらしく、表情をこわばらせる。
「まずい……牙ネズミ?」
牙ネズミ。
そういう名前らしい。
草むらから現れたのは、犬ほどの大きさのネズミだった。
黄色く濁った目。
長い前歯。
汚れた灰色の毛。
可愛さの欠片もない。
俺は反射的に鑑定しようとした。
だが、表示は出ない。
やはり、俺には敵の情報を見る能力はない。
わかるのは、ミミルが怯えていること。
そして、目の前の牙ネズミが明らかにこちらを狙っていることだけだ。
しかも、一匹ではなかった。
草むらの奥から、さらに二匹。
合計三匹。
少女は採取ナイフを構えたが、手が震えている。
「こ、来ないで……!」
声も震えていた。
戦闘は得意ではないのだろう。
俺が入った籠が揺れる。
まずい。
このまま逃げようとして転んだら、俺も割れる。
少女も噛まれる。
何かしろ。
俺にできることは何だ。
震えること。
威嚇すること。
竜の血を少しだけ響かせること。
魔力はまだ残っている。
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魔力:2/3
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やるしかない。
俺は《竜血鼓動》を意識した。
殻の内側で、どくん、と黒い魔力が脈打つ。
怖い。
また飲まれるかもしれない。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
俺は籠の中で震えた。
ぶるり。
ただの震えではない。
黒い竜の血を混ぜた振動。
空気が低く鳴る。
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《威嚇振動 Lv1》を発動しました。
魔力:2/3 → 1/3
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牙ネズミたちの動きが止まった。
少女が驚いたように籠を見る。
「今の……この卵が?」
今は名前をつける場面ではない。
俺はさらに震えた。
ぶるり。
ぶるり。
殻の黒い紋様が淡く光る。
牙ネズミたちは、明らかに怯えた。
一匹が後ずさる。
もう一匹が逃げ出す。
最後の一匹も、それにつられて草むらへ消えた。
助かった。
少女はしばらく呆然としていた。
そして、ゆっくりと籠の中の俺を見た。
「あなたが、追い払ったの?」
俺は右に揺れようとした。
しかし籠の中なので、うまく動けない。
代わりに、ぴくりと震えた。
少女は目を輝かせる。
「すごい……! ただの卵じゃないんだ」
そうだ。
ただの卵じゃない。
竜血卵だ。
動けないけど。
少女は俺を大事そうに抱え直した。
「私はミミル。見習い錬金術師なの。あなた、もしかして錬金素材としてすごく珍しいんじゃ……」
やっぱり素材扱いは残るのか。
ミミルと名乗った少女は、少し考え込む。
「でも、生きてるなら勝手に売るわけにはいかないよね。うん。まずはギルドでちゃんと調べてもらおう」
ギルド。
冒険者ギルドか。
異世界っぽい単語が出てきた。
テンションが少し上がる。
しかしすぐに、ミミルは続けた。
「危険な魔物だったら、処分されちゃうかもしれないけど……」
テンションが下がる。
俺は全力で震えた。
処分反対。
断固反対。
ミミルは慌てる。
「わ、わかった。怖いよね。大丈夫、できるだけ私が説明するから」
説明。
頼む。
本当に頼む。
俺はまだ生まれて間もない卵だ。
この世界のルールもわからない。
戦えない。
逃げられない。
喋れない。
頼れる相手が必要だ。
ミミルが信用できるかは、まだわからない。
でも少なくとも、牙ネズミを追い払った俺を見て、すぐに売ろうとはしなかった。
それだけで今は十分だった。
森を抜けると、小さな街が見えてきた。
石造りの外壁。
木の門。
門番。
荷車。
行き交う人々。
異世界の街だ。
俺は籠の中から、それを見上げる。
初めて見る人間社会。
前世の都会とはまったく違う。
車も信号もコンビニもない。
代わりに、剣を下げた男や、ローブ姿の女、荷物を背負った獣人らしき姿がいる。
すごい。
本当に異世界だ。
俺が少し感動していると、門番がミミルに声をかけた。
「ミミル、今日は早いな。薬草は採れたのか?」
「あ、はい。でも、それより変なものを拾って……」
「変なもの?」
門番が籠を覗く。
俺と目が合った。
いや、俺に目はないが、たぶん合った。
「卵?」
「卵です」
「割れてるぞ」
「割れてます」
「食うのか?」
食うな。
俺は震えた。
門番が一歩下がる。
「動いたぞ」
「動くんです」
「卵が?」
「卵が」
門番はしばらく沈黙した後、面倒くさそうに頭をかいた。
「……ギルドに持ってけ。俺にはわからん」
「そうします」
こうして俺は、街の中へ入った。
ミミルはまっすぐ大きな建物へ向かう。
木製の看板には、剣と盾の紋章。
中からは人の声、笑い声、金属の音が聞こえる。
冒険者ギルド。
ついに来た。
異世界転生といえばギルド。
ここで登録して、依頼を受けて、ランクを上げていく。
まあ、俺は卵なので登録できるか怪しいが。
ミミルが扉を開ける。
中にいた冒険者たちの視線が、一斉にこちらを向いた。
いや、正確にはミミルの籠を見た。
「おい、ミミル。また変な素材拾ってきたのか?」
「今度は何だ?」
「卵じゃねえか」
「割れてるぞ」
「朝飯か?」
笑い声が起こる。
俺は震えた。
怒りの震えだ。
ミミルは少し恥ずかしそうにしながら、受付へ向かう。
「すみません。この卵を鑑定してほしいんです」
受付嬢はにこやかに頷いた。
「はい。素材鑑定ですね」
素材。
また素材。
ミミルが慌てて言う。
「あ、でも、生きてるみたいで」
受付嬢の笑顔が固まる。
「生きている卵、ですか?」
俺は全力で震えた。
生きてます。
かなり必死に生きてます。
受付嬢は奥から鑑定士を呼んだ。
白髪混じりの男が、眠そうな顔で出てくる。
「卵? 割れているなら廃棄でいいでしょう」
やめろ。
まだ見てもいないのに廃棄って言うな。
鑑定士は俺を台の上に置き、魔道具らしき水晶をかざした。
青白い光が俺の殻を包む。
これは俺自身のステータス表示とは違う。
ギルドの鑑定魔道具による外部鑑定だ。
数秒後、鑑定結果が表示された。
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名称:ひび割れ卵
種別:不明
危険度:なし
食用:不可
素材価値:低
備考:腐敗前に廃棄してください。
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廃棄してください。
俺は震えた。
ふざけるな。
竜血卵だぞ。
さっき牙ネズミを追い払ったぞ。
黒い竜の血も入ってるぞ。
なのに、食用不可。
素材価値低。
廃棄。
鑑定士は淡々と言う。
「魔力反応はありますが、不安定ですな。危険というほどではありませんが、置いておいても腐るだけでしょう。処分をおすすめします」
処分。
その言葉に、俺の殻の内側で何かが脈打った。
ミミルが俺を見た。
俺は震えた。
ただの微振動ではない。
怒りと恐怖と、竜血の鼓動が混じった振動。
ぶるり。
鑑定台が揺れる。
水晶がかすかに鳴った。
鑑定士が眉をひそめる。
「む?」
ぶるり。
もう一度。
水晶に細いひびが入った。
ギルド内が静まり返る。
冒険者たちの笑い声が止まった。
ミミルが小さく呟く。
「やっぱり……この卵、生きてる」
鑑定結果が、わずかに更新された。
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名称:ひび割れ卵
種別:不明
危険度:なし
食用:不可
素材価値:低
備考:廃棄推奨。ただし魔力反応あり。経過観察。
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廃棄推奨は消えないのかよ。
俺は、ギルドの鑑定台の上で、怒りに震え続けた。




