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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第75話 細工は流々、仕上げを御覧じろ


 クラウディアとソーニャが己との戦いに奮闘する中、管理人イブリムとその部下たちは地下事務所で膨大な記録の編纂(へんさん)に着手していた。

 それは歴代のイアポニア管理人が、職務の傍らで書き留めてきた、(あやかし)たちに関する詳細な資料である。

 それらは報告書の(てい)を取っていたが、決して無味乾燥なものでものではなかった。

 人知れず“良き隣人”と接してきた彼らの、好奇心と愛情が(ほとばし)る“生きた証言”だったのだ。


「……これは報告書というより、数百年単位で書き継がれた壮大な日記ですな」


 イブリムは苦笑しながら、擦り切れて黄ばんだ紙をめくる。

 そこには、倉庫の番人に変化をして夜な夜な酒を盗み飲みする化け狸との滑稽な知恵比べや、お膳岩に返す食器の数を間違えて怒られた管理人の狼狽、あるいは月夜に舞う姑獲鳥(うぶめ)の美しさに魂を奪われた独白など、自らの体験がびっしりと(つづ)られていた。


 特筆すべきは、その挿絵の豊かさだ。

 ある者の絵は子供の絵本のように温かく丸みを帯び、またある者の描写は、見る者の背筋を凍らせるほど細密で禍々(まがまが)しい。

 酒を飲んで太鼓腹を叩く狸や、怒ると眉が八の字になる鬼の戯画。

 イブリムがこれらを整理し、現代の言葉で解説を添えると、それは単なる記録を超え、読者を異界へと誘う、妖図鑑(あやかしずかん)へと昇華された。

 完成した原稿は、紅葉(もみじ)の裏ルートを通じて王都の印刷業者へと持ち込まれた。

 教会による厳格な検閲を通さない闇本である。


 しかし、これが爆発的に売れた。


 ルネが先行して発表していた幻想画シリーズが、実は空想ではなく、実在であったという驚愕(きょうがく)の事実が、図鑑によって裏付けられたからだ。


   ◇


 ルネはすでに新進気鋭の画家として名を馳せていたが、新作の幻想画集『魑魅(ちみ)』は、彼の地位を不動のものへと押し上げた。


 そこに描かれたのは、艶やかな黒髪と伸びやかな肢体を持つ翡翠の瞳の少女――クラウディア。

 光の角度により深く澄んだ青からエメラルドグリーンに色を変える湖、古木の隙間から零れる柔らかな木漏れ日、雲海を望む険しい岩山。

 彼女は(あやかし)たちと共に、現実とは思えないほど神秘的な風景の中に立っている。

 (あやかし)と戯れているその姿は、宗教画のような神々しさを放ちながら、見つめているうちに闇に魅いられるような感覚に陥る。

 見る者は戸惑う。

 これは救済の聖女なのか、それとも人を惑わす異形の王なのか、と。


 さらに、クラウディアのシリーズを凌ぐ勢いで人々の心を掴んだのが、ソーニャと乙彦を描いた一枚絵――『求愛』だった。


 水晶細工のような髪とサファイアの瞳を持つ乙彦と、真珠色の髪に燃えるルビーを瞳に宿したソーニャが、互いの額を静かに合わせる構図。

 その背景には、壮麗な海宮(わだつみのみや)(きら)びやかに広がっている。

 泳ぐ魚たちが残す光の尾、海底まで届く淡い希望の光、そして白亜の宮殿。

 ルネが全身全霊を傾けて描き上げた、その“絵にも描けない美しさ”に、王都の読者たちは息を呑み、酔いしれた。


「これらは本当に空想ではないのか?」

「イアポニアには、本当に神々が棲んでいるのか?」


 人々はこぞって妖図鑑(あやかしずかん)とルネの画集を買い求めた。


 そこへ追い打ちをかけるように、石蕗(つわぶき)が執筆した小説が世に放たれた。


 無実の罪を着せられ、呪われた地・イアポニアへ落ち延びた孤独な少女。

 絶望の淵で彼女が出会ったのは、恐ろしくも心優しい“人ならざる者たち”だった。

 火山地帯特有の荒々しくも美しい風景。

 着物や(かんざし)といった異国情緒(あふ)れる美。

 古代より受け継がれてきた伝統の技術。

 そして八百万(やおよろず)の神々との交流を描いたハートフルなエピソードは人々の心を打った。


 そうして、かつて忌み嫌われた捨て地イアポニアは、人々を魅了してやまない秘境の楽園へと変貌を遂げたのだった。


   ◇


 ――差別の根源は、無知にある。


 特定の属性を一括りにして(おとしめ)める者は、実際にはその対象と深く交わったことがない者がほとんどだ。

 彼らは誰かが作り上げたステレオタイプのフィルター越しにしか世界を見ない。


 (あやかし)たちが単なる“得体の知れないバケモノ”として現れれば、人々は恐怖し、排除しただろう。

 しかし、クラウディアは正しい知識、そして圧倒的な芸術と心を揺さぶる物語を先行させた。拒絶反応が出る前に、親しみと畏怖、そして憧れを植え付けたのだ。

 古代イアポニアの民がそうであったように、現代の王国民もまた、彼らを“良き隣人”として受け入れる下地が整いつつあった。


 窓の外で賑やかに騒ぐ(あやかし)の子たちの声を聞きながら、クラウディアは静かに微笑んだ。


「……布石は上々。あとは……」


ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

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