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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第92話 悪夢の事情聴取


 危機を脱した王都では、関係者たちに対する事情聴取が開始された。


 ユリシーズは、もはや抜け殻のようだった。

 愛した女に裏切られ、父エルドリックには冷酷に見捨てられ、その父さえも無惨な死を遂げた。

 自室に軟禁された彼は、調査官の問いに対し、(せき)を切ったようにすべてを自白した。


 国庫を私物化し、強請(ねだ)られるままニィナに金品を貢いだこと。

 彼女の甘い囁きに乗り、国策を歪め、経済を破綻(はたん)させたこと。

 豪華な結婚式の費用を捻出(ねんしゅつ)するために、南方の国防予算を削ったこと。

 そして、王族しか知らぬ秘密の通路をニィナに教え、それが敵軍を城内へ侵入させるという結果を招いたこと。


 一方、ニィナは、太々しくも黙秘を貫いていた。


 騙されただけのユリシーズとは違い、大公国の工作員として意図的に国を揺るがしたのだ。

 彼女の罪は「外患誘致罪」。

 刑法第87条が定める、ゼフィロス王国において最も重い罪のため、法定刑は死刑しか用意されていない。


「何も知らないわ。私はただ、殿下に愛されていただけ」


 大公国との連絡役だったマダム・アルマは、路地裏で死体で発見された。

 騒乱に巻き込まれたのか、大公国に口封じされたのか。

 いずれにせよ死人に口なし。真相は闇の中だ。

 針子が彼女とニィナの密談について話してくれたが、物証も無いのに平民1人の証言だけで貴族令嬢の罪を問う事は難しい。


 自白どころか、雑談にすら応じないニィナに調査官が手を焼いていた頃、クラウディアが面会を申し出た。


   ◇


「ごきげんよう、ニィナ様」


 護衛のパーシヴァルを伴い、地下の取り調べ室へ現れたクラウディアに、ニィナは刺すような、あるいは(えぐ)り取るような凶悪な視線で彼女を(にら)みつけた。


「……やんごとなきお姫様が、わざわざこんなところにまでいらっしゃるなんて。何? 私を嘲笑(あざわら)いにでも来たの?」

「不敬だぞ! クラウディア様に向かってその態度は――」


 調査官が制止しようとしたが、クラウディアは穏やかに手を挙げた。


「構いませんわ。ニィナ様とは学園でご一緒させていただいた仲ですもの」

「……ほとんど話したことなんてないくせに……」


 ニィナの憎悪が(あふ)れ出す。


 この国で1番有力な貴族の娘。

 生まれたその瞬間から富と権力が約束されているばかりか、美貌と才知にまで恵まれているという、完全なるチート。

 平民上がりの男爵令嬢など、道端の小石程度に思っていたに違いない。

 これみよがしにユリシーズに腕を絡ませたり、悪評を流したり、いくら挑発しても、この女は眉ひとつ動かさなかった。


「ずっと嫌いだった。そうやって真綿で(くる)まれて生きてきたアンタが。飢えたことも、転んで血を流したこともない、アンタみたいなのが、ずっと、ずっと……!」


 建国式典という公の場でクラウディアを陥れたのはニィナの独断で、大公国の指示には無いことだった。

 衆人環視の中で、すべてを持っているこの女からすべてを奪い取り、この世の無情を、理不尽を、侮蔑の視線を、少しでも味あわせたかったのだ。


 だが、どうして、婚約者を奪われ、王都から追われたはずのこの女が、今、自分よりもずっと幸福そうなのか……。


「ユリシーズ様が勝手にやったことよ。私はむしろ被害者なんだから!」


 そうよ。

 私はまだ何一つ、手に入れてなんかいない。


 色とりどりの宝石みたいなお菓子。

 煌びやかなアクセサリー。

 あれほど欲しかったはずなのに、いくら食べても、着飾っても、少しも満足なんかできなかった。

 もっと、足りない。もっと、欲しい。

 何かでこの隙間を満たさないと、気が狂いそうだった。


 狂ったように叫ぶニィナを、クラウディアは悲しげに見つめた。


「分かりましたわ。でも、一つだけ訂正させて下さる?」

「……?」

「人は等しく、皆、孤独です。どんなに恵まれて見えても……。私も、例外ではありません。それだけは、知って欲しくて」


 この女は何を言っているのか。

 人間のみならず(あやかし)にまで(かしず)かれ、憧れだったあの将軍をまるで従者のように後ろに控えさせ、こうやって勝ち誇った笑みを浮かべているくせに。


「……帰って。二度と顔も見たくない」


 ニィナが吐き捨てると、クラウディアは静かに頷いた。

 表情は慈愛に満ちているようで、ニィナを見つめる瞳は焦点を合わせていない。

 ニィナに強烈な違和感が走る。


(なんか、……変、じゃない……?)


 言語化できない感覚にニィナが押し黙る。


 これ以上の会話は難しいと判断したクラウディアが、場を締めることにしたようだ。


「ニィナ様はお疲れのご様子ですわ。失礼いたしましょう」


 休憩のため、全員で部屋を出ようと促すクラウディアの声に呼応して、調査官、近衛兵、そしてパーシヴァルが続いて部屋を出る。


 そして最後に残ったクラウディアは扉を出る直前に、その足を止めた。

 廊下へ出た誰もこちらを見ていないことを、クラウディアは視界と“センサー”とで素早く確認する。


 何故、クラウディアは部屋を出ていかないのか?


 不審に思ったニィナがその後ろ姿を眺めていると、ふいにカチリ、と微かな音がした。

 それは骨の継ぎ目が弛緩する音。


 次の瞬間、クラウディアの首は音もなく真後ろ倒れ込んだ。


 上下が逆さまになった顔。

 口からはだらりと赤黒い舌が溢れ出している。

 眼球はあたかも独立した生き物のようにぐるんぐるんと高速回転した。


 そして、突如、ピタリと止まった水晶体がニィナを射抜く。

 その奥には、光など届かぬ底なしの虚無が、真っ暗な空洞として広がっていた。


「キャァァァァァァァァァァ!!!」


 あまりのことに声も出なかったニィナから、遅れて悲鳴が上がる。

 尋常ではないその声に、慌ててパーシヴァルたちが部屋へ飛び込む。


 だが、そこには何事もなかったかのように優雅に佇むクラウディア。

 そして、ガタガタと震え、床に尻餅をついた姿勢のままジリジリと後退りするニィナがいるだけだった。


「……ぁ……ぁああ……っ」


 今の出来事を伝えようにも、悲鳴で肺の中の空気を使い切ったニィナからは、まともな言葉が出ない。

 しばしの間、息の仕方を忘れたようにはくはくと口を開閉した後、ようやく搾りだせたのは「この女は化け物よ」という、一言のみ。

 それも小さく、途切れ途切れに言葉を紡ぐのが精一杯であった。


「いい加減にしろ! 妄言にも程がある!」


 パーシヴァルの怒声さえ、今のニィナには届かない。


 嗚呼、自分以外の誰も見ていなかったのだ。

 あの、(おぞ)ましい異形の姿を。


 無言のまま、この場にいる全員が、()め殺す勢いで自分を見ている。

 激しい怒り、そして侮蔑。

 狂人を見るときの、暗い、粘りを帯びた視線。


「……ぅ……ぁ……あなたは、だれ……いったい、だれなのよ……!?」


 震える声でニィナが問う。


 なぜ今の今まで、気がつかなかったのだろう。

 この女はクラウディアじゃない。

 目の前にいるのはクラウディアの姿をした別人だ。

 かつて学園の隅で、高い背丈を隠すように背を丸めて、透明人間のように振る舞っていた、あの気弱な女は一体どこへ行ったというの?


「ニィナ様? 何のことを仰っておられるの?」


 クラウディアはその美麗な顔をゆっくりと傾け、さも不思議そうに尋ねた。

 慈しみに溢れた表情筋の動き、完璧に洗練された仕草。

 しかし、その瞳は微動だにせず、底の見えない沼のような(よど)みを宿している。


(別人どころの話じゃない……目の前にいるのは、人間じゃないんだ……)


 片や救国の聖女。

 片や売女で嘘吐きの売国奴。

 どれだけ言葉を尽くしたところで、一体、誰が信じてくれるというのか。


 毒気を抜かれた、というよりは、根源的な恐怖に心を折られたニィナは、その後、()き物が落ちたように、自分が知る限りのすべてを白状した。


ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

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