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第34話 はじめて、死ぬ

ぱき。



 音は。



 あまりにも、小さかった。



「エッグ!」



 ミミルが護衛の腕を振りほどく。



 馬車へ飛び込む。



 床に膝をつく。



 熱い。



 割れた容器から流れ出した薬液が、膝を焼く。



 赤熱した留め具に手が触れる。



 皮膚の焦げる匂い。



 それでも。



 ミミルは手を伸ばした。



「エッグ、もういいです!」



 両手ですくう。



 青黒い薬液。



 砕けた容器。



 その中に。



 エッグがいた。



 いや。



 エッグだったものが。



「もう守らなくていいです!」



 持ち上げる。



 殻に触れた。



 指の下で。



 崩れた。



「……え」



 白い殻が。



 灰のように。



 音もなく。



 ミミルの指の隙間から落ちていく。



「待って」



 手を閉じる。



 強く握れば、もっと砕ける。



 だから握れない。



 でも、開けば落ちる。



「待ってください」



 両手を重ねる。



 残った殻を包む。



 熱い。



 熱いはずなのに。



 手の中のエッグは。



 震えなかった。



「右へ、動いてください」



 返事はない。



「右が無理なら、左でもいいです」



 返事はない。



「一度だけでいいですから」



 いつもなら。



 確認すれば。



 少し考えて。



 右か。



 左へ。



 答えてくれた。



 薬を使っていいか。



 外へ行きたいか。



 怖くないか。



 無理をしていないか。



 何度も。



 何度も。



 答えてくれた。



「エッグ」



 答えない。



 もう。



 どちらにも。



「……嫌です」



 ミミルの喉から。



 細い声が落ちた。



 馬車の外で金属音が響く。



「回収しろ!」



 男の声。



 襲撃者の指揮役が、壊れた馬車へ手をかける。



 焦げた外套。



 血のついた腕。



 それでも、その目は。



 ミミルの掌だけを見ていた。



「殻が残っている! 寄越せ!」



 男が踏み込む。



 ミミルは背を向けた。



 殻を胸へ抱く。



「触らないで」



「それは証拠品だ! 危険物として――」



「触らないでください」



 声は震えていた。



 けれど。



 退かなかった。



 男の手が伸びる。



 その指がミミルの肩へ届く前に。



「そこまでです」



 灰色の袖が割って入った。



 杖の先端が男の手首を打つ。



 短い悲鳴。



 続けて、馬車の外から二人のギルド員が飛び込んだ。



 男を床へ押さえつける。



「薬師ギルドの立会人に対する暴行未遂、および保護対象への襲撃。全員、拘束してください」



 セリアの声だった。



 いつもと同じ。



 静かで。



 事務的で。



 けれど、その杖を握る指は白かった。



「馬車の下に二名!」



「後方の一人も確保!」



「護衛一名、息があります!」



 声が飛び交う。



 誰かが水をかける。



 誰かが火を消す。



 誰かが負傷者を運び出す。



 男が床へ頬を押しつけられたまま叫ぶ。



「価値が分かっているのか! その欠片だけでも――」



「黙りなさい」



 セリアが言った。



「これは素材の回収現場ではありません」



 男の腕に拘束具がはめられる。



「襲撃を受けた保護対象の、死亡確認現場です」



 死亡。



 その言葉に。



 ミミルの肩が揺れた。



「違います」



 小さく。



 ミミルは言った。



「まだ、確認していません」



 セリアは答えなかった。



 答えられなかった。



 代わりに。



 腰の鞄から、小さな鑑定板を取り出した。



 工房で。



 ギルドで。



 何度もエッグを映した板。



 種族不明。



 危険度最低。



 廃棄推奨。



 そんな言葉を並べて。



 エッグを勝手に決めようとした板。



「確認します」



「……はい」



 ミミルは両手を開いた。



 掌には。



 親指ほどの殻片が一つ。



 残っていた。



 青黒い五号薬に濡れている。



 端は焦げ。



 細いひびの奥で、赤い光が消えかけていた。



 セリアが鑑定板を近づける。



 淡い光が殻片をなぞる。



 文字が浮かぶ。



 消える。



 また浮かぶ。



 生命反応:測定中



 ミミルは待った。



 右へ動くのを。



 左へ動くのを。



 ほんの少し。



 震えるのを。



 生命反応:なし



「もう一度」



 ミミルが言った。



 セリアは黙って板を当て直した。



 生命反応:なし



「薬液が邪魔をしているかもしれません」



「……はい」



 布で。



 殻片の表面を拭う。



 五号薬が染み込んでいる。



 取れない。



 それでも。



 何度も。



 優しく拭いた。



 鑑定板を当てる。



 生命反応:なし



「魔力だけでも」



 反応魔力:なし



「知性反応は」



 知性反応:なし



「では、種別を」



 セリアの指が止まる。



 ミミルが。



 自分で板を引き寄せた。



 光を当てる。



 種別欄が。



 ゆっくりと。



 書き換わった。



 種別:《死亡》



「……そうですか」



 ミミルは言った。



 泣かなかった。



 殻片を。



 両手で包み直す。



「エッグ」



 返事はない。



「ごめんなさい」



 右にも。



 左にも。



 動かない。



「私が、守ると言ったのに」



 動かない。



「相棒だと、言ったのに」



 動かない。



「帰ると、約束したのに」



 ミミルの指の間から。



 青黒い薬液が落ちた。



 一滴。



 また一滴。



 そのあとから。



 透明な雫が混じった。



「どうして、あなたが守るんですか」



 返事はない。



「私にも、守らせてくださいよ」



 声が。



 そこで。



 壊れた。



 ミミルは殻片を額へ当てた。



 熱はなかった。



 振動もなかった。



 いつも抱いていた。



 小さな重みすら。



 もうなかった。



 掌にあるのは。



 親指ほどの。



 濡れた欠片だけ。



「エッグ……」



 初めて。



 名前を呼んでも。



 何も返ってこなかった。



 馬車の外では。



 襲撃者たちが連れていかれる。



 負傷した護衛が治療を受けている。



 火が消される。



 道が封鎖される。



 世界は。



 止まらない。



 エッグだけが。



 止まっていた。



 セリアが外套を脱ぎ。



 ミミルの肩へかけた。



「その殻片を、保護容器へ」



「渡しません」



 即答だった。



「承知しています」



 セリアは膝をついた。



 ミミルと同じ高さで。



 静かに言う。



「容器だけ、お渡しします。封印も記録も、ミミルさん自身で行ってください」



 差し出されたのは。



 透明な小瓶だった。



 ミミルはしばらく見つめた。



 それから。



 首を振った。



「このままにします」



「ですが、崩れる危険が」



「だからです」



 ミミルは両手を閉じた。



 今度は。



 壊さないように。



 けれど。



 絶対に落とさないように。



「もう、離しません」



 セリアは何も言わなかった。



 ただ。



 立ち上がり。



 ミミルと殻片を隠すように。



 馬車の入口へ立った。



 ミミルは。



 動かない相棒を抱いたまま。



 いつまでも。



 そこにいた。



================



《殻継転生》を開始します。



 残存核を確認。



 殻片残存率:0.8%



 生命反応:なし。



 死亡条件を確認しました。



 周囲因子を検出。



《五号薬因子》


《治癒因子》


《鎮静因子》


《睡眠因子》


《麻痺因子》


《爆炎因子》


《竜血因子》



 因子競合。



 選別を開始します。



 再構築候補を算出中。



 進化候補:



《薬魔卵》



《爆薬卵》



《■■■■■》



 核となる殻片を保護してください。



 殻片が消滅した場合。



《殻継転生》は失敗します。

お読みいただきありがとうございます!


「続きが気になる」「卵、がんばれ」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。感想もひとこと置いていってくれたら、殻にヒビが入るくらい励みになります。


廃棄推奨の最弱卵が世界を孵すまで、どうか見届けてやってください。

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