第78話 結婚式の招待状
11月は祈りで始まる。
1日の万聖節。この日、人々はすべての聖人と殉教者へ祈りを捧げる。
そしてその翌日、2日の万霊節。煉獄にいる死者の魂が、少しでも早く天国へ行けるように、人々は灯りをともして祈る。
その直前、10月31日。人々は先祖の霊を迎える。
ゆえに、この3日間は死者の国と生者の国の境目が曖昧となるのだという。
先祖の霊と共に戻ってくる悪霊や怪物から身を守るため、人々は異形の仮装で彼らに紛れる。
生者と死者、人間と非人間が混じり合う――奇しくも、運命の時はその期間に訪れることとなった。
◇
「おクラちゃん! 大変よぉ!」
王都からゲートを開いてリァマへ戻ってきたルネは、息を切らして屋敷へ飛び込んできた。
手には一通の招待状。
赤い封蝋には、ゼフィロス王家の紋章――アネモネの花が刻まれている。
「王城から?」
クラウディアが目を細める。
「ええ」
ルネは封筒をひらひらと振った。
11月1日の万聖節、ユリシーズとニィナの結婚式が執り行われ、その夜には諸外国からの賓客も招いて大々的に結婚披露パーティーが開かれる。
人気画家であり、伯爵令息でもあるルネに宛てられた招待状には、異例の一文が添えられていた。
【――パーティーには、お前の絵のモデルを連れて来い。】
イブリムたちの妖図鑑、ルネの幻想画集、そして石蕗の物語。
それらは妖への恐怖を親近感へと変えるための布石だった。しかしどうやら、思わぬ形で効果を発揮したらしい。
「つまり……今話題の妖たちを、パーティーで見せ物にしようってことか」
パーシヴァルが不快げに吐き捨てる。
「ええ。王家の権威を示す余興のつもりなのでしょうね」
まったく、ユリシーズらしい浅ましい発想だ。
予定外の事態に、パーシヴァルが「どうする?」と、珍しく焦りを見せる。
「あら、いいじゃない? もちろん参加させていただくわ」
クラウディアは悠然と、花の綻ぶような微笑を浮かべた。
当初の計画とは多少違うが、この程度の修正は問題にならない。
わざわざ城の中へ招き入れてくれるのだから、むしろ敵の首根っこを掴む絶好の機会とも言える。
「そうと決まれば、最高のショーにしなければ、ね?」
その一言で、匠の里の簪工房、反物屋、仕立屋が一斉に動き出した。
絡新婦が吐いた糸を機織り機の付喪神が織り上げ、針女が金糸銀糸で刺繍を施す。
若葉は緻密な作業で、人の目を惹くように、あえて麗々しく、そしてしゃらりと小気味いい音を奏でる簪を造る。
刀鍛冶たちは、装飾品としても通用する武具を鍛えていた。細工師たちは、一心に繊細な模様を刻み込んでいく。
通常とは違い、若葉作の簪についても、刀鍛冶の手で仕上げの細工が施された。
◇
パーティーの1週間前。
一行はゲートで王都のルネのアトリエへ移動し、そこから馬車でリーベル公爵邸へと向かった。
邸内では、愛娘の身を案じ続けていたラドクリフ・リーベルが、書斎で所在なさげに歩き回っていた。
戦地同然の場所に娘が戻ってきた心配と、それでも一目会いたいという親心が、彼の胸中で激しくせめぎ合っていた。
「お父様」
その声が響いた瞬間、その葛藤は霧散した。
「クラウディア!」
思わず叫び、駆け寄る。
「よく戻った……いや、違う」
慌てて言い直す。
「危ないから関わるなと言っただろう」
だが、その言葉とは裏腹に、腕は自然と広がっていた。
クラウディアを強く抱きしめる。
いざ戦乱となれば、自ら剣を取ってでも民を護らねばならない。
もう二度と会えないかもしれない――そう覚悟していた娘が、今ここにいる。
父としての喜びが勝るのは、当然のことだった。
久闊を叙した二人は、すぐに応接室で現実と向き合う。
テーブルに広げられたのは、大公国の工作員とニィナの動向を記した報告書だ。
「調査の結果、決行は1日の夜、結婚披露パーティーの場を利用するようだ。あの女――ニィナは戦乱に巻き込まれないよう、前夜に城を脱出する手はずになっている」
「31日の夜に? では、1日の結婚式とパーティーはどうするおつもりかしら」
「国内外から賓客を招いている以上、王家の面目にかけて中止はあり得ない。影武者を立てるか、体調不良を理由に欠席させるか……いずれにせよ、工作員たちにとって花嫁の不在など些細な問題なのだろう」
大公国の狙いは、祝祭の混乱に乗じて兵と武器を王都へ引き入れること。
花嫁の逃亡すら、王家を嘲笑う余興の一部に過ぎないのかもしれない。
「この3日間は死者の日の仮装パレードで街に人が溢れ返る。ニィナはその喧騒に紛れて逃走するつもりだろう。王都の4つの門には、公爵家の精鋭を配置するつもりだ。そこで彼女を確保する」
ラドクリフの表情は苦渋に満ちていた。
理想は騒乱を未然に防ぐことだが、公爵とはいえ一貴族が各国の使節団の全て荷物を検閲し、押し寄せる群衆を止めることは現実的に不可能だ。
黒幕が不明な現状では、ニィナとマダムだけを押さえたところで、トカゲの尻尾切りに終わるだろう。
「……どれほど手を尽くしても、一滴の血も流さずに済ませることは難しい」
「ありがとうございます、お父様」
「不甲斐ない。王族だけでなく、最近は貴族たちの足並みも乱れている。恥ずかしながら、統制が取れていないのが現状だ」
ラドクリフは力なく苦笑した。
これほどやつれた父を見たことがない。
クラウディアはあれほど大きく遠く感じていた父の背中が身近に感じて、場違いにも少し安堵に似た気持ちを覚えた。
一方的に守られるのはもう終わり。
今の私には仲間と、そして異星から来た相棒がいるのだから。
父の背に手をかけ、クラウディアは言った。
「……おそらくですが、彼らは『身売り』を考えているのではないでしょうか」
クラウディアの冷徹な指摘に、ラドクリフが顔を上げる。
「身売り、だと?」
「ええ。目端の利く者たちは、この国がもう長く持たないと察しているのでしょう。ならば、次の支配者となる大公国へ逸早く媚を売り、王国が転覆した後も特権を保証してもらおう――そう目論む者が、少なからずいるはずです」
腐り落ちる寸前の熟し過ぎた果実。
この国は今、汁が滴り、蕩けるような甘い匂いを放っているのだろう。
内からも外からも、食い破ろうとする者たちが列をなして群がっていた。
「ですが、お父様。これは千載一遇の好機でもありますわ」
クラウディアの瞳には、公爵令嬢としての矜持と、イアポニアの領主としての峻烈な意志が宿っていた。
「国を内側から食いつぶす害虫も、外部からの侵略者も――」
その形の良い唇が、ゆっくりと弧を描く。
「この祝祭の夜に、一網打尽にして差し上げましょう?」
――死者が還る夜は、狩りの夜でもあるのだ。
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完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。
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