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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第63話 鬼の酒造り


 花祭が終わり、リァマの街は祭りの熱を雪に溶かすように日常へと還っていった。


 祭りの後の静寂――そんな物寂しさを覚えるクラウディアを連れ、石蕗(つわぶき)は久しぶりに鬼の里へと足を向けた。

 農閑期、冬の眠りにあるかと思われた里は、予想に反して白く熱い活気に満ちていた。


「寒いからこそ、やらなきゃいけないことがあるからね。来たからには手伝ってもらうよ!」


 酒豪揃いの鬼たちは、冬になると一転して“蔵人(くらびと)”へと姿を変える。

 杜氏(とじ)を務めるのは、里一番の堅物、泰山(たいざん)

 酒造りという、神事にも似た精密作業を統括するのに、生真面目が服を着ているような彼以上の適任はいなかった。


 冬の朝、指先が凍るような清水で山田錦を洗う。鬼の里は、酒造りに適した清らかな湧水が自慢だ。

 精米歩合は55%。雑味を嫌う泰山(たいざん)のこだわりだ。

 吸水時間は秒単位で管理する。短すぎれば蒸し上がりが硬く、長すぎれば発酵で溶けてしまうからだ。


「よし、上げろ。」


 泰山の低く響く声を合図に、巨大な(こしき)から白い蒸気が爆発した。


 紋女(あやめ)に勧められて蒸し上がったばかりの酒米を一口食べたクラウディアは、期待外れそうに小首を傾げた。


「……少し、硬いですわね?」

「美味くはないだろう。酒米は粘りが出ると雑味になる。炊かずに蒸すのは、水分量を極限まで制御するためさ。」


 解説する紋女(あやめ)の額には、巨角を覆う白布が揺れている。


 蒸し上がった米を大きな木桶に入れて麹室(こうじむろ)に運ぶ。

 人間なら数人がかりでないと持ち運べない重さだが、鬼の若衆たちは一人一つずつ、ひょいと抱え上げた。

 麹室(こうじむろ)は蔵の内部に隔壁を設けて独立させることで、断熱・保温を施し、麹菌の増殖に適した室温30℃〜38℃、湿度60〜70%に保持されている。

 戸を開けると、ほのかに甘い香りに満ちていた。


 杜氏(とじ)の指示で蔵人(くらびと)たちが熱々の蒸米を(むしろ)の上に広げ、(こうじ)造り用、酒母(しゅぼ)造り用、もろみ造り用に分け、自然放冷でそれぞれに応じた温度に冷ます。


「優しく広げよ。米も生きている。」


 鬼たちの太い指先が、まるで壊れ物を扱うかのように繊細に、熱々の米を(むしろ)の上で(おど)らせる。

 泰山がさらさらと(こうじ)菌を振りかけながら、説明を加えた。


「ブドウは潰すだけでワインになるが、米はまずデンプンを糖に変えなきゃならん。(こうじ)菌がその大役を果たしてくれるのだ。」


 ここから2日間、麹室(こうじむろ)()もっての“寝ずの番”が始まる。

 室温30度以上、湿度60%。温度が上がりすぎれば(こうじ)が焼け、下がれば菌が育たない。

 この微調整は、長年の経験による肌感覚だけが頼りだった。


 この製麹(せいきく)はイアポニアの酒造りにおいて「一麹(いちこうじ)二酛(にもと)三造り(さんづくり)」という言葉があるほど、品質に最も影響するとされる重要な工程である。

 そのため、この寝ずの番はいつも杜氏(とじ)である泰山(たいざん)が担当する。


石蕗(つわぶき)。お前も残りなさい。」

「え?」


 思いがけず、父と二人きりで夜を明かすことになった石蕗(つわぶき)は、蛇に(にら)まれた蛙のように硬直した。


 かたや、寡黙(かもく)権化(ごんげ)

 かたや、元引きこもりのコミュ障。


 麹室(こうじむろ)を満たす甘い香りと、パチパチと爆ぜる(たきぎ)の音。

 言葉を選ぶ時間だけが、やけに長く伸びていく。

 重苦しい沈黙の末、先に口を開いたのは泰山(たいざん)だった。


「……向こうでは、順調か?」


 泰山(たいざん)の視線が、一瞬だけ石蕗(つわぶき)の手元に落ちた。幼い頃と同じ、少し震える指先へ。


「えっ、あ、はい」


 今日2度目の間抜けな返事。


 10年もの間、まともに目を合わせてこなかった父子だ。

 石蕗(つわぶき)は必死に記憶の引き出しをひっくり返し、絞り出すように言葉を繋いだ。


「リァマは……都会だけど、皆優しいよ。鬼族の仲間もいるし。……あ、今はパーシヴァルに剣を習ってるんだ。元将軍だけあって、教え方も凄く上手くて、無駄がなくて、でも押し付けてこないんだ。……ああいうのが、本当に強いっていうんだと思う」

「ほう、そうか」


 その短い相槌(あいづち)には、わずかながら興味の色が混じっていた。


「でも、教わりっぱなしじゃないぞ! 俺だって空手とか柔道とか、父上に仕込まれた『丸腰の武道』を教えてるんだ。パーシヴァル、剣がないと意外と隙があるからさ」


 対人戦の経験不足を補いたい石蕗(つわぶき)と、徒手空拳(としゅくうけん)の術を知りたいパーシヴァル。

 二人の利害は一致し、今ではすっかり意気投合しているらしい。


「役に立っているなら、何よりだ」

「あいつ、格好いいし強いし……最近は『アニキ』って呼ばせてもらってる。あんな兄貴がいたら最高だなって。親父もそう思うだろ? 男の俺ですら惚れ惚れするくらいだし、おクラちゃんだって……」

「……負けそうか?」


 唐突な問いに、石蕗(つわぶき)は言葉を詰まらせた。


「完敗……。でも、引く気は無いよ。絶対に」


 振り絞りすぎて早口になった息子の独白を、泰山は短い相槌(あいづち)で受け止めた。


 窓の外は、静かに雪が降り積もっている。

 麹室(こうじむろ)の中、(たきぎ)の火に照らされた二つの影。

 ぎこちなく、けれど確かに、父と息子の止まっていた時間が、発酵を始める(こうじ)のようにゆっくりと熱を帯び始めていた。


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