表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/111

第61話 花祭当日


 祭り当日の朝。花太夫(はなだゆう)であるクラウディアは、まだ深い霧が眠る早朝の森を抜け、街外れの隠し滝へと向かった。

 夜の冷気を(はら)んだ空気は剃刀(かみそり)のように鋭く、吐く息が白く立ちのぼる。

 滝壺から舞い上がる水煙の中、彼女は柄杓(ひしゃく)を捧げ持ち、静かに膝を折った。


「どうか、この地にお越しください」


 そう小さく唱えてから、清冽(せいれつ)な水を汲み上げる。

 それは八百万(やおよろず)の神々をこの世に繋ぎ止めるための()(しろ)となる聖水だ。

 朝日を反射し銀色に輝く水桶を抱え、彼女は花宿(はなやど)の中心である屋敷へ戻った。


 屋敷の神部屋には、各地から献上された美酒が所狭しと並んでいた。

 鬼の里の濁酒(にごりざけ)、人里の澄んだ清酒、山の霊が愛する芳醇(ほうじゅん)な薬草酒。

 神官役の古妖が祝詞(のりと)を唱え、クラウディアが捧げた清水が酒杯へと注がれる。


「遠き天より、近き地より、神々よ、この宿に降り給え」


 目に見えぬ気が屋敷を満たし、祭りの幕が静かに上がった。


   ◇


 秋の日は釣瓶(つるべ)落とし。

 日が暮れ、舞庭(まいど)は押し寄せた人と(あやかし)の熱気で飽和状態にあった。

 中央の巨大な釜の下、(かまど)の炎が唸りを上げる。


 最初の“楽の舞”が夜空に溶け、続いて“市の舞”。

 伝統装束に身を包んだパーシヴァルが、一歩、舞台へ進み出る。

 始まったのは、舞というよりは“美しき演武”だった。

 指先まで神経が行き届いた所作は、鋭い剣筋のように空気を切り裂く。踏み込む足音は地を震わせ、(ひるがえ)る袖が風を切る音さえもが猛々しい。

 静止した瞬間は、獲物を前にした獅子(しし)(すご)みを放ち、動き出した瞬間の爆発力は、稲妻が大地を走るかのよう。

 観客は息を呑み、誰もがその凛とした“静”と、爆発的な“動”の完璧な調和に、魂を奪われたように見入った。


 さらに泰山(たいざん)との“地固めの舞”では、2人の武芸者が同時に床板を強く踏み鳴らす。

 ドォン、と腹に響く重低音。大地に力を刻み込むようなその(とどろ)きは、神々への力強い捧げ物となり、八百万(やおよろず)の神々もまた、満足げに目を細めたに違いない。


 その後は、子供たちの愛らしい舞。

 そして真打ちである山見鬼(やまみおに)榊鬼(さかきおに)の激しい舞へと続く。


 赤い装束を(まと)い、巨大な(まさかり)を手にした石蕗(つわぶき)が登場すると、観客のボルテージは最高潮に達した。

 石蕗(つわぶき)の舞は、パーシヴァルの洗練されたそれとは対照的な、(ほとばし)る野性だ。

 地を這うような低い姿勢から、天を()くような大跳躍(だいちょうやく)

 伴鬼(ともおに)を引き連れ、炎の周りを乱舞するその姿は、荒ぶる鬼神そのものだった。


「テーホヘ! テホへ!」


 笛の音を模した掛け声が渦を巻き、火の粉が舞う。

 人も(あやかし)も、降りてきた神々さえもが入り乱れ、舞庭(まいど)のボルテージは臨界点に達しようとしていた。


 そして、ついにその時が来た。

 花祭で最も盛り上がるカップルイベント、“湯囃子(ゆばやし)”の始まりである。

 観客の参加が許され、釜の周りには想い人に気持ちを伝えようとする者たちが陣取り始める。

 男と女のペアだけではない。

 女と女、男と男、妖と妖、妖と人。

 地下図書館の司書の2人もいる。雨女から雪女への求愛とあって、蒸気で溶けないかどうか心配だ。


 クラウディアは儀式の進行役として端に控えていたが、このイベントの真の意味までは理解していなかった。

 なぜ皆、こんなに殺気立った、それでいて艶っぽい視線を交わしているのか。

 その横顔を、石蕗(つわぶき)がちらちらと盗み見る。

 何度か口を開きかけ、閉じ。

 ついに意を決した。


「お、おクラち──」


 しかし、最後まで言い切る前に、クラウディアの姿が視界から消えた。

 パーシヴァルが無言で彼女の手を引き、舞庭(まいど)のど真ん中、釜の直近へと連れ出したのだ。

 彼はそこで無造作に装束をはだけ、鍛え上げられた上半身を(さら)した。


「そこにいて下さい」


 釜の石に、朝汲んだ清水がかけられる。

 ジュワッと、一瞬で蒸気が爆発するように立ち上った。


「待って!」


 追いかけてきた石蕗(つわぶき)も負けじと諸肌(もろはだ)脱ぎになり、二人の“雄”がクラウディアを挟んで並び立った。

 汗に濡れて黄金色に輝く筋肉の山。浮き上がる血管、躍動する広背筋。

 会場からは割れんばかりの歓声が上がった。


 だが、その中心にいたクラウディアの意識は、全く別の次元へと吹き飛ばされていた。


(これが……薔薇本にあった、例の……雄っぱい……!)


 禁断の知識が、この極限状態でリンクした。

 目の前で重力に従い、弾む4つの肉の塊。

 パーシヴァルのそれは、大理石のような滑らかさと弾力を持つ完熟の果実。

 対する石蕗(つわぶき)のそれは、鋼のような硬度と攻撃的な張りを見せる野生の岩壁。


(ある……確実に、私よりも、質量がある……!)


 クラウディアはそっと自らの胸に手を当てる。

 この慎ましやかな膨らみに比べ、目の前の双丘×2は圧倒的な暴力となって迫りくる。

 彼らがバッサバッサと湯たぶさを振り、熱波を送るたびに、視界を覆う大胸筋がプルプルと波打ち、彼女の正気を削り取っていく。


「……むり……」


 蒸気の熱さか、それともこの視覚的な暴力のせいか。

 顔を茹で上がった(たこ)のように真っ赤にし、クラウディアはついにノックアウト。

 這々(ほうほう)(てい)舞庭(まいど)の外へと逃げ出した。


 ターゲットを失った男2人は、呆然(ぼうぜん)と顔を見合わせた。

 数秒の沈黙の後、どちらからともなく吹き出し、互いの健闘を讃えて肩を組んだ。

 熱情の渦から離れ、2人の男の間には妙な友情が芽生えていた。


   ◇


 祭りの締めくくりは、神送りの“朝鬼(あさおに)の舞”。

 熱狂の残滓(ざんし)が、まだ空気に漂っている中、石蕗(つわぶき)が再び舞庭(まいど)に立った。

 呼吸が深く、視線が落ち着いている。手にした(つち)が、静かに持ち上げられる。


 カン、カン――――まるで時を刻むように。狂いのない間隔で乾いた音が響く。

 地へ。空へ。そして、見えない神々へ。

 境界を守り、場を閉じる、“送り手”としての鬼。


 夜の熱が、ゆっくりと解けていく。

 高ぶった感情が、静かに沈んでいく。

 観客たちは知らず、呼吸を合わせていた。


 神々よ、どうかまた来年も。

 祈りを込めて、霜月(しもつき)の夜はゆっくりと明けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ