第79話 ハロウィンパレードあるいは百鬼夜行
人は辛いときほど、熱狂を求めるものらしい。
はるか昔、約300年続いた江戸という時代が終焉を迎えようとした折、民衆は「ええじゃないか」と囃し立て、歌い踊りながら町を練り歩いたという。
家々に押しかけ、酒や食事をねだり、秩序も身分も一夜の夢のように忘れ去る――破滅の匂いと高揚が入り混じった狂乱の祭り。
衰退の一途を辿るこの国の王都もまた、不気味なほど似た熱気に包まれていた。
10月31日。王太子ユリシーズの結婚式前夜。
近隣の村々から人がなだれ込み、城門前は人波で埋め尽くされている。
入念な仮装を施した人々が通りを埋め、太鼓と笛の音が重く夜気を震わせていた。
“死者の日”の風習に従い、白塗りの顔に黒い眼窩を描いた骸骨たちが、陽気に死を象徴して踊る。
妖精、魔女、悪魔、怪物、幽霊。
おとぎ話や伝承の住人たちが、現実を侵食するように街を闊歩する。
だが、パレードの列に、明らかに質の違う“何か”が混じっていた。
首が異様に長く伸びた女。
風もないのに脈打つ意思を持った布。
人間よりも大きな蛙が、ぬらりと黄金の瞳で瞬きをする。
「見て、あれ妖図鑑のやつじゃない!?」
「どうやって動かしてるのかな?」
「すごい、リアル。本物みたい!」
――みたい、ではない。
正真正銘、本物の妖である。
しかし人々はそれを、趣向を凝らした仮装だと思い込んでいる。
屋根の上から巨大ながしゃどくろが覗き込んでも、人々は「最高の演出だ!」と拍手を送った。
イアポニアには“百鬼夜行”という文化があったという。
囃子に合わせて練り歩き、人間と肩を並べ、酒を呷る。
妖たちはその再現に、非常に気を良くしていた。
今宵は境界が曖昧になる夜。
誰も、本物と偽物の区別など気にしない。
妖たちの一団は、皮肉にも王都の狂乱に完璧に溶け込んでいた。
◇
お祭り騒ぎの妖たちとは対照的に、西門の警備を固めていたパーシヴァルは、焦燥を隠せずにいた。
「樽の中も調べろ。幌の裏もだ。蟻一匹逃すな!」
入る者は絶えないが、出ようとする者は皆無に近い。
混乱に乗じて脱出するには絶好の夜のはずなのに、獲物の影すら掴めない。
(……おかしい。ニィナなら、もう動いているはずだ)
クラウディアから聞いていたニィナ像は、現実的で計算高い女。
王城と王都が戦乱の舞台になるのは時間の問題だというのに、そこに留まる愚か者ではない。
(……まさか)
そう。
クラウディアの見立て通り、ニィナは現実的で計算高い。
だからこそ――
大公国の連絡係、マダム・アルマが、襲撃の混乱に乗じて自分を“消す”つもりでいることすら、読んでいた。
ゆえにニィナが王城を抜け出したのは、結婚式前夜ではない。
2日前の朝だった。
◇
10月30日の早朝。
ニィナは城に魚を届ける商人の馬車に潜り込み、何食わぬ顔で王都を出る。
馬車は西門を出てゆっくりと街道を抜け、その日の夕方、西の港町に着いた。
王都から一番近い港町は、明日の祝祭を前に浮き足だっており、よそ者であるニィナにも注視する者はいない。
ニィナは明日の乗船までの時間を、宿屋でのんびり羽を伸ばして過ごすことに決めた。
「勝ち確ね♪」
今頃、王城は蜂の巣をつついたような騒ぎだろう。
王太子の結婚という国を挙げてのイベントを前に、肝心の花嫁が消えたのだから。
「ホント、バカばぁ~っかり!」
港町の夜風は潮の匂いを運ぶ。
せっかく海辺にいるのだ。新鮮な魚とエールで祝杯といこう。
ニィナは軽やかな足取りで宿を出た。
――その背を。
夜空の上から、“何か”が静かに見下ろしているとも知らずに。
◇
一方、王城内はニィナの予想通り、地獄の様相を呈していた。
3日前から体調不良を訴え、部屋に引きこもっていたはずの婚約者。
食事も取っていないと聞き、心配したユリシーズが、廊下から声をかけたが応答は無い。
鍵を使って扉を開けると、そこにあったのは、もぬけの殻の部屋だった。
贈った宝石は全て消え、争った形跡もない。
ユリシーズが教えた王族用の隠し通路には、彼女のイヤリングが片方だけ落ちていた。
状況から見て、自らの意思で去ったとしか考えられない。
「どういうことだ。ニィナ……何故……」
「泣いている場合か、この愚か者がッ!」
王エルドリックの怒号が玉座の間に響く。
しかし、その声もユリシーズの耳には届かないらしく、焦点の定まらぬ瞳が泳ぎ、ぶつぶつと虚空に向かって呟いている。
愛と信じていたものが、砂のように崩れていく。
それを受け止めきれていないのだろう。
「すでに各国の使節は到着している。今更、中止にはできぬのだぞ? 行き先に心当たりはないのか?!」
男爵邸も捜索されたが、手がかりは無し。
一日経っても消息は杳として掴めなかった。
「仕方がない。ニィナの体調不良により、結婚式は明後日に延期。明日の結婚披露パーティーは花嫁不在で執り行うと触れを出せ」
大国であるこのゼフィロス王国の威信にかけて、花嫁に逃げられたことは、何があっても外部に知られてはならない。
だが、パーティーはまだしも、結婚式は流石に花嫁無しに行うことはできない。
時間稼ぎをしている間にニィナを捕えるか、背格好のよく似た女を代役に立てるか……。
「ニィナ……ニィナ……」
「黙れ!」
愚かな後継者を持ったことに、エルドリックは深く息を吐く。
狂乱の夜が続く王都の上空で、祝祭の灯りが揺れている。
笑い声と太鼓の音の裏で、追跡と裏切りの糸が、静かに絡み合っていた。
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完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。
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