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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第88話 ルネの心労


 海面から、破壊された船の無残な破片がゆっくりと沈んで落ちてくる。

 重厚な甲冑、沈黙した大砲、へし折れたマスト。


 幸いというべきか、乙彦(おとひこ)が放った嵐の直撃を受けたのは先頭の数隻のみだった。

 海に投げ出された兵士たちも、多くは後方の船に救助されたようだ。

 彼らは、月を背に舞う神々しい水晶の龍と、天を割るような嵐に完全に戦意を喪失したようだ。

 救助を終えるや否や、一刻も早くこの魔海を去るべく、全速力で回れ右をしたのである。

 おかげで敵側の人的被害は最小限に抑えられた。

 沈没した船は、やがて時を経て、魚たちの静かな住処となるだろう。


「このぐらいで済んで、ホント、良かったわ……」


 ルネは小さく息を吐いた。


 侵略者に同情する義理はない。

 けれど、もしここでたくさんの命が奪われていれば、乙彦(おとひこ)もソーニャも、きっと気に病んでいただろうから。


 敵の船影が水平線の彼方へ消え、上空で嵐を操っていた乙彦(おとひこ)が降りてくる。

 海と直結した中庭の水路を伝い、龍の姿のまま戻ってきた彼は、這い上がった場所でそのまま力尽きたようにその巨躯を横たえた。

 天候そのものを書き換えたのだ。

 水神といえど、無傷ではいられない。

 よく見ると、宝石のように輝いていた(うろこ)がところどころ剥がれ落ちていた。


乙彦(おとひこ)様……!」


 大判のタオルを手にしたソーニャが駆け寄る。

 抱きしめるような仕草でその首元にタオルを巻き付けた瞬間、龍の姿が揺らぎ、乙彦は人の姿へと戻った。


 これが水も滴るいい男というやつなのだろうか。

 水に濡れて肌に張り付く銀髪。

 傷を負った、陶器のように白い肌。

 整いすぎた横顔。

 ソーニャの膝に抱えられ、白布一枚を腰に巻き、ぐったりともたれかかる姿は、さながら宗教画に描かれる殉教者のようだった。


「申し訳ありません、乙彦様……私のせいで……」

「気にせんでええんよ。うちが、そうしたかっただけやから……」

「でも……」

「ソーニャ、今夜はもぉ疲れたやろ。迎えが来たみたいやから、はよぅ、お帰り」

「乙彦様! ですが、私……!」

「ルネ、ソーニャをよろしゅうな……」


(私の我儘でこんなに傷ついたのに、碌な見返りも求めず、またこの人は孤独になろうとしている)


 それなりの覚悟を持ってここに来たというのに、勝手に自己完結して幕を引こうとする乙彦に、ソーニャの中でふつふつと、怒りが沸き上がった。


(私の気持ちはどうでもいいの? 全てを捧げると言った私の覚悟は無視して……)


乙彦(おとひこ)様!」


 急に大きな声を出した彼女に驚いたのか、乙彦はサファイアの瞳を丸く見開いた。


 無垢で、幼く、それでいて神としての恐ろしさを秘めた、腹立たしいほど美しい男。

 自分を乱暴にぶつけて、暴いて、理不尽に乱してやりたい。

 ソーニャはその荒ぶる感情のまま、乙彦の唇に自分のそれを重ねた。


 冬の海の水で凍てついていた乙彦の頬に、劇的な血色が戻る。

 いや、もう、戻りすぎて、今にも鼻から炎でも吐き出しそうな勢いだ。


 一方、ソーニャは頭に血が上っていて、今、自分がやらかした大胆な行動には気が行かないようだ。

 腰布一枚のままの乙彦の体を支えつつ、真剣そのものの顔で言い放った。


「王都はまだ混乱中です。今日のところは一旦戻ります。落ち着き次第、また参りますので……首を洗って待っていてください……!」


(いや、ソーニャちゃん、言い方が物騒すぎるわよ!)


 やや暴力的な勢いだったとはいえ、初めての口付けを交わした2人。

 ここはもう少し甘やかな雰囲気になるものではないだろうか。

 それでもどうやら嬉しかったらしく、頬を林檎のように染め、乙女のようにこくりと俯く乙彦。


「うん……待ってる……」


(お前はヒロインか!)


 つい先程まで圧倒的な神の力を見せつけていた乙彦が、今はもじもじと、ただソーニャに身を委ねている。


「お体は大丈夫ですか? 綺麗な肌に、こんなに傷が……」


 壊れ物に触れるように、そっと乙彦の傷に指を這わせるソーニャ。

 その眼差しは、守るべき者を慈しむスパダリだ。


「擦り傷や。ぜんぜん、へーき……あ、でも……」

「え? やはりどこか深く……?」


 恥ずかしそうに両手で顔を覆いながら、フルフルと首を振る乙彦(おとひこ)


(乙女か! 本日2度目だよ!)


「うち……妊娠、した、かも……」

「え……っ!?」

「さっきの、チュ……で……どぉしよ……」

「そんな……私ったら、なんてことを……!」


 ふぇ!?

 ルネは絶句し、その場で石化した。


 だが、事態はさらに斜め上の熱狂へと加速する。


「大丈夫です。私、責任を取ります。必ず幸せにしますから……私の子供を産んでもらえますか?」(超絶イケメンスマイル)

「嗚呼、ソーニャ……うち、嬉しい……!」(感極まった恋する乙女顔)


 海の世界のタツノオトシゴはオスが出産する。

 オスとメスは互いに尾を絡ませ合い、ダンスを踊るように泳ぎ回り、メスは産卵管をオスの育児嚢(いくじのう)に差し込んで卵を託す。

 オスは数週間かけて我が子を育て、放出するのだ。


 だがしかし。

 そんなタツノオトシゴ界隈でも、唇が触れるだけのフレンチキスひとつで子が成されるなどという話は、天地がひっくり返ってもあり得ない。


(……ねえ、性教育必要? これ、どこから話せばいいの? オシベとメシベからなの!? )


『助けて、おクラちゃん!!』


 深刻なツッコミ担当不足に、ルネは心の中で絶叫した。


   ◇


 そんなルネの心労をよそに、海宮はお祝いモード全開で燦々(さんさん)と眩い光を放ち始める。


 初々しすぎる2人に当てられ、岩陰で見ていたウツボ姐さんの体は、ついに黄金色へと変わりかけていた。

 彼女は、見惚れていたことを誤魔化すように「バカバカしい!」と拗ねて岩穴に引っ込む。

 一部始終を特等席で眺めていたヒメシャコガイのボウヤは、かぷかぷと楽しそうに泡を吐いて笑った。


 深海の静寂は、今や“神婚”を祝う、騒がしくも温かな光に包まれていた。


ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

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