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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第76話 工作員たちの密談


「ニィナ様、マダム・アルマがいらっしゃいました」

「通して」


 鏡台の前で、ニィナは自分の爪を検分しながら気だるげに答えた。

 マダム・アルマは、王都のメインストリートに店を構える新進気鋭のデザイナーである。

 洗練されたシルエットと大胆な色使い。

 伝統を守りつつ、それでいてどこかに遊び心を忍ばせるデザインは、流行に敏感な貴族女性たちの心を鷲掴(わしづか)みにしていた。

 今、社交界の令嬢たちが一番欲しがるドレスを作る女――それがマダム・アルマだった。


 非の打ち所がない婚約者、公爵令嬢クラウディアを卑怯な手で追放した末の掠奪愛。

 国民からの圧倒的な不人気を誇るニィナだったが、ユリシーズの気持ちが変わらなかったこと、そして例の不名誉な噂が時間と共に沈静化したことで、ようやく結婚の話が正式に進むことになった。

 穀物の買い占めによる物価高騰で貧民が飢餓状態になっている現在、王太子の結婚といえど、あまり派手に執り行うと、国民感情を逆撫でしてしまう。

 しかし貴族院の「簡素にすべき」という進言は、馬鹿が服を着たような王太子によって一蹴された。

 結果、国内外から賓客を招く、(ぜい)を尽くした披露宴が執り行われることになったのだ。


 式の衣装、披露パーティーの衣装の依頼。

 マダム・アルマは他の予約をすべて後回しにさせられ、男爵邸へ呼びつけられていた。


 扉が開くと、入ってきたのは50歳前後の女性だった。

 ふくよかな体格。落ち着いた灰色のドレス。鋭い観察眼を持つ小さな目。


「お招きいただき光栄でございます、ニィナ様」


 丁寧な礼。

 ニィナが王太子の婚約者になる以前から懇意(こんい)にしていたという割には、二人の間にはどこかよそよそしい空気が流れていた。


「リラックスしたいから、外していいわ」


 重厚な扉が閉まり、侍女たちが退室した瞬間、部屋の空気は一変した。


「……遅い」


 でっぷりとした腹を揺らし、マダム・アルマが低く鋭い声で叱りつける。


「報告が遅れ、申し訳ありません」


 つい先刻まで未来の王太子妃として傲岸不遜(ごうがんふそん)に振る舞っていたニィナが、床に膝をつかんばかりの勢いで頭を下げた。

 傍らでは、無口な針子の少女が淡々とニィナの身体にメジャーを当て続けている。


「首尾は?」

「計画通りです。王族主催のパーティーを頻繁に開く事で、貴族たちを領地へ帰れなくさせました」


 ニィナが愛らしい顔に下卑た微笑みを貼り付けて言う。


「ユリシーズには、私への愛を証明するために最高級の宝石とドレスが必要だとねだり、国庫をさらに削らせました。また、南の国境警備を『不要な経費』として削減させたのも、彼の一声です」


 マダム・アルマ――大公国の工作員である女は、醜悪に口元を歪めた。


「よくやった。貴族たちはどうだ?」

「連日のパーティー三昧(ざんまい)に、貴族たちはむしろ浮き足立っていますわ。同じドレスを着ないという、くだらない見栄のために、彼らは領民から更に搾り取っています。不満の火種は、もう王国中に(くすぶ)っておりますわ」


 ニィナは冷笑した。

 王族だけではない。この国そのものが腐っている。


「よく手懐けたものだ」

()(かた)の、鳥より軽いオツムには、私との快楽しか詰まっていませんから」


 学園での成績も、礼儀作法も、他国の言語も、全てにおいて優秀だった元婚約者クラウディア。

 彼女と比較され続け、心理的プレッシャーに押し潰されていたユリシーズを誘惑するのは簡単だった。

 心の傷を優しく撫で、その後にあまぁい毒を塗り込んでやればいい。

 早くに母親を亡くし、甘えることが出来なかったユリシーズには、胸を押し付けるだけでも覿面(てきめん)の効果があった。

 もはや、作戦を立てたこと自体が馬鹿らしくなるほどのチョロさだった。


「引き続き上手く騙しておけ。王城内の隠し通路の地図は?」

「こちらに」


 マダム・アルマは地図を一瞥(いちべつ)すると、デザイン画のファイルに挟んだ。


「開戦の日は決まりましたでしょうか」

「結婚披露パーティーだ」


 式の前には、王都に各国の使節団、商人、貴族、近隣の住民――人も物も押し寄せる。

 その混乱に紛れて、武器と兵を潜り込ませるのだ。


「検閲をすり抜けられるよう、警備予算を減らさせろ」

「承知しました。それで……私はいつ離脱を?」

「王都から一番近い、西の港に脱出用の小さな船を停泊させておく。前夜に城を出たとしても十分逃げる余裕はあるだろう」


 マダム・アルマはニィナをちらりと見た。


 計画が開始されれば、王都とその周辺は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図となる。

 港まで辿り着けなければ命はない。

 だが用済みとなれば、この女の命などどうでもいい。

 いや、むしろ死んでくれた方が口封じになる――だからこそ、逃げる時間は“十分ある”とだけ伝えた。


 そんな本音は微塵(みじん)も見せず、マダム・アルマは優しくニィナの肩を叩いた。


「最後まで気を抜くな」

「はい。ありがとうございます」


 2人が退出すると、ニィナは猫足のソファに体を投げ出し、天井を見上げた。


「……はぁ。マジ、だっる」


 スラムで生まれ育ったニィナは、親の顔すら知らない。

 生きるためには盗むしかなく、暴力から身を守るためには仲間を売った。

 幸い、可愛い顔をしていた。

 10を過ぎる頃には、変態に(またが)ることで衣食住を満たせるようになり、そして12でロリコン男爵の愛人となった。

 世間体を考え、表向きは養女という形が取られたが、学園を卒業する頃には男爵の好みからは外れる。

 放り出される前に次の寄生先を――


 そう焦っていた矢先、大公国の工作員にスカウトされた。


 当初の任務は至極単純なものだった。

 貴族の令息を誘惑し、婚約者と仲違いさせる。

 貴族の政略結婚は家の結びつきを強め、国の防衛や経済を円滑にするもの。それを壊すことで、国を内部から乱すのが目的だった。


 だが、思いがけず大物――王太子が釣れてしまった。


 スラムから王妃という究極の玉の輿に舞い上がり、いっそ大公国を裏切って楽しく暮らそうとも考えた。

 だが、王家は見栄だけの張りぼてで、国庫は火の車。

 そして特権階級の腐敗ぶり。

 それらを見せつけられるたびに、自分を不幸な子供にした、この国そのものが許せなくなった。


「……こんな国。滅びてしまえばいいんだ」


 この任務が成功すれば、多額の褒賞が手に入る。

 その金を持って、どこか別の国へ行けばいい。

 砂漠だらけの大公国ではなく、北の帝国あたりがいいかもしれない。


 ニィナがそんな未来を夢見ていた、その頃。


 マダム・アルマと共に城を出た針子の少女は、仕事が終わった後、夕闇の王都の裏通りで、一人の男に手紙を渡していた。

 男はそれを受け取ると、一度大通りの人混みに紛れ、しばらく歩いた後、再び人気のない路地へ入る。


 その奥には、公爵家の家令が待っていた。


 男は何も言わず、手紙を差し出す。

 家令はそれを受け取り、静かに頷いた。


 ――すでに、対局は始まっている。


ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

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