第96話 妖と人間
王都の冬は、どこまでも厳格だ。
一年の大半を鉛色の重い雲が支配し、薄い陽光は石造りの街並みに温もりを届ける前に力尽きる。
吹き抜ける風は剃刀のように鋭く、人々の肌を刺し、骨の芯まで凍てつかせた。
降り積もる雪もまた、容赦がない。
白さが深まるほどに、戦火の傷跡――崩れた外壁や黒く焼け落ちた梁の無残さが際立ってしまう。
「……これが、かつて“東大陸の花”と謳われた王都の姿か。城壁も、誇りも、すべてが泥にまみれてしまった…」
煤けた石畳に膝をつき、老人が枯れた声で嗚咽を漏らす。
かつて商人の威勢のいい声が響いた広場は閑散とし、王城へ続く大通りは瓦礫の山に塞がれていた。
傾いた鐘楼が、風に煽られて不吉な軋みを上げている。
だが、この絶望の底で、王都の人々は奇跡を見る。
それはイアポニアから駆けつけた、様々な種族の妖たちであった。
もちろん、最初に市民たちに広がったのは、戸惑いだった。
しかし、額に逞しい角を突き出した鬼の女が、成人男性数人がかりでも動かせなかった巨大な石壁を、まるで紙細工のように軽々と持ち上げた時、人々の目は点になった。
「大丈夫かい? そんなものを一人で持つなんて……」
「あはは! 心配ありがとな、兄ちゃん。でも鬼の腕はそう簡単に壊れねぇのさ!」
豪快に笑い、彼女――紋女は瓦礫を荷車へと放り込む。
その迷いのない働きぶりに、警戒心はいつしか敬意へと変わっていった。
瓦礫の下、人間では手の届かない狭い隙間には、土蜘蛛たちが潜り込んでいた。
彼らは多脚を駆使して崩落した土砂を掻き出し、埋もれていた家財を傷一つなく引き上げていく。
また、火災で焼けた材木を片付けるのは輪入道だ。
燃え盛る車輪の姿をした彼は、逆に熱を吸い込むようにして焦げ跡を浄化し、その車輪を回して整地を加速させる。
「礼なんていらねぇよ。さあ、一段落済んだら昼飯だ!」
広場では炊き出しが行われ、料理上手の山姥たちが立ち働いていた。
驚くべき速さで野菜を刻み、完璧な火加減で具材を煮込んでいく。
王都民の口に合わせて、隠し味にバターを落とした濃厚な豚汁。
豆腐、豚肉、お揚げ、ネギ、根菜がたっぷり入った大鍋をかき混ぜる。
「これ、すっごく美味しい!」
頬を赤くして笑う子供たちを見て、山姥たちの深い皺が、慈しみでさらに深く刻まれた。
山姥は元々、飢饉の折に口減らしとして自ら山へ消えた老婆だ。
子供たちが美味しそうに食べる姿こそが、彼女らにとっての救いであり、至上の報酬だった。
上空では、天狗たちが大きな羽を広げ、地上数百メートルの高さで屋根の修繕に当たっていた。
人間には死の危険を伴う高所も、彼らには庭先同然。
瓦を敷き直す彼らの側で、鎌鼬が鋭い風の刃を操り、風雨に晒されて腐った梁や突き出した釘を瞬時に切り落としていく。
その連携は、まさに神業であった。
この再建の機に乗じ、クラウディアは大胆な都市計画を決断する。
単なる復旧ではない。
王都を清潔で強靭な都市へと進化させるのだ。
まず着手したのは下水道の建設だった。
下水道で集めた排泄物は、古の都、江戸の荒川の水運に倣って利用する。
都市で出た排泄物を運河を利用して農村へ運び、堆肥として利用。そして帰りの船には農作物を積んで戻るのだ。
汚れを資源に変えるというこの発想は、王国民たちを驚愕させた。
地下に石造りの管を巡らせる作業には、野鉄砲や泥田坊が協力した。
彼らは土を操り、強固な水路をあっという間に掘り進めたのだ。
さらに、上水道の整備。
竹筒を繋いだ樋を地下深くで井戸へと繋ぎ、王都近郊の清流を引き込む。
街の各所に設置された共同井戸には、絶えず澄んだ水が満ちるようになった。
水質の維持には河童たちが一役買った。
彼らは水中を自在に泳ぎ回り、詰まりを取り除く。
生活用水が得やすくなったことで、庶民の間でも入浴の習慣が広まった。
湯気の立つ公衆浴場には、人と妖たちの笑う声。
衛生観念の向上により、コレラやペストといった感染症の予防効果も、劇的に現れ始めた。
当初、妖たちを“異端の化け物”と忌避していた教会も、民衆の圧倒的な支持を前に沈黙せざるを得なかった。
目の前で蘇っていく美しい街並みと、救われた人々の笑顔。
それらを否定することは、神の慈悲そのものを否定することに等しい。
「……人間だけでは成し得なかった奇跡だ。妖たちの力は、もはや王国の一部と言わざるを得まい」
「左様。これも神のご意志。種族の違いを超えて手を取り合うことこそ、新たな教義とすべきでしょう」
生き残るために柔軟に解釈を変える。
それもまた宗教の本質であった。
こうして妖たちは、ゼフィロス王国の正式な国民として認められるに至った。
次に建てられる大聖堂のステンドグラスには、きっと描かれるだろう。
人間と共に石を運び、共に食事を囲む、鬼や天狗、河童に土蜘蛛たちの姿が。
冬の寒さは相変わらず厳しい。
だが、雲の切れ間から差し込む光は、以前よりもずっと澄み渡り、再建された王都の屋根を白く、美しく照らし始めていた。
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完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。
お楽しみいただければ幸いです。




