第55話 川遊びと光る石
夏の名残が陽炎のように揺れる9月の午後。
イアポニアの山あいを縫うように流れる清流は、降り注ぐ陽光を砕いた硝子に変え、川底の丸い石をきらきらと白く濡らしていた。
「クラねぇ! こっち、冷たくて気持ちいいよ!」
水飛沫を跳ね上げながら呼ぶのは、小さな角を誇らしげに揺らす鬼の子、耳をぴこぴこと動かす狐の子、そして冷たい水に体を震わせる山童たち。
クラウディアもまた、着物の裾を大胆に持ち上げ、白く細い足を浅瀬へと踏み入れた。
ひやりとした水の感触が足首を駆け抜け、さらさらと流れていく。その冷たさに一瞬身をすくめたが、子供たちの無邪気な歓声で、その冷たさもすぐに忘れてしまう。
イアポニアの里を流れるその川は底まで透き通り、浅瀬では小魚が影のようにすばやく泳いでいる。
「いた! あそこだ、あそこ!」
真っ先に水面を蹴ったのは小天狗だ。石陰に潜む銀色の影を逃さぬよう、抜群の反射神経で両手を突っ込む。
だが、魚もさるもの。銀色の体をひるがえし、尾びれで一閃、水の壁を作って逃げ果せる。
「手づかみは無理だよ! 石で囲うんだってば!」
横から指示を飛ばすのは、頭の皿に並々と水を湛えた河童の子。川の申し子である彼らにとって、水の流れも魚の逃げ道も、読むは容易いこと。
子供たちは一丸となり、浅瀬に石を積み上げ、迷路のような囲いを築いていく。
上流からゆっくりと魚を追い込み、逃げ道を塞ぐ。
「今だ!」
河童の号図とともに、小さな手が一斉に水面を叩く。
激しい飛沫の向こうで、掌の中に収まったのは、腹の白い見事な川魚だった。
光を浴びて跳ねる鱗が、虹色の軌跡を描く。
「やったぁ!」
何匹かは逃げたが、それでも十分な収穫だ。
岸に戻ると、今度は焚き火の準備。流木と乾いた枝を集め、五徳猫の仔猫が器用に火を着けると、たちまち赤い火種がぱちりと弾け、やがて橙色の炎が立ち上った。
魚は木の枝に刺し、塩をぱらりと振る。
じゅ、と脂が落ち、香ばしい匂いが立ちのぼる。
「いい匂い……!」
犬神の仔の鼻がひくひくと動く。
待ちきれずに身を乗り出すと、クラウディアが「まだよ!」と笑いながら制止する。
皮がぱりりと弾け、表面がこんがり色づいたころ、小天狗の子がうなずいた。
「もういいよ」
クラウディアの合図に、子供たちは熱々の魚をふうふうと冷ましながら、かぶりつく。
小骨からほろりと上品な白身が崩れる。川の匂いと塩気、炭火の香ばしさが口いっぱいに広がった。
「うまっ!」
「さっきまで泳いでたんだもんな!」
川の水面は砕けた硝子のようにきらきらと光っていた。
ふと、鬼の子が眩しそうに目を細め、川底の一点を指差した。
「ねえ、あれ見て!」
水の向こう、砂利の間に、何かが光っている。
陽光を受けて、白く、鋭く、瞬く。
クラウディアは身を屈め、強い流れに指を割り込ませた。慎重に泥を払い、掬い上げたのは、小ぶりながらも奇妙なほど硬質な、透明の石だった。
ただの石に見える。だが、握るとひんやりと冷たく、重みがある。光にかざすと、内部で小さな虹が跳ねた。
「きれいだね!」と狐の子が目を丸くする。
河童はクラウディアの手元をちらりと見て、鼻を鳴らした。
「光る石か。山から流れてきたやつだろ。たまにある。」
一見すれば、ただの石。だが、その質量は掌にずしりと重く、光にかざせば内部で小さな虹が狂ったように跳ね回る。
気付かれないよう、クラウディアは指先にジャスパーの末端組織を出して、ひと舐めする。
《?!!》
川底で、子供たちが見つけた“ただの光る石”。
遠い昔、そう、まだこの地が海と島々だった時代よりも遥かに昔、超高温と高圧で炭素が長い年月をかけて結晶化したもの。
それは本来、地表に届くことのない石だった。
地下数百キロでゆっくりと冷え、永遠に地中へ閉じ込められるはずの、地球の胎内の欠片。
だが、イアポニアの大地は、火の息吹を宿す地域だ。
地下深くから噴き上がるマグマの通り道、ダイアトリームと呼ばれる、ラッパのように下が細く上が広がる形状の噴火口は、地球の深部と地表を一瞬で繋ぐ通路となる。
凄まじい圧力で噴き上げられた火成岩――キンバーライトやランプロアイト――は、地下で生まれた結晶を包み込んだまま、ほとんど溶かすことなく地上近くへ運び上げる。
長い年月をかけ、雨風に洗われ、川に流されて辿り着いた、水の精の贈り物。
《これは……想定外の収穫だな。ただの遊びが、とんでもない資源探査に化けた。》
クラウディアは、その熱を秘めた石をそっと懐に納めた。
この小さな煌めきが、これからのイアポニアにとって、単なる宝石以上の力になることを確信しながら。
――それが後々、ある国の運命を変えることも知らずに。




