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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第74話 美は1日にしてならず


 翌朝、「スパーン!」という、乾いた竹を割ったような破裂音が静寂を切り裂き、障子が勢いよく()ね飛ばされた。


「起きなさいッ!」


 鼓膜を震わす容赦(ようしゃ)ない号令と共に、ソーニャとクラウディアは温かな布団から無慈悲に引きずり出された。

 東の空がわずかに白み始めたばかり。いつもならまだ夢の中だ。

 海棠(かいどう)(ねむ)(いま)だ足らずといった風情のクラウディアは、起ち上がりきらない思考のまま尋ねた。


「あの……ルネ様、まだ、夜では……?」


 クラウディアの問いに、ルネは仁王立ちで言い放った。


「早起きして日の光を浴び、自律神経を整える! それが睡眠の質を上げ、ひいては肌のターンオーバーを正常化させる。基本中の基本よ! 美しさは、太陽を味方につけることから始まるの!」


 まずは白湯を一杯。

 胃腸を内側から温め、眠れる内臓を叩き起こしてから、庭でのモーニングヨガが幕を開けた。


「姿勢! コアが弱い! 骨格が整ってこそ、凛とした立ち姿が宿るのよ! 背中を伸ばして、腹を締める! 呼吸を止めない!」


「む、無理です……これ以上は、お股が、お股が裂けますわ……!」


 クラウディアが断末魔のような悲鳴を上げた。

 2人とも剣術や暗殺術で鍛えた筋肉はあるはずだが、ルネが要求するのは、可動域の限界を攻めるインナーマッスルの柔軟性と、しなやかな女性らしい筋力だ。


「まだ3分よ、甘えないで。筋肉は裏切らないけれど、サボればすぐ逃げていくわよ」


 ルネの厳しい指導にも、ソーニャからは一切の泣き言が出ない。

 綺麗になりたい、その一心で歯を食いしばる。

 一方、巻き込まれただけで動機の乏しいクラウディアは「無理ですわ」「きついですわ」「死んでしまいますわ」と、呪詛のような文句が絶えなかった。


 その様子を、庭の隅で篠吉(しのきち)たちが朝から酒を片手に見物していた。


「おい見ろ、領主様がカエルのように転げとるぞ!」

「がっはは! 朝から賑やかでええのぉ!」


 少し離れた場所から、その光景を腕組みして凝視する男がいた。パーシヴァルである。

「膝を落とすな!」「体幹!」「呼吸!」――ルネの怒号が飛ぶたびに、パーシヴァルは深く頷いていた。


「……なるほど。良い教官だ。精神論に逃げず、解剖学的な理論と実践に基づいている。負荷も適切だ」


 ルネの叫びを聞きながら、パーシヴァルはどこか遠い目をして呟いた。


「……剣の訓練にも取り入れるか」

「これ以上は、領主様が倒れてしまいます……」


 傍らで管理人のイブリムが苦笑を漏らした。


   ◇


 食事の内容も劇的に変わった。

 ルネが膳を並べると、そこには所謂(いわゆる)“朝定食”があった。

 玄米ともち麦のごはん、焼き鮭、出汁巻き卵、ほうれん草の白和え、豆腐とワカメの味噌汁。

 そして――中央には、異彩を放つ小鉢があった。


「イアポニアの食事は美味しい上に、美容にもいいの。炭水化物、食物繊維、タンパク質、ビタミン。そして、極めつけはこの発酵食品よ」


 中央に鎮座する茶色の物体。

 数粒、箸で持ち上げると粘ついた糸を引き、異臭を放つ。

 イアポニアの食事に慣れたクラウディア達も初めて見るソレは、明らかに食べ物としてのラインを逸脱していた。


「る、ルネ様、この豆……腐っておりますわよ!?」

「これは『納豆』。美肌とエイジングケアに絶大な効果を誇る、イアポニアのスーパー美容食よ!」

 

 ビタミンK、イソフラボン、ナットウキナーゼ。栄養素が詰まった優秀な食品であることは間違いない。

 だが、慣れない人間にとっては――


「でも、ルネ様……こんなものを食べたら、お腹を壊すのでは……」

「ちなみに、バストアップにも良いらしいわよ?」


 クラウディアの目の色が変わった。


「いただきますわ!」


 クラウディアの切実な悩みを突くルネは策士だった。

 イソフラボンの女性ホルモンへの作用を盾に、ルネは有無を言わせぬ勢いで納豆を口へ運ばせる。


「え、あれ……? 意外と、美味しいかも」


 最初は涙目で息を止めながら口に入れた2人だったが、上質なタンパク質と発酵の旨味に、驚くほどの速さで順応していった。


 日中は、立ち居振る舞いや礼儀作法、そしてダンスと座学。

 ここではクラウディアが講師となる。

 読み書きがやっとだったソーニャだが、その集中力は凄まじく、スポンジが水を吸うように知識を吸収していった。


   ◇


 そして夜、入浴後も戦いは続く。

 ルネお手製の化粧水を、肌が濡れているうちに優しく押し込む。


「皮膚はデリケートなの。洗う時も流す時も、赤ん坊の頬を撫でるように丁寧に行いなさい。摩擦(まさつ)は美肌の最大の敵よ」


 仕上げは、“おしら様”が操る巨大な(かいこ)が吐き出した絹糸による全身パックだ。

 二人は白く細い糸に包まれ、巨大な“(まゆ)”となった。

 絹は人の皮膚に近いタンパク質で構成された“第二の肌”。

 保湿と抗酸化作用に優れた、天然の最高級エステがそこにあった。


「贅沢、ですね……」


 ソーニャは目を閉じたまま、小さく息を吐いた。絹に包まれた体は、ぬるい湯に浸されているように温かい。

 やがておしら様の糸が解けると、月明かりの下、露わになった彼女たちの肌は、内側から発光するような輝きを帯びていた。


「……あ」


 ソーニャは自分の腕を見つめ、はっと息を呑む。

 ただ白いのではない。

 血の巡りを感じる、瑞々しいまでの白。


「努力は裏切らない。1カ月後には、鏡を見るのが楽しくて仕方なくなるわよ?」


 ルネの言葉に、ソーニャはそっと自分の手を握りしめた。


(変われる……?)


 胸の奥で、何かが小さく灯る。


 暗殺術の取得は必要に迫られてのことだったが、血反吐を吐きながら身につけたスキルは自信になった。

 外見を磨くことは、初めて自分の意思で選んだこと。

 呪われたこの身を、日々の努力で変えていく。

 ほんの少しだけ、自分のことを好きになれそうな気がした。


「他人との比較じゃない、これは自分との闘いなの。後ろ向きの性格ブスなんてどこにも需要なんてないわよ。女の勝負で二度と(うつむ)くんじゃない!」

「はい!」


 あの無機質だった少女の瞳は、もうそこにはなかった。


   ◇


 そして、翌朝。


 スパーン!!


「起きなさいッ!!」

「いやああああああ!!」


 屋敷に響き渡るクラウディアの悲鳴。


 “美は一日にして成らず”

 ルネの信条に基づく、熱く、そして過酷な戦いは始まったばかりだった。


 その鍛錬の成果が、やがて戦場で牙を剥くことを、今はまだ誰も知らない。

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