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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第69話 領主少女の決意


 南の辺境伯領はイアポニアから馬で3日ほどの距離にある。

 王国の南端にして、大公国と国境を接する国防の要衝(ようしょう)。さらに王国有数の貿易港を抱えるこの地なら、隣国のわずかな軍事的胎動も敏感に察知できるはず――。

 クラウディアたちのその予想は、斜め上の形で目の前に突き出された。


「……リリア様……沖に停泊している、あの、黒い船は?」


 クラウディアの問いに、隣でレースの日傘を回すリリアは屈託のない笑顔で答えた。


「変わった飾りでしょう? 大公国の新しい貿易船だそうですわ。あんなに大きな鉄の筒をたくさん並べて。あれが流行最先端のデザインなんですって!」

「……左様でございますか」


 それは、大公国が新たに建造したと思われる、重武装のガレオン船だった。


 高くそり上がった船首楼(せんしゅろう)と、幾層にも重なる壮大な船尾楼(せんびろう)

 その黒々とした巨体は、港に並ぶ他の交易船を圧倒する威容を誇っている。

 3本の太いマストには、今は畳まれているが、巨大な横帆が、黒い塊となって括り付けられていた。

 それらは風を(はら)めば凄まじい推進力を生み出すであろう。


 そして、最もクラウディアの目を引いたのは、その船腹だった。

 重厚な木材で固められた(げん)側には、上下二層にわたって、無数の砲門が黒い口を開けている。そこから覗くのは、リリアが「飾り」と称した、鋳鉄製(ちゅうてつせい)の巨大な大砲の列だ。

 それは飾りなどではない。

 荒波を越え、都市を灰にするための海上の城塞――軍艦。


 箱入り貴族令嬢のリリアが知らないのは無理もない。

 だが、領主であるガルシア辺境伯までもがこの事態を放置しているのは異常だった。


 辺境伯とは特別な役職だ。

 異民族や他国と接する土地を治めるため、通常の地方長官よりもはるかに強い権限が与えられる。

 南部は長らく平和だったとはいえ、国防の要、最前線の地だ。

 そこに他国の軍艦が停泊しているというのに、誰も騒いでいないとはどういうことか。


《領主であるガルシア辺境伯は、一体何を考えている? 領地に(ろく)に顔を出していないのか? そもそも沿岸警備の兵はどこだ?》


 南の国境警備が縮小されたとは聞いていたが、まさか港に兵が1人もいないだなんて――

 クラウディアは、港町の通りへ視線を移した。


《……これは……事態は思ったより深刻そうだな……》


 統治能力が無く、領地経営を管理人に丸投げする領主。

 特権階級の視界には、領民の貧苦など存在しない。

 港町の華やかな大通りを一歩外れれば、そこには痩せ細り、行き倒れる民の姿があった。豪奢な馬車がその横を無関心に通り過ぎていく。


 クラウディアは何も言わなかった。

 ただ静かに、その光景を見つめていた。


《この国はまるで熟し過ぎた果実のようだ。グズグズに溶けて、あとは腐り落ちるだけ……》


   ◇


 イアポニアへ戻って数日後、王都の父から一通の手紙が届いた。

 そこには、目を覆いたくなるような王国の窮状(きゅうじょう)(つづ)られていた。


 王太子ユリシーズの結婚式という空虚な儀式のために増税が繰り返され、金貨は混ぜ物で価値を失い、インフレが民を直撃している。

 王家の権威は失墜し、貴族院との対立はクーデター寸前の緊張感にあるという。


【……ニィナ嬢には私も違和感を覚えていた。周囲を探らせよう。

 王太子妃教育の成果を国の役に立てようとするお前を誇りに思う。だが、これ以上この件には関わらないで欲しい。現王の姪という立場ゆえ、下手に動けばお前にも火の粉が降りかかる。

 お前さえ無事なら、こんな国など滅びてもいいとさえ思う。だが私は公爵として、民を守る義務がある。

 今さら悔やんでも遅いが、もっとお前と同じ時を過ごせばよかった。

 こんな父親で申し訳ない。どうか、自分を大事にしておくれ】


 

「公爵様はノブレス・オブ・リージュを体現するお方だ。国と共に死ぬ気でしょう」


 手紙を読み終えたクラウディアに、パーシヴァルが沈痛な面持ちで告げた。


「クラウディア様、俺も公爵様の意見に賛成です。イアポニアなら安全だ。これ以上関わってはいけない」


 元将軍としての、そして彼女を守る騎士としての、至極まっとうな忠告。


《そうだ、言われなくても無駄死になんてするわけがない》


 意識の奥底で、ジャスパーはそう強く同意した。

 合理的に考えて、沈みゆく船から逃げ出すのは生存本能の基本だ。


 しかし――


「だめよ」


 クラウディアの口から、ジャスパーの意図しない言葉が零れた。


「民を見捨てて、一人生き残ることはできません。先王の血を汲む者として、そして貴族として、有事にその首を差し出すのは当然の義務です。船長は、沈む船と運命を共にするものですわ」


 豪奢な城、日替わりで身につけるドレスや宝石、傅く使用人たち。

 民の血税で生きてきた代わりに背負う重い責務。

 家門の、そして国家の駒となる覚悟。

 それが貴族というものだ。


《おい、ちょっと待て。俺は操作していないぞ!》


 ジャスパーは焦った。

 クラウディアの身体が、彼の制御を離れて勝手に高潔な貴族としての矜持(きょうじ)を紡ぎ出している。


「俺が行く。腐っても元将軍だ、多少は役に立つだろう。だから貴女はここにいてくれ」


 パーシヴァルが必死に食い下がるが、クラウディアの瞳には、揺るぎない覚悟の静穏が宿っていた。


《嘘だろ……! 俺は、俺は、死にたくない……!》


 肉体の持ち主であるクラウディアの魂が、ジャスパーの生存本能を上書きしていく。

 逃げろと叫ぶ本能と、進めと命じる意思が、身体の奥で噛み合わないまま(きし)んだ。


 滅びゆく王国の運命に、一人の少女領主が、この寄生生物にも抗いようのない、鋼の意志で立ち上がろうとしていた。


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