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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第4話 失意の死


 このまま眠れるはずもない。


 神経は逆立ち、胃の()(なまり)を詰め込まれたように重い。

 食欲など微塵(みじん)もなかったが、せめて眠り薬の代わりにと、クラウディアは手付かずの夜食に添えられたワインに手を伸ばした。


 グラスの中で琥珀(こはく)色の液体が揺れる。

 一口、口に含むと、粘りつくような強烈な甘みが舌を覆った。かなり糖度の高いデザートワインだ。


(甘いワインは好きじゃないって、調理場は知っているはずなのに……)


 違和感が脳裏をよぎった時には、すべてが遅すぎた。

 喉を焼くような不快な甘みの奥から、暴力的な刺激が突き上げてくる。

 口端から溢れ出したのは、鉄の匂いのする、どろりと生暖かい液体。


 毒だ。


 毒見役のいない今この時を狙い済ました、確実な殺意。

 クラウディアの好みを無視したワインに混入されていたということは、実行犯は調理場の人間ではない。塔へ移送される荷物の中に、毒入りのボトルを紛れ込ませるよう指示できる権力を持ち、動機も(そろ)っている人物。


 思い浮かぶ顔は、ただ一人しかいなかった。


(なんて(ひど)い……非道(ひど)い……こんなの、あんまりだわ……)


 これまでに感じたことのない激しい感情が、毒に侵された全身を駆け巡る。

 だが、その怒りの矛先は、公然と浮気されたことでも、濡れ衣を着せられたことでも、一方的に婚約破棄されたことでもなかった。ましてや、命を狙われたことでもない。


 5歳で婚約して12年間。家族である父よりも長い時を共にしたはずのユリシーズが、私のワインの好みひとつ知らなかっただなんて——。


(ニィナ様のせいなんかじゃない。ユリシーズ様が、今まで私に興味を持ってくれたことなど、一度もなかったんだわ……)


 愛を求めていなかったと言えば嘘になる。人並みに恋愛小説を読み、いつか自分も、と夢見た夜もあった。


 だがそれ以上に、王太子であるユリシーズと大貴族の1人娘である自分との結婚は、王家の権力基盤(きばん)盤石(ばんじゃく)にするための、国にとって重要な契約なのだ。

 未来の国母としてユリシーズに寄り添い、支えるだけなら、恋だの愛だのという浮ついた感情は要らない。

 だから将来、ユリシーズがニィナを側室として迎えたいと望んだなら、その時はきちんと歓迎しようと思っていた。


 だから——1度だって、彼の不実を(とが)めたことはなかったのに。


(せめて好物で殺して欲しかったというのは、そんなに贅沢(ぜいたく)な望みなの?)


 政略結婚だからこそ、愛が無いからこそ、その相手に敬意を持って接するのは、最低限の礼儀だろう。

 定期的な贈り物。花束。愛をささやく手紙。パーティーでのエスコート。


 けれどユリシーズは、最後の最後まで、その最低限すら私にくれることは無かった。


(そもそも、私を愛してくれた人など、この世界にはいなかった……)


 産後の肥立(ひだ)ちが悪く、母はクラウディアを産んですぐに空へと昇った。

 母を深く愛していた父にとって、娘は愛する妻を奪った原因そのものだったのだろう。顔を合わせるのは週に1度あればいい方で、養育は乳母と家令に任せきり。親子関係は希薄だった。

 あの断罪の場に父もいたが、一方的に(のの)られる娘を(かば)うでもなく、他人のように遠巻きに眉を(ひそ)めて見ているだけだった。

 愛する妻を殺し、(こま)としても満足に使えなかった娘に、きっと愛想を尽かしたに違いない。



 家族にも、婚約者にも愛されず、最後は毒を盛られて捨てられる。

 意識が混濁する中、クラウディアは(あえ)ぎながらベランダへと這い出した。毒に焼かれた肺が、冷たい酸素を求めて悲鳴を上げる。凍てついた夜風が、高熱に浮かされる肌を心地よく()でた。


「あなたに、なんか……殺されてあげない」


 その言葉は、王太子妃教育で叩き込まれた優雅な言葉遣いではなかった。

 十二年間、鉄の仮面の下に隠し続けてきた、一人の少女としての()き出しの呪詛(じゅそ)

 これまで国のため、家のため、婚約者のため、操り人形として生きてきた。

 せめて死くらいは、自分の意思で選びたい。


 最後に綺麗な星空が見たくて、ベランダの手摺に背を預ける。

 だが、見上げた夜空は、彼女の心と同じく救いのない暗渠(あんきょ)だった。

 真っ暗な空から、ふわふわと羽毛のような雪が舞い降りる。頬に触れたそれは、あまりに冷たく、そして優しかった。


 星を見ることは叶わなかったが、雪も悪くない。

 降り(しき)る雪を見上げていると、次第に自分の方が落ちているような錯覚に陥った。


(ああ、死ぬのには、本当に良いお日和ね……)


 彼女はゆっくりと、重心を後ろへ預けた。

 いっそ清々しい気分で、仰向けのままベランダの床を蹴り、手摺(てすり)を越える。


 背中から夜へ溶け込む、浮遊感。

 重力が、これまでの人生を縛り付けていたすべてのしがらみから、彼女を解き放っていく。


(どうか、神様がいるのなら。どうか、どうか……)


 最後に願ったのは救済だったのか、それとも凄惨(せいさん)な復讐だったのか。

 視界が反転し、空と地が入れ替わる。


 その刹那――。


 厚い雲を突き破り、一筋の閃光(せんこう)が彼女の双眸(そうぼう)を焼いた。

 今まで見たことがないほど巨大で、不気味なほどに極彩色の流れ星。


 ――願いを。


 だが、星に祈りを捧げる間もなく、クラウディアの意識は、底知れぬ闇の中へと沈んでいった。


ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

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