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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第68話 戦争の前触れ


 地球上で、数限りなく繰り返されてきた戦火。

 文明が芽吹いては焼かれ、国が(おこ)っては滅びる。

 領土、金、宗教、イデオロギー、貧困、資源、遺恨――。

 火種は様々だが、そこには必ず導火線を引き、大きな爆薬へと繋げる者がいる。

 人々の憎悪を(あお)り、恐怖を植え付け、正義という名の油を注ぐ者。

 そして爆ぜた後に残るのは、焦土と、瓦礫(がれき)と、無辜(むこ)の民の亡骸(なきがら)だ。


 ゆえに、国は多額の税金を国防に投じ、可能な限り火種のまま消し潰す。


 ――そう、普通の国ならば。


「南の国境警備を縮小した?」


 クラウディアの問いに、パーシヴァルは眉間に深い(しわ)を刻んだ。


「軍の友人からの書簡(しょかん)です。誤報ではないでしょう」


 幾度となく領土侵犯を繰り返され、脅かされ続け、和平を結んだ今でも仮想敵国としているのは北の帝国だ。

 だが、南の大公国は違う。


 国土の大半が砂漠で、昼は灼熱(しゃくねつ)、夜は氷点下。

 王国との国境付近は“死の砂漠”と呼ばれ、歴史上一度も交戦記録はない。

 鉱山資源と伝統工芸で外貨を得、食糧は王国や帝国からの輸入頼み。

 大公国の交易品の輸送や人の移動は全て海路だが、大陸の外海は非常に波が荒いため、内海を使うしかない。

 その内海は、東側も西側も王国が海洋利権を握っている。

 つまり王国に(にら)まれた途端に息の根が止まるという、圧倒的な力関係があるのだ。


 クラウディアは机に広げた紙へ、迷いなく線を引いた。


 地図は国防上、重要な情報の宝庫であり、詳細は公開されていない。

 しかしクラウディアは王太子妃教育として、各国の内情と共に地理を学んでいた。

 記憶の迷宮から呼び出した地図を、細密に描き表す。

 砂漠の地形、オアシス、交易路、内海の潮流。


 ジャスパーからすると記憶をプリントアウトしたに過ぎない作業だが、通常はこれほど詳細を記憶するのも、ましてやそれを図化することもできないため、一同は驚愕(きょうがく)した。

 何故このようなことが可能なのか説明する時間はない。

 クラウディアは空気を読まずに先を続けた。


「普通に考えて、大公国には王国と剣を交えるような力はないでしょうね。でも――『窮鼠(きゅうそ)猫を噛む』、という言葉があるわ」


 資源頼りの砂漠の国が経済的に行き詰まった結果、破れかぶれに牙を剥くとしたら。


「攻め込めるはずがない……地理的に不可能だ」

「もちろん、正面からは無理でしょう。――でも、もし王国内の重要なポジションに内通者がいて、国力が弱まる方へ国策を操作できるとしたら?」


 実のところ、クラウディアはニィナに対し、ずっと違和感を覚えていた。


 シンデレラストーリーに憧れる女性は少なくない。

 女性ができる唯一の下剋上だからだ。

 どれだけ生家に恵まれなくても、格上の家と縁を結べば全てがひっくり返る。


 ただ、人生は童話ではない。

 ハッピリー・エバー・アフター、ジ・エンド――。

 でも、人生はそこで終わらない。


 王子様からどれだけ寵愛(ちょうあい)を得ようと、実家のバックアップがない寵姫(ちょうき)の先は暗い。

 恋に目が(くら)んだ脳内お花畑でない限り、この現実を無視してまで身分違いの結婚へ突き進むことはないだろう。

 ニィナは恋愛脳どころか、むしろ非常に現実的で計算高いタイプに見えた。

 クラウディアに正妃の座と政務を押し付け、側室――いや、むしろ愛妾の立場であれば、波風も立たず、遊んで暮らすことができるのに、何故わざわざクラウディアを()めてまで排除しようとしたのか。

 そもそも婚約破棄の場として建国記念式典を選んだのも、正気の沙汰(さた)ではない。

 王太子が国の内外に向けて「自分は国益より恋愛を優先する馬鹿です」と宣言するようなものだからだ。


 ユリシーズは確かに大馬鹿だが、元々は自分から何か行動を起こすことのない“ 比較的無害な馬鹿”で、自らの考えでここまでの失態を犯すとは思えない。


 ――そう、誰かが、導火線を引いたのだ。


「ニィナ様を、探ります」

「どうやってだ?」

「今やニィナ様は王太子の婚約者。なら、外出時は必ず護衛騎士が付いているはずです。接触のあった人間の名前、必要に応じて会話の内容まで、報告書に記録されます」


 報告書によりクラウディアが自らの無実を証明できたということは、その逆も然りだ。


「パーシヴァル卿。もし貴方がニィナの立場で、秘密裏に誰かに会いたくなったらどうしますか?」

「難しいな。護衛騎士の入れない場所であれば、密会は可能だが……」

「御不浄や更衣室は男性騎士は入れませんが、不特定多数が出入りする場所では密談に向きませんわね」

「ああ。もし大公国の工作員であるなら、かなり込み入った話になるだろうからな」


 ニィナが未来の王族となった現在、表向きの場所で大公国との接触は難しい。


「ええ……ですから、私なら、家に呼びますわ」

「そんなに堂々と?」

「貴族の家に出入りをしてもおかしくない人間なら、不自然はないでしょう。美術商、宝石商、ドレスの仕立て屋あたりかしら。ただ、常に側には侍女がいます」


 貴族令嬢が男性と二人きりになるのは、不貞を疑われるタブー。

 その場合、必ず扉を開け、廊下で誰か控えさせなければならない。


「しかし相手が女性であれば、二人きりになるのは可能です。職業婦人が少ない王都でも、肌を見せる必要のある仕立屋だけは女性が多い。ドレスの採寸やデザインの相談は長くかかりますし、侍女が側で控える必要はありませんから、人払いは可能でしょう」


 もしニィナが大公国の工作員なら、窓口役は仕立屋に扮して接触をする可能性が高い。

 エルマン男爵家に出入りする仕立屋は、すぐにでも特定できるだろう。


「この推測について、お父様に手紙を書きます。きっと協力してくれるはずです」

「王都まで手紙を届けるのに、早馬でも一か月はかかるぞ」

「そこは、ルネ様にお願いしようかと」

「なるほど」


 王都の貴族であったルネなら、王都へのゲートを開くのは容易だ。


「人使いが荒いお姫様ねぇ」


 ルネは肩をすくめながら、ふふっと微笑んだ。


「私は南の辺境伯の令嬢、リリア様を訪ねます」


 クラウディアが指でなぞったのは、砂漠と内海に面した領。南の国境と交易路が交差する要衝だ。


 かつて婚約破棄され王都を追われた哀れな少女が、今や一国の軍師のように盤面を眺めている。

 パーシヴァルは小さく、しかし頼もしげに笑った。


「なるほど。……持つべきものは、良き友だな」


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