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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第73話 ルネのビューティー・ブートキャンプ


 屋敷の大広間は、(あやかし)たちの喧騒(けんそう)と酒の匂いに包まれていた。

 囲炉裏の火が爆ぜ、竹切狸(たけきりたぬき)篠吉(しのきち)が酔った勢いで腹鼓(はらつづみ)を打ち、鬼たちがジョッキで酒樽を次々と空け、鴉天狗(からすてんぐ)が他領から仕入れた蜂蜜酒(ミード)をストローで(すす)る。

 その騒乱のど真ん中で、事件は起きた。


「ルネ様! 私にお洒落を教えてください!」


 ソーニャがルネの襟首をひっ掴み、至近距離で絶叫したのだ。

 その切実すぎる叫びに、場は一瞬にして静まり返る。

 ルネの細い首が、ソーニャの指先でミシリと音を立てた。


「え……? なに、この状況……?」


 美の伝道師として常に余裕を崩さないルネの顔に、大量の疑問符が張り付く。


「ほぉ〜……なにやら、甘酸っぱい匂いがするのぉ」


 篠吉(しのきち)がひっく、と喉を鳴らしてニヤニヤとこちらを覗き込んだ。


「違います!」


 ソーニャは耳まで真っ赤にして否定したが、ルネを掴むその手には万力のような力がこもっている。

 ルネはゆっくりと腕を組み、じっと目の前の少女を観察した。


「……理由(わけ)を聞こうか……私の服が破れる前にね?」


 ソーニャは唇をわななかせ、数秒の沈黙の後、絞り出すように言った。


「ブスと言われました……磯姫(いそひめ)の、(みお)様に」


 クラウディアが氷の令嬢なら、ソーニャは石の侍女。

 感情を殺し、自らの価値を無に置くことで生き抜いてきた彼女が、これほどまでに激しい情動を()き出しにしている。

 色々と察したルネは口元を緩ませた。

 普段は何が起きても「それが何か?」って、無表情なのに、随分とまあ……。


「悔しいのです……すごく……」


 果たして、彼女は自覚しているのだろうか。

 散々、見た目で差別され、迫害され、他人から容姿を侮蔑(ぶべつ)されることに慣れっこのはずの彼女が、なぜブスと呼ばれた今の方が、胸を焼くほどに悔しいのか。


(恋敵の一言に、これほど振り回されるなんて……ねぇ?)


 ルネの口角が、意地悪く、そして慈愛に満ちた形で吊り上がる。

 初めて年相応の少女らしい弱さを見せたソーニャが、愛おしくて堪らなくなった。


「よろしい。この美の至高なる体現者、ルネ様が直々にプロデュースしてあげるわ! たーだーし……私の教えは、地獄よりも厳しいわよ?」


 ソーニャの要望はお洒落の手ほどきだったが、ルネの美に対する意識はそんな上辺だけのものではない。

 美は生き方であり、人間性そのものなのだ。


「いい? ドレスや化粧なんてものは、所詮は最後に乗せるトッピングに過ぎないの。土台がボロボロなら、何を塗ってもゴミを飾り立てるようなものよ。」


 教祖の言葉を一音たりとも聞き漏らすまいとしている熱心な教徒のように、ソーニャは瞬きひとつせずにルネの声に耳を傾ける。


「美しい骨格。しなやかな筋肉。絹のような肌。そして――立ち居振る舞い、発声、言葉使い。知性と教養に裏打ちされた『自分は美しい』という傲慢なまでの自信!これらが揃って初めて、女は『オンナ』になるの……どう、ついてこられる?」

「はい! どんな拷問にも耐えてみせます。是非ご伝授を!」


 間髪入れずに答えたソーニャに、ルネは満足そうに頷いた。


「よろしい。では――ルネ式・地獄の美容改造計画ビューティー・ブートキャンプの開始よ!」


 大広間の(あやかし)たちが、待ってましたとばかりに歓声を上げる。

 宴は一気に、領主の侍女を磨き上げるという、前代未聞の余興へと塗り替えられた。


「早速、明日から始めるわ。いい? 睡眠不足と飲み過ぎは美容の大敵よ。今日はそこそこにして早く寝なさい。いいわね?」


 ソーニャが軍人のように敬礼して頷く。


「……おクラちゃんもよ!」

「……はひぇ?」


 鬼たちと一緒にポンシュをジョッキで飲んでいたクラウディアから、気の抜けた声が漏れた。


「あの、なぜ……私まで?」

「当たり前でしょ。何、他人事みたいな顔してんの。自分の大事な侍女がバカにされたのよ。(あるじ)として思うところはないの?!」


 まずい。

 妖会議が終わって緊張が解けたのと、今年のポンシュの出来が良いのとで、何も考えずに飲んだくれていました、だなんて、とても言える雰囲気ではない。


「そ、そうね。もちろん、ええ、もちろん、腹が立つわ」

「でしょ。一肌脱ごうって気には」

「な……なります、わ、ね?」

「じゃあ、一緒に頑張りましょ!」


 ルネの有無を言わせぬ圧に、クラウディアもまた、美の特訓という名の激流に飲み込まれていく。


 こうして、イアポニアの夜は――別の意味での戦乱の“幕開け”を迎えたのだった。


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