第21話 試験結果と予想外の反応
翌朝。
俺は工房の低い棚に置かれたエッグ箱の中で、静かに安定していた。
静かに安定。
卵としては、かなり良い状態である。
俺は自分だけに見える表示を確認した。
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生命力:3/3
魔力:3/3
ひび割れ率:42%
状態:安定傾向を維持
外部魔力残滓:ほぼ沈静
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よし。
昨日と変わらない。
ひび割れ率も増えていない。
それだけで今日は勝ちである。
ミミルは机の上に、昨日作った試験片を並べていた。
割れ物保護材研究。
名前は地味。
中身も地味。
だが、その地味さが今は大事だ。
試験片は四種類。
一号、硬すぎて割れる。
二号、べたついて商品にならない。
三号、柔らかいが剥がれやすい。
四号、鳥卵殻に密着して軽い衝撃を分散。
そして、今日はそれだけではない。
ミミルは昨夜のうちに、小さな陶器片と空の薬瓶にも四号を薄く塗り、乾かしておいた。
その場で塗ってすぐ試験するのではなく、乾燥済みのものを持っていく。
これは大事だ。
塗りたての液体を落下試験したら、ただのべちゃべちゃ事件である。
俺は籠の中から、試験用の薬瓶を見た。
底と側面だけに、薄く半透明の膜が張っている。
首の部分には塗っていない。
中身が見えなくなるのを避けるためだ。
ミミルは記録を確認する。
『エッグ由来素材は使用しない』
『普通素材による衝撃緩和材』
『本体使用不可』
『乾燥済み試験片あり』
『乾燥済み試験薬瓶あり』
『ギルド内部試験のみ』
『販売未定』
よし。
情報管理ばっちり。
俺は右へ揺れた。
「記録、大丈夫?」
右。
完璧。
ミミルは少し緊張した顔で笑った。
「じゃあ、道具担当さんに見てもらおう」
右。
行こう。
ただし、俺は安静。
俺の出番ではない。
今回はミミルの試作品が主役だ。
俺は保護対象の木札つき籠に入れられ、ギルドの道具管理室へ向かった。
工房の外には、まだギルド職員が一人ついてくれている。
完全に護送される卵である。
前世でこんな扱いを受けたことはない。
社畜時代は、誰も俺を守ってくれなかったのに。
卵になってから護送されるとは。
人生、本当にわからない。
ギルドの道具管理室は、広間の奥にある倉庫のような場所だった。
棚には予備の剣帯、ロープ、薬瓶、採取袋、ランタン、簡易鍋、修理用の針金などが並んでいる。
冒険者の地味な命綱セットである。
派手な魔剣や伝説の盾はない。
だが、こういう道具があるかないかで、生存率は変わるのだろう。
道具担当は、髭の濃い大柄な男だった。
名前はボルグさん。
鍛冶師にも見えるが、受付嬢によるとギルドの備品管理と簡易修理を担当しているらしい。
ボルグさんはミミルを見ると、机の上を軽く叩いた。
「試験品ってのはそれか」
「はい。割れ物を守るための保護材です」
ミミルは少し緊張しながら、試験片と記録を机に置いた。
そして、真っ先に言った。
「エッグの殻片は使っていません。普通の材料だけです」
大事。
そこ本当に大事。
俺は籠の中で右へ揺れた。
ボルグさんは俺の木札をちらりと見てから、試験片へ視線を戻した。
「そこは受付から聞いてる。今日は保護対象の話じゃなく、こっちの保護材の話だ」
ありがたい。
話が早い。
俺をじろじろ見ないのも好印象だ。
ボルグさんは試験片を指で押した。
「ふむ。表面は少し硬いが、中に粘りがあるな」
ミミルが頷く。
「樹脂と乾燥草の繊維を混ぜています。貝殻粉を入れると硬くなりすぎたので、四号では減らしました」
「乾燥時間は?」
「薄く塗って、半日ほどです。ただ、湿気が多いともう少しかかるかもしれません」
「水に濡れたら?」
「まだ試していません」
ボルグさんはすぐに小皿に水を入れた。
「じゃあ試す」
早い。
実務の人だ。
乾燥済みの陶器片の端を水につける。
少し待つ。
指でこする。
端がわずかに白くふやけた。
「あっ」
ミミルが声を出した。
ボルグさんは頷く。
「水には弱い。雨の中で使う道具袋には向かん」
いきなり欠点が出た。
だが、これは大事だ。
実際に使う前にわかってよかった。
ミミルはすぐ記録に書く。
『水に弱い』
『濡れると端がふやける』
『屋外長時間使用には不向き』
失敗ではない。
改善点だ。
俺は右へ小さく揺れた。
ボルグさんは次に、ミミルが布に包んで持ってきた小さな薬瓶を手に取った。
底と側面だけ、昨夜のうちに保護材を薄く塗って乾かしておいたものだ。
「これも乾いてるな」
「はい。昨夜から乾かしておいたものです」
「なら落としてみるか」
ボルグさんはそれを胸の高さから、厚い木板の上へ落とした。
こん。
瓶は跳ねた。
割れない。
ボルグさんの眉が少し動いた。
「もう一回」
こん。
割れない。
「角から」
こん。
瓶の首に小さな傷が入った。
だが、割れてはいない。
ミミルが小さく息を呑む。
俺も籠の中で震えた。
おお。
思ったより効いている。
ボルグさんは瓶を手に取り、傷を確認した。
「衝撃は逃がしてる。完全に割れを防ぐわけじゃねえが、薬瓶の底や側面には使える」
ミミルの顔が明るくなった。
「本当ですか?」
「ただし、首は弱い。全面に塗ると中身が見えにくい。厚塗りすると瓶立てに入らん。乾燥に時間がかかる。水にも弱い」
褒めた直後に欠点を全部出す。
ボルグさん、実務の鬼だ。
ミミルは必死に記録する。
『薬瓶底面、側面に効果あり』
『首部分は弱い』
『厚塗り不可』
『中身の視認性に注意』
『乾燥時間課題』
『水濡れ課題』
いい。
良い記録だ。
ボルグさんは今度、小さな採取用のガラス瓶を出した。
「採取者は、こういう瓶を袋に詰める。中でぶつかって割れることが多い」
「はい」
「これも、お前が持ってきた乾燥済みのやつで試す」
ミミルが持ってきた乾燥済みの採取瓶。
底にだけ薄く保護材が塗られている。
ボルグさんはそれと、普通の採取瓶を数本、布袋に入れた。
袋を振る。
がちゃがちゃ。
嫌な音がする。
俺は少し震えた。
割れ物がぶつかる音は、今の俺には精神的に悪い。
卵なので。
ボルグさんは袋を開けた。
普通の瓶の一つに、細かいひびが入っていた。
保護材を塗った瓶は無事。
「ほう」
ボルグさんが初めて、少し感心したような声を出した。
ミミルの目が輝く。
「効果、ありますか?」
「ある。少なくとも、採取瓶の底に薄く塗るだけでも割れにくくなる」
おお。
これは大きい。
地味だが実用的だ。
冒険者や採取者が、割れ物を運ぶ時に使える。
俺の殻片を使っていない。
俺の名前も出さない。
それで役に立つ。
かなり良い流れだ。
だが、ボルグさんはすぐに指を一本立てた。
「ただし、売るにはまだ早い」
ですよね。
俺は右へ揺れた。
ボルグさんが俺を見る。
「卵もわかってるみてえだな」
わかります。
売るには早い。
品質安定、耐水性、乾燥時間、安全性。
問題は多い。
ボルグさんは続ける。
「試験品としてなら、ギルド内部で使える。採取瓶十本分。まずはそれだけ作れ」
ミミルが驚く。
「十本分、ですか?」
「多いか?」
「いえ、作れます。でも、材料費が……」
現実。
また金。
ボルグさんは受付嬢を見る。
受付嬢は書類を確認した。
「試験品としてギルド備品扱いにできます。材料費は最低限、ギルドから出せます」
ミミルの表情がさらに明るくなった。
「ありがとうございます!」
俺も右へ揺れた。
ありがたい。
修理費で苦しい今、材料費が出るのは大きい。
ただし、ここで浮かれすぎてはいけない。
試験品。
十本分。
少数。
エッグの名前は出さない。
それを守る必要がある。
ミミルもわかっているようで、すぐに言った。
「エッグの名前は出さずに、ミミル工房の試験品としてお願いします」
受付嬢が頷く。
「もちろんです。記録上も、普通素材による割れ物保護材として扱います」
よし。
かなり良い。
俺は右へ揺れた。
その時だった。
道具管理室の入口から、見覚えのある男が顔を出した。
ガルドだ。
またいる。
この人、なぜいつも都合よくいるのか。
「おい、何やってんだ。瓶に泥でも塗ってんのか?」
言い方。
最悪。
だが、察しすぎてはいない。
見たまま言っているだけだ。
ミミルが少しむっとしながら答える。
「泥じゃありません。割れやすい瓶を守るための試験品です」
「瓶を守る?」
ガルドは眉をひそめた。
そこで、ボルグさんが横から古い採取瓶を持ち上げた。
「採取瓶は袋の中でぶつかって割れることがある。こいつは、その衝撃を少し逃がせるかもしれん」
「へえ」
ガルドはようやく納得したように、試験片を見る。
「つまり、瓶が割れにくくなるかもしれねえってことか」
「まだ試験段階です」
ミミルはすぐに言った。
「エッグの商品じゃありません。私の工房の試験品です」
おお。
即答。
良い。
俺は右へ揺れた。
ガルドは片眉を上げた。
「へえ。言うようになったじゃねえか」
ミミルは少しだけむっとした顔をしたが、逃げなかった。
「エッグの名前は出しません。エッグの素材も使っていません」
「なら、ただの道具か」
「はい。ただの道具です」
ただの道具。
地味だが強い言葉だ。
俺は安心して震えた。
ガルドはボルグさんの手元にある瓶を見た。
「で、どれくらい使えそうなんだ?」
ボルグさんが答える。
「まだ試験段階だ。採取瓶の底に塗る。水には弱い。過信はできん」
「ふうん」
ガルドは少し考えたあと、腰の袋から小瓶を取り出した。
中身は空。
かなり傷だらけだ。
「俺の採取瓶、よく割れるんだよな。試験するなら一本使っていいぞ」
意外。
協力的。
いや、単に便利そうだからかもしれない。
ミミルは少し戸惑った。
「いいんですか?」
「割れても困らねえ古いやつだ。使えるなら得だろ」
ボルグさんが小瓶を受け取って確認する。
「現場で使い込んだ瓶は試験にちょうどいい。ミミル、これも借りろ」
「はい」
ミミルはガルドに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼はいらねえ。使い物になるなら、安く売れ」
そこか。
まあ、冒険者らしい。
だが、実地試験用の瓶が手に入ったのはありがたい。
俺は右へ揺れた。
ガルドがにやりと笑う。
「卵も商売わかってきたな」
わかりたくてわかっているわけではない。
生きるためだ。
修理費のためだ。
ロイム対策のためだ。
世界は厳しい。
ボルグさんは試験片をまとめながら言った。
「今日の結果を整理する。採取瓶十本分の試験。ガルドの古瓶一本。納期は急がん。品質優先だ」
「はい」
「それと、名前は……割れ物保護材でいいな?」
ミミルが俺を見る。
俺は右へ揺れた。
それでいい。
「はい。割れ物保護材でお願いします」
地味。
良い。
これ以上ないくらい地味。
最高。
ボルグさんは書類に書き込む。
================
試験品名:割れ物保護材
製作者:ミミル工房
用途:採取瓶、薬瓶等の軽度衝撃緩和
素材:一般素材のみ
備考:水濡れに弱い。厚塗り不可。過信禁物。
試験数:採取瓶十本分、実地使用瓶一本
================
完璧。
俺の名前はない。
殻片の話もない。
ただの地味な試験品だ。
受付嬢がそれを確認して、微笑んだ。
「これなら問題ありません」
ミミルもほっとしたように息を吐いた。
俺も籠の中で、静かに震えた。
よかった。
今日はちゃんと前に進んでいる。
ところが。
試験はそこで終わらなかった。
ボルグさんが、ふと別の瓶を取り出した。
小さな薬瓶。
中には、薄い青色の液体が入っている。
「ついでに、これでも見ておくか」
受付嬢が少し眉を上げた。
「ボルグさん、それは?」
「廃棄予定の低級魔力薬だ。中身が揺れに弱い。運搬中に泡立つと品質が落ちる」
魔力薬。
嫌な予感がした。
ミミルも慎重な顔になる。
「私の保護材で、中身に影響が出るかを見るんですか?」
「そうだ。外側に塗るだけなら、本来は中身に影響しないはずだ」
本来は。
その言い方が怖い。
ボルグさんは、同じ形の空瓶をもう一本取り出した。
それから、ミミルが持ってきた乾燥済みの試験薬瓶を指差す。
「その塗った瓶と、こっちの普通の瓶に、同じ量だけ入れて比べる」
なるほど。
その場で塗るわけではない。
すでに乾いている瓶に、中身を移して試す。
それなら矛盾しない。
ミミルは慎重に頷いた。
「お願いします」
ボルグさんは低級魔力薬を二つの瓶に分けた。
一つは普通の瓶。
もう一つは、保護材を底と側面に薄く塗って乾かした瓶。
そして、同じ強さで軽く振る。
普通の瓶は、液体の表面に細かい泡が立った。
保護材を塗った方は、泡立ちが少なかった。
ほんの少し。
本当にわずかだ。
だが、見比べるとわかる。
受付嬢が目を細めた。
「……泡立ちが違いますね」
ボルグさんも瓶を見つめている。
「衝撃を外で逃がした分、中身の揺れも減ったのかもしれん」
ミミルは慌てて言った。
「エッグの素材は使っていません。本当に普通の材料だけです」
その確認は大事。
俺も右へ揺れた。
使っていない。
本当に使っていない。
ボルグさんは頷いた。
「わかってる。これは魔力がどうこうじゃねえ。たぶん、瓶そのものの揺れ方が変わっただけだ」
たぶん。
でも、その「たぶん」が少し怖い。
受付嬢は記録に慎重に書いた。
『魔力薬瓶で追加観察』
『泡立ち軽減の可能性』
『原因未確定』
『魔力的効果と断定しない』
『物理的な衝撃緩和の可能性』
『エッグ由来素材の使用なし』
いい。
断定しない。
外から見えた現象だけを書く。
ミミルは少し青ざめていた。
「これ、目立ちますか?」
受付嬢は即答しなかった。
その沈黙が答えのようなものだった。
ボルグさんは腕を組む。
「採取瓶より、薬瓶の運搬に使えるとなると、欲しがる奴は増えるな」
やめて。
地味で行こうとしていたのに。
いきなり需要が広がるのは困る。
俺は左へ揺れた。
ミミルもすぐに頷いた。
「まだ試験段階です。外には出しません」
受付嬢が真面目な顔で言う。
「はい。今日の結果はギルド内部記録に留めます。特に、魔力薬との反応については公開しません」
右。
絶対にそれで。
ガルドが横からぼそっと言った。
「また面倒なもん作ったな」
ミミルが小さく反論する。
「面倒にしたいわけじゃないです」
「知ってる。でも、便利なもんは勝手に面倒になる」
それは正しい。
嫌なほど正しい。
俺も最近ずっと思っている。
役に立つものほど、狙われる。
便利なものほど、利用される。
だからこそ、慎重に進めなければならない。
受付嬢は書類を閉じた。
「今回の扱いは、あくまで採取瓶用の軽度衝撃緩和材です。薬瓶については追加検証扱い。ミミルさん、今は十本分以上作らないでください」
「はい」
「エッグさんの名前も出しません」
右。
大事。
「エッグさんの素材を使っていないことも、必要な範囲で記録します。ただし、余計に説明しすぎると逆に注目されるので、表向きは普通素材の試験品とします」
なるほど。
「使っていません」と大声で言いすぎると、逆に何かあると思われる。
難しい。
情報管理、難しい。
卵には荷が重い。
でも、やるしかない。
その日の午後、ミミルは工房に戻り、試験用の割れ物保護材を作り始めた。
俺は机の端ではなく、低い棚の安全な場所に置かれた。
見守り係。
無理な反応は禁止。
素材感知も使いすぎない。
ミミルは材料を慎重に量る。
樹脂。
乾燥草の繊維。
貝殻粉。
薄めた補強剤。
粘着液をほんの少し。
混ぜる順番を記録通りにする。
温度を上げすぎない。
焦らない。
昨日より、手つきが落ち着いている。
俺はそれを見て少し安心した。
十本分。
量としては多くない。
だが、同じ品質で作るのは難しいらしい。
一つ目は少し硬い。
二つ目はちょうどいい。
三つ目は粘りが強い。
ミミルはすぐに気づいて、配合を微調整する。
「同じにするの、難しい……」
右。
難しそう。
「でも、これができないと売れないよね」
右。
たぶん。
品質がばらばらだと、道具として信用されない。
ミミルは真剣な顔で記録する。
『四号改』
『繊維量を一定に』
『樹脂は温度で粘り変化』
『混ぜ始めから固まり始めまでの時間を測る』
『乾燥後に再試験』
研究っぽい。
いや、錬金術師なので当然か。
夕方までに、試験用の保護材はなんとか十本分できた。
ただし、乾燥に時間がかかるため、完成は明日。
ガルドの古瓶用も一つ作った。
ミミルは疲れた顔で椅子に座った。
「……できた」
右。
お疲れ。
ミミルは俺を見る。
「エッグ、今日は大丈夫?」
右。
大丈夫。
俺はほとんど動いていない。
状態も悪くない。
================
状態:安定傾向を維持
ひび割れ率:42%
《素材感知 Lv1》の熟練度が微量上昇しました。
================
よし。
今日も上がっていない。
それが一番大事だ。
夜。
ミミルは工房に泊まることになった。
扉は仮修理済み。
窓は封印札あり。
外には巡回。
まだ怖いが、少しずつ戻らなければならない。
ただし、寝る場所は机ではなく、床に近い安全な場所。
俺は低い棚のエッグ箱の中。
警報石も近くに置いてある。
万全とは言えない。
でも、昨日よりはましだ。
ミミルは布団に入る前に、今日の記録を見返していた。
『試験結果』
『採取瓶への効果あり』
『水に弱い』
『乾燥時間課題』
『魔力薬瓶で泡立ち軽減の可能性』
『外部公開なし』
『十本分のみ試験』
ミミルはそこまで書いて、筆を止めた。
「予想外だったね」
右。
かなり。
「便利かもしれないって思うと嬉しいけど、怖い」
右。
俺も怖い。
ミミルは小さく笑った。
「エッグも?」
右。
もちろん。
便利なものは、面倒になる。
ガルドの言葉が頭に残っている。
俺たちは、ただ修理費をどうにかしたかっただけだ。
俺を削らずに、ミミルが作れるものを探したかっただけだ。
それなのに、試験品は思った以上に使えそうだった。
使えそうだからこそ、慎重にしなければならない。
ミミルは記録帳を閉じた。
「明日、乾いた分の結果を見てから考えよう。今日は寝る」
右。
それがいい。
ちゃんと寝る。
大事。
ミミルは布団に入った。
しばらくして、静かな寝息が聞こえ始める。
俺はエッグ箱の中で、今日のことを考えた。
割れ物保護材。
採取瓶には効果あり。
薬瓶の中身にも、少しだけ影響があるかもしれない。
エッグの殻片は使っていない。
俺の名前も出していない。
それなのに、予想外の反応が出た。
これは良いことなのか。
悪いことなのか。
今はまだわからない。
ただ一つだけ、はっきりしている。
小さな商売のつもりが、少しだけ大きな波紋を生み始めている。
俺は静かに震えを止めた。
割れないように。
目立ちすぎないように。
でも、前に進むために。




