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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第81話 永遠にさようなら


 ユリシーズの放った言葉を導火線に、静まり返っていた会場へ一気に喧騒(けんそう)が戻った。


「あれはリーベル公爵令嬢だったのか!」

「いや、ますますお美しい。以前は年齢の割に落ち着いた印象だったが、今や大輪の花の華やかさだ」

「気品があの野良犬とは違いますな。まったく、ユリシーズ様も惜しいことをされたものだ」


 ざわめきは波のように広がり、やがて巨大な渦となって大広間を埋め尽くした。

 視線という視線が、今や1人の女性――クラウディアへと釘付けになっている。


 王国における「美」の定義は、不自然なまでの矯正にある。

 極限まで腰を締め上げるコルセット、乳房を寄せて押し上げるドレス、そして肌の白さを強調するための危険な瀉血(しゃけつ)

 かつてのクラウディアは、豊かな胸がないことに引け目を感じ、首元まで詰まった野暮ったい衣装でその身を隠し続けてきた。


 だが、今の彼女を彩る「和」の装いは、その概念を根底から覆していた。

 胸元は一切、晒さない。

 代わりに、着物の“抜き(えり)”が、(うなじ)から首筋にかけての滑らかなラインを大胆に際立たせている。

 高潔な拒絶と、無自覚の艶めかしさ。

 相反する魅力が、奇跡的なバランスで成立していた。


(何しろ、着物はツルペタの方が映えるのよね!)  


 ルネは心の中で快哉(かいさい)を叫ぶ。  


 肉を矯正して型にはめる王国の流行とは違い、着物はいわば「引き算」の美学だ。

 元々の身体のラインが慎ましいクラウディアは、補正すら必要としない完成されたキャンバスだった。


(そう。みんな違って、みんな良いの。自分の素材を最大に活かす……それこそが真の美よ!)



 人気の幻想画モデルの正体が元婚約者だと知り、一時はたじろいだユリシーズだったが、周囲の称賛を聞くうちに、都合のいい解釈を膨らませ始めた。

 やがて、脂下(やにさ)がった笑みを浮かべる。


「だいぶ印象が変わったな。最初からそうやって私を喜ばせる努力をしていれば、私の気持ちも離れなかったものを」


 会場の空気が、一瞬で氷点下まで叩き落とされた。

 数名の取り巻きが追従の笑いを漏らすが、心ある淑女たちの視線は、もはや軽蔑を通り越して憐れみすら含んでいる。


「自分が裏切っておいて、なんという言い草でしょうか」

「最低ですわね」


 それでも、この裸の王様には届かない。

 むしろ自分が場を支配しているとさえ思っているらしい。


「なるほど、私を振り向かせるためにそこまで磨き上げたということか。喜べクラウディア、お前の健気な想いは今、私に届いたぞ」


 絶句する会場。

 その中でユリシーズは、自分だけの陶酔に沈んでいく。


「そうだ……そうすれば何もかも上手くいくんだ」


 そう小さく呟き、そして、決定的な言葉を重ねた。


「過去のことは水に流してやる。明日の結婚式は、お前と執り行うことに決めた。寛大な私に感謝し、泣いて喜ぶがいい!」


 その場にいた誰もが、耳を疑った。


 招待状にニィナの名があるにもかかわらず、花嫁をすげ替えれば全て解決すると、この馬鹿は本気で信じているらしい。

 むしろ善行でも施したかのような目で、クラウディアを見つめている。


(さあ、泣いて喜べ! お前があれほど尽くし、愛を乞うてきたこの僕が、公衆の面前で結婚を確約してやったんだ。ニィナのような愛らしさは無いが、こうして見れば悪くない。 そうだ、さっそく今夜にでも可愛がってやろう!)


 しかし、クラウディアは動かない。

 あの婚約破棄の夜と同じく――いや、それ以上に。

 彼女は氷の彫像の如く、何も映さない顔で立っていた。

 だが、以前とは決定的に違う。

 感情を押し殺しているのではない。

 最初から、その場所に、ユリシーズに捧げるべき心など一片も存在しないのだ。


「どうした。嬉しすぎて声も出ないか? 相変わらず可愛げのない……そんなお前を愛してやれるのは私くらいのものだ」


 どうして、(すが)りついてこない。

 どうして、泣かない。

 ルネの絵で国中の人気になったお前が、僕の手を取り、これまでの非礼を詫び、涙ながらに愛を告白すれば、この場の羨望は、すべて僕のものになるのに。

 ああ、そうか。

 さては、ニィナに気兼ねしているのだな?


「ニィナのことは気にするな。あれは一時の気の迷いだった。私の隣に立つに相応しいのは、やはり公爵令嬢であるお前だと分かったのだよ」


 これで心置きなく僕の胸に飛び込んでくるはず。

 そう確信したユリシーズが、トドメとばかりにキメ顔でその両手を広げた。


「……ご冗談を」


 遮ったのは、鈴の音のように清涼で、しかし絶対的な拒絶を(はら)んだ声だった。

 クラウディアの瞳にあるのは、かつての恋情でも、怒りでも、哀しみでもない。

 ただの「無」。


《こんな男、心底どうでもいい。そうだろう?》


 ジャスパーの声が、内側から静かに響く。


 愛を乞い、報われず、絶望のまま命を捨てようとした哀れな少女は、もうここにはいない。


 クラウディアは、金銀の細工が施された煌びやかな鉄扇をゆっくりと口元から外した。

 ジャスパーの操作を待たずとも、その身体が自らの意志で、ふわりと艶やかな笑みを(こぼ)れさせる。

 あまりにも美しく、慈悲深い、完璧な笑み。


 ユリシーズが見惚れたその瞬間――見えない刃が、彼の喉元を裂いた。


「真実の愛のお相手と、どうぞお幸せに」


 その微笑みを受容と勘違いし、期待に震える手を伸ばしていたユリシーズ。

 その指先へ、彼女は鋼のように冷たく、重い言葉を叩きつける。


「わたくしはもう、あなたのものではございませんわ」


 ざわめきが()ぜ、衝撃が波となって会場を揺らす。

 ユリシーズの手は、何もない虚空を掴んだまま、ただ無様に震えていた。


ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

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