第2話 食われるくらいなら震えてやる
進化候補が、目の前に浮かんでいる。
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一、腐りかけ卵
二、魔力卵
三、竜血卵
四、■■■■■■
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いや、待て。
選択肢が全部怖い。
まず、腐りかけ卵。
名前の時点で終わっている。
進化というより劣化ではないだろうか。
次に、魔力卵。
これはまだわかる。
魔力を持った卵。
たぶん無難だ。
たぶん。
そして、竜血卵。
強そうではある。
かなり強そうではある。
だが、今の俺は卵だ。
さっき空を飛んでいた黒い竜。
あんな災害みたいな生き物の血を受け入れて、本当に大丈夫なのか。
最後に、黒塗り。
論外だ。
名前すら見えない。
詳細も見えない。
しかも、選択非推奨。
こういうのは大抵、選んだ瞬間に取り返しがつかないやつだ。
俺は選択肢を睨んだ。
いや、睨む目はない。
でも気持ちとしては、かなり睨んでいた。
どうする。
安全そうなのは《魔力卵》だ。
でも、さっきまで俺は角の生えたウサギに食われかけていた。
震えるだけで、なんとか追い払った。
あれだって、次に同じことが通じるとは限らない。
もし次に来るのが、もっと大きな魔物だったら?
もし人間に拾われて、危険物として処分されそうになったら?
もしあの黒い竜の血が、俺の中で暴れ続けたら?
俺は、ただの魔力卵で生き残れるのか。
答えは、たぶん無理だ。
俺は弱い。
動けない。
喋れない。
逃げられない。
だからこそ、普通では駄目だ。
ひび割れた卵として生まれた時点で、まともなルートなんて残っていない。
それなら、少しでも生き残れる可能性に賭けるしかない。
俺は《竜血卵》に意識を向けた。
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《竜血卵》を選択しますか?
警告。
竜種因子が現在の個体容量を超えています。
進化後、内部魔力の不安定化が予測されます。
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やっぱり危ない。
だが、自我崩壊だの即死だのとは出ていない。
黒塗りに比べれば、まだマシだ。
たぶん。
いや、マシだと思いたい。
俺は覚悟を決めた。
前世の俺は、いつも選ばなかった。
嫌な仕事も、無茶な予定も、理不尽な言葉も、全部流されるまま受け入れていた。
嫌だと言えず、変えようともせず、気づけば終わっていた。
今度は違う。
卵でも。
ひび割れていても。
何もできなくても。
選ぶ。
俺は《竜血卵》を選択した。
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進化先を選択しました。
《竜血卵》への内部進化を開始します。
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殻の内側が熱くなった。
どくん。
どくん。
さっき黒い竜の血が落ちた場所から、熱が広がっていく。
痛い。
いや、痛みというより、俺という存在の内側に、別の何かが無理やり入り込んでくるような感覚だった。
黒い血。
重い魔力。
獣の本能。
空を飛ぶ記憶。
焼けた大地。
割れた空。
一瞬、知らない景色が見えた。
赤黒い空。
そこに走る、巨大なひび。
その下で、黒い竜が吠えている。
竜の前には、白い仮面をつけた人影たち。
そして、さらに遠く。
空に浮かぶ、巨大な白い卵。
黒い竜が何かを叫んだ。
言葉はわからない。
けれど、意味だけが頭の奥に響く。
――孵すな。
誰を?
何を?
そう思った瞬間、黒塗りだった進化候補が、視界の端で一瞬だけ揺らいだ。
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《■■■■卵》
世界――
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読めそうになった。
だが、その直後、警告が視界を埋め尽くした。
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警告。
現在の個体では選択不能。
強制参照を中断します。
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怖い怖い怖い。
やっぱり今触れていい情報ではなかった。
俺は全力で意識を引き戻した。
黒塗り候補が消える。
赤黒い空も、白い仮面も、巨大な卵も消える。
そして、俺はまた草原にいた。
地面。
草。
小石。
遠くの風。
自分の殻を見ることはできない。
だが、感覚でわかる。
殻の表面に、黒い紋様のようなものが走っている。
さっきまで不安定に暴れていた魔力が、少しだけ形を持った気がした。
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進化が完了しました。
種族:竜血卵
種族ランク:E-
レベル:1/8
ひび割れ率:28%
魔力:3/3
獲得スキル:
《竜血鼓動 Lv1》
《微弱竜威 Lv1》
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竜血卵。
俺は本当に、竜の血を宿した卵になったらしい。
強そうだ。
かなり強そうだ。
動けないけど。
そこは変わらないのか。
俺は少しだけ落ち込んだ。
いや、待て。
魔力がある。
魔力:3/3。
さっきまでは0/0だった。
つまり、黒い竜の血で魔力器官のようなものができたということだろう。
これで魔力を使うスキルも使えるかもしれない。
俺は試しに《竜血鼓動》を意識した。
殻の内側で、どくん、と何かが鳴る。
すると、近くの草むらが揺れた。
まただ。
さっきの角つきウサギが、戻ってきた。
こいつ、諦めが悪い。
いや、俺も人のことは言えない。
卵のくせに、諦め悪く生き残ろうとしている。
角つきウサギは、前よりも警戒していた。
耳を立て、鼻をひくつかせ、俺の周りをぐるりと回る。
黒い竜の血の匂いに引き寄せられているのか。
それとも、まだ俺を食べ物だと思っているのか。
どちらにせよ、近づいてくるな。
俺は《微振動》を発動した。
ぴくり。
殻が揺れる。
角つきウサギは止まらない。
ぴくり。
まだ来る。
駄目だ。
さっきはこれで追い払えたが、今回は足りない。
俺は新しく得た《微弱竜威》を意識する。
使い方はわからない。
だが、竜の血が俺の中で脈打っている。
その鼓動を、振動に乗せるようにする。
どくん。
ぶるり。
殻が震えた。
さっきの《微振動》とは違う。
空気が低く鳴った。
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条件を達成しました。
《微振動 Lv2》が《微振動 Lv3》に上昇しました。
魔力を消費します。
魔力:3/3 → 2/3
《威嚇振動 Lv1》を獲得しました。
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魔力が減った。
やはり《威嚇振動》は魔力を使うらしい。
だが、効果はあった。
角つきウサギの動きが止まる。
赤い目が見開かれた。
耳がぴんと立つ。
次の瞬間、白い体が跳ねるように後退した。
逃げた。
今度こそ完全に逃げた。
草むらの奥へ消えていく。
勝った。
いや、追い払っただけだ。
攻撃して倒したわけではない。
だが、今の俺にとっては十分すぎる勝利だった。
俺は心の中で拳を突き上げた。
拳はない。
それでも、確かに少しだけ前に進んだ気がした。
ステータスを確認する。
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種族:竜血卵
種族ランク:E-
レベル:1/8
ひび割れ率:28%
生命力:3/3
魔力:2/3
攻撃力:0
防御力:2
敏捷:0
知力:8
運:1
固有スキル:
《孵化未遂 Lv1》
《因子吸収 Lv1》
通常スキル:
《殻籠り Lv1》
《微振動 Lv3》
《竜血鼓動 Lv1》
《微弱竜威 Lv1》
《威嚇振動 Lv1》
称号:
《転生者》
《孵化不全》
《廃棄された卵》
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防御力が1から2になっている。
倍だ。
元が低すぎるだけとも言う。
攻撃力は相変わらず0。
敏捷も0。
つまり、俺はまだ動けない卵である。
竜の血を得ても、卵は卵。
強くなった気はするが、根本的な問題は解決していない。
とはいえ、今は生きている。
それだけで十分だ。
俺が少しだけ安心しかけた、その時だった。
草むらの向こうから、人の声が聞こえた。
「この辺りに月露草があるはずなんだけど……あれ?」
少女の声だった。
足音が近づいてくる。
そして、俺の前で止まった。
「卵?」
俺は硬直した。
いや、最初から動けないから硬直も何もないが。
少女はしゃがみ込み、俺を覗き込む。
栗色の髪。
大きな丸い目。
肩から下げた薬草袋。
手には小さな採取ナイフ。
年齢は十代半ばくらいだろうか。
少女は俺の殻を見て、目を輝かせた。
「黒い紋様……魔力反応もある。珍しい素材かも」
素材。
今、素材って言ったか?
少女は俺をそっと持ち上げた。
布に包み、籠の中へ入れる。
「とりあえず、ギルドで鑑定してもらおう。危なかったら処分だね」
俺は全力で震えた。
やめろ。
せっかく角つきウサギから逃げたのに、次は人間に処分されるのか。
異世界生活、難易度高すぎるだろ。
お読みいただきありがとうございます!
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廃棄推奨の最弱卵が世界を孵すまで、どうか見届けてやってください。




