第53話 メンコと子供時代
リァマの妖保育園では今、円形の戦場を舞台にした熱狂――メンコが、子供たちのすべてを賭けた遊戯として空前の大ブームを巻き起こしていた。
地面に描かれた円の中に、色とりどりの円形、長方形が並ぶ。
紙製、厚紙製、あるいは出所不明の妙に硬そうな代物まで。
「いくぞー!」
ばしん、と乾いた衝撃音が響き、円中の一枚が鮮やかに宙を舞って裏返る。
「やったー!」
勝鬨を上げる子供が、戦利品を誇らしげに拾い上げる。
その一喜一憂の光景を、クラウディアの隣で見ていたソーニャが、未知の武術を見るような眼差しで感心していた。
「これは……単純そうに見えて、奥が深い遊びですね。」
「そうね。武器と技術、そして戦術。全て必要だわ」
《こいつは興味深い。紙片の質量、叩きつける角度、そして地表との間に生じる瞬間的な真空状態。無意識に物理法則の最適解を探り当ててやがる》
ジャスパーの解析を裏付けるように、子供たちは自慢の兵器を次々と披露した。
縁に蝋を塗り、摩擦を極限まで殺して滑らせる摩擦低減仕様。
2枚の紙を糊で固めた、重量特化型。
「ズルじゃないのですか?」
クラウディアの問いに、子供たちは一斉に胸を張った。
「ちがう! 自分でカスタマイズして、最強のを作ってるの!」
一人が切り札として出したのは、鈍い光を放つ金属製のメンコ。周囲から「ずるい!」「最強のやつだ!」と羨望と畏怖の混じった声が上がる。
強いメンコはその分、癖もあるので使いこなすのも難しく、練習が必要だ。さらに相手のメンコとの相性もあり、出すタイミングの読み合いが生まれる。
負ければ手塩にかけた“財産”を失う――その緊張感が、時に取っ組み合いの喧嘩へと発展する。
慌てて止めに入ろうとしたクラウディアを、パーシヴァルが静かに制した。
「まずは見守りましょう」
喧嘩になっても、子供たちは相手に大きな怪我をさせるようなことはしない。
そのうち誰かが仲裁に入り、誰かが泣いた子を慰め、「いたいのいたいのとんでけ!」と、呪文を唱える。
泥にまみれ、涙を流しながらも、彼らは自力で妥協点を探り、やがて「ごめんね」と「いいよ」の儀式を経て、再び笑い合う。
「子供たちは遊びを通して学ぶんです。……自分の限界、他人の痛み、そして許すということを。その過程を飛ばしてしまうと、心はどこか歪になってしまう――大人になってからでは、直せない形で」
パーシヴァルがクラウディアに解説している間に、子供たちの仁義なき戦いにソーニャが参戦していた。
「うわ!」
一番ポピュラーな牛乳瓶の蓋メンコ(無加工)を思いきり叩きつけたところ、見事、地面に突き刺さったのだ。
子供たちが驚嘆の声を上げる。
「お姉ちゃんすげぇ!」
「でもそういう遊びじゃないよ!」
「ソーニャねーちゃん、へたっぴぃー!」
「くっ……!」
元暗殺者の投擲技術が裏目に出てしまい、ソーニャは本気で悔しそうだ。
だが、すぐに子供の一人が言う。
「こうやるんだ。持ち方が大事なんだよ!」
野球のボールを握るように、3本の指でメンコを持つ。
体を少しひねり、腕を鞭のようにしならせる。
そして叩きつける。
ばしん!
「真上じゃだめ! 横を狙うんだ!」
相手のメンコの真上ではなく、周囲――角や横を狙う。
叩きつけた衝撃と風圧で、めくれ上がるのだという。
ソーニャは真剣な顔で頷いた。
ジャスパーはその光景を見ながら、ソーニャの幼少期に思いを馳せる。
劣悪な環境は、ソーニャから子供らしくいられる時間を奪った。
今、ソーニャは無意識にそれを取り戻そうとしているのかもしれない。
物質的には恵まれながらも、大人が求める正解だけを押し付けられて育ったクラウディア。
ユリシーズも似たようなもので、子供同士の遊びの中で学ぶはずだったことを学ばなかった。
もし、彼らにこんな時間があったなら、泥だらけの手で謝り合えた経験が一度でもあったなら、もっと違う未来があったのかもしれない。
《未成熟な個体が成体になるまでの、このあまりに非効率で無防備な猶予期間。しかし、無駄と断ずるのは、間違いだな》
遊びの後は、お待ちかねのおやつの時間だ。
山姥がシワだらけの手で拵えたおはぎや、七輪で転がす香ばしい煎餅。
今日の目玉は赤紫の塊根、さつまいもである。
壺の中でゆっくりと熱を通されたそれは、65℃から80℃の“魔法の温度帯”を通り、デンプンが麦芽糖へと変貌して蜜を滴らせる。
「なぜ、お砂糖を入れていないのに、お芋はこんなに甘くなるの?」
クラウディアは、アミラーゼによる加水分解のプロセスをいくらでも論理的に説明できた。
けれど、ふうふうと湯気を吹き、子供たちと並んで頬張るその瞬間、そんな理屈はどうでもよくなった。
彼女はただ「不思議ねぇ」と、甘い蜜に目を細めて笑うだけだった。
おやつの後は、日向の匂いがする座敷で雑魚寝でお昼寝。
傾く陽射しの中で、小さな寝息が重なり合う。
それはなんと贅沢で、そして、かけがえのない時間だろうか。
クラウディアの記憶の宮殿に、優しい思い出が静かにページを増やしていった。
それはきっと、これまでのどの知識よりも重い一頁だった。




