第6話 この星の美味
毒を体から取り除き、脳と内臓と骨を修復したにも関わらず、風が吹いただけでも倒れてしまいそうな体。
折れた骨は補強し、皮膚や臓器の損傷も修復済み。神経の断裂もすべて接続し直した。
それなのに、立っているだけで足が震える。
筋肉量が絶望的に足りないのだ。皮膚の下には、支えるべき肉がほとんど存在しない。
これでは、些細な事でも命取りになるだろう。
《まずは腹拵えだな》
裸のまま、クラウディアの中にいる異星人、ジャスパーは首と目を360度ぐるりと回転させて、部屋を見回した。
金糸が織り込まれたタペストリー。
遥か東方から取り寄せられた厚みのある絨毯。
大理石のテーブルの上には羽ペンとガラス製のインク壺。
そして、螺鈿の宝石箱。
箱の上部にあるのは夜光貝で象られた鳥で、暖炉の光を映して七色に揺らめいていた。羽根の一枚一枚が微妙に色を変え、まるで生きているように光る。
中を開けると、御誂え向きのご馳走が。
今日のドレスの胸に付けていたエメラルドのブローチだ。
無処理でも透明度が高く大粒のそれは、国宝クラスの逸品である。
深い緑は森の奥の泉のように澄み、内部には微細な光が閉じ込められていた。
ジャスパーはそのお宝を、無造作にひょいっと取り上げたかと思うと、そのまま口の中へ放り込んだ。
《んー、これは、絶品!》
飴のようにコロコロと口腔内で転がしつつ、舌先から分泌した自らの細胞でエメラルドを舐め取る。
表面がわずかに溶解し、ミネラル成分が舌に染み込んでくる。
宝石を研磨する技術のある星で良かった。
生の鉱石もまた味わい深いものがあるが、混じり気の無い宝石の味はより洗練されたものになる。
クロムとバナジウムのスパイスが効いた、Be3Al2Si6O18の妙なる風味ときたらもう…!
《こんなに美味いものを食べずに装飾品にするなんて、この星の人間という生き物は変わっている》
鉱石の代わりに、人間は――というか、この星の生き物は――有機物、つまり植物や動物を栄養とするらしい。
鉱物を主食とするジャスパーにとって、食料だとは分かっていても、バスケットの中に入っているものは死体の山にしか見えない。
焼かれた肉。
砕かれた穀物。
切断された果実。
どれも、元は何かの生物だった。
この体には必要な栄養が入っているのは知っている。
宿主の記憶がそう告げている。
が、やはり、どうにも気が進まない。
《生臭そう。気持ち悪い》
しかし、宿主が死ねば自分も死んでしまう。
この痩せぎすの体に、すぐにでも滋養の高い食事を入れなければ。
エメラルドが無くなり、台座だけになったブローチを吐き出した後、しばし懊悩したジャスパーは、比較的、死体感の薄いフルーツタルトを手に取る。
《これなら、まあ、そんなにグロくはない、か。いや…でも、この色…この香り…》
季節のフルーツを盛りだくさんに載せたタルトは、ナパージュでキラキラと、まるで宝石のように輝いている。
赤い苺。
黄金色の桃。
紫の葡萄。
……よし、これならなんとか食べられそうな気がする。
小ぶりのタルトをおそるおそる口に入れると――カッと目を見開いた。
《う、う、うまままままままぁぁァァー》
ぐしゅり、と咀嚼のたびに迸る果汁の洪水。
甘酸っぱい香りが一気に鼻腔へ抜ける。
下のカスタードクリームは甘さ控えめで、果実の風味を邪魔することなく、口内で渾然一体となる。
それを追いかるように、タルト生地はさくり、ほろり、と崩れて、面白い食感を生み出していた。
《なんだこれ、うまい、うまい、うまいぃぃぃぃ!!》
いくつもの星を巡ったが、これほど高い食文化を持つ星は無かった。
ひとつ壁を超えてしまえば、あとは簡単だった。
ドライイチジクのプチプチ感とクリームチーズの滑らかさ。
血生臭いだろうと最後に回していたローストビーフでさえ、ワサビソースの清しい風味がピリリとしたアクセントになり、爽やかな味わいを生んでいた。
そしてそれら全てを、風味豊かな全粒粉のパンがどっしりと包み込んでいる。
元は死体であることをすっかり忘れてしまったジャスパーは、結局、バスケット内の夜食を全て平らげてしまった。
《気に入った!この体、気に入ったぞ!》
クラウディアが特権階級に当たる身分の持ち主であったことは幸いだった。
この星の美味を喰らいつくそうじゃ無いか。
血糖値の高まりと共に眠気に襲われたジャスパーは、クロゼットから肌触りの良い夜着を選んで身につける。
そして柔らかいシーツの海へ体を滑らせた後は一瞬で眠りに落ちた。
まだ見ぬ美食を夢見て。
ご覧いただきありがとうございます!
完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。
お楽しみいただければ幸いです。




