第3話 嘆きの塔
王都の北門から北へ5kmの場所には背の高い塔がある。
広大な森林に囲まれた場所にぽつんと一つ聳え立つそれは、かつて帝国との戦時の際に物見の塔として建てられたものだが、300年の時を経た今も尚、威容を誇っている。
現在の国境はもっと北にあるが、帝国との戦時中は最前線だった場所。そこに建てられた塔は、軍を統率する王族が宿泊する施設でもあった。そのため、内部は外観の無骨さからは想像できないほど、質の高い内装となっている。
一階は井戸と食糧倉庫、二階は調理場、三階は使用人の部屋、四階は貴族の子息の部屋、そして最上階は王族の部屋。
その充実した設備は終戦後、罪を犯した王族を幽閉する場所としても活躍した。
ここ10年ほどは無人の塔であったが、清掃はマメに行われていたため、急転直下で令嬢を案内することになっても、そう慌てる必要は無かった。
王太子妃教育のために頻繁に出入りし、時には泊まることもあったクラウディアは王城に自室を持つ。
慣れ親しんだ寝具、室内着、筆記用具、装飾品、ドレス、本。
軟禁生活が不便なものとならないようにとの宰相の図らいで、クラウディアは大量の私物と共に王城から塔への引っ越しを、当日中に完了した。
そして城付きのメイドにより、荷解き、ベッドメイク。
運び込まれた公爵家の家財は、無機質な石造りの部屋を色鮮やかに飾った。
けれど、それはまるで、死者に死装束を着せる手際の良さに似ていた。
湯浴みの手伝い、夜着への着替え、夜食と水差しのテーブルセットが終わる。
あの事件の後、昼食も夕食も口に出来なかったクラウディアのためにと、バスケットの中はローストビーフのサンドイッチ、ドライイチジクのクリームチーズ和え、季節のフルーツタルトと、夜食とはいえ、かなりしっかりめの内容となっている。
全てクラウディアの好物ばかりで、料理長の心尽くしであることが分かる。
更にバスケットの傍らにはハーフボトルのワインが添えられていた。
「それではゆっくりお休み下さい。」
急なことで塔に常駐するメイド、料理人、護衛騎士の手配までは出来なかったため、翌朝にまた来ると告げ、使用人たちはその場を辞した。
塔の一階にある扉に外から鍵をかけ、王城に戻る馬車の音が遠ざかると、残されたクラウディアに度を越した静寂が伸し掛かった。
『こんな風に全くの1人になるのは初めてね。』
外では常に護衛騎士が付き添い、家では侍女が身の回りの世話をし、幼少から1人になる時間などほぼ無かった。
寝支度を終えた後も、廊下からメイドの靴音や衣擦れが聞こえる環境で育ったクラウディアにとっては、この静けさは初めてと言っていい。
『本当に、嵐のような1日だったわ。』
式典のために早起きして湯浴みをし、身支度をしてエスコートしてくれるはずの婚約者の来訪を待った。
昼の式典のため、露出や化粧は控えめに。
けれど国を挙げてのパーティーに相応しく、華やかに。
繻子織の浅葱色のドレスには木々と花の刺繍が施されているが、その上から繊細なレースで覆ってわれているため、刺繍の柄はほんのりと浮かび上がるようになっている。
靴はドレスと同じ繻子で飾ったローヒールを選んだ(たとえ裸足でもユリシーズより高いのだが)。
そして最後に、父親から17歳の誕生祝いに贈られたエメラルドのブローチを胸元につけた。
長身と切れ長の目で、年よりも大人びた自分の容姿に合わせ、普段は落ち着いた、というよりは、かなり地味な衣装を選んでいた。しかし、今日の装いは自分としては精一杯甘めなコーディネートを選んだ。
それがユリシーズの好みだと思ったからだ。
(全部全部、無駄だったのね…。)
今日のお洒落も、王太子妃教育も、学園での努力も。
出発時刻のギリギリまで待ってもユリシーズは現れなかったため、クラウディアは急いで会場に1人で向かい、会場に到着するや否やで、あの事件だった。
平民から男爵の養女となったニィナのことは王立学園に入学する前から噂に聞いていた。
仔犬のように表情をクルクル変えて落ち着きが無いニィナは、貴族たちの中で明らかに異質なものとして浮いていた。最初のうちはユリシーズも「品がない。」とか「小猿のようだ。」とか言いながら、苦虫を噛み潰したような顔をして遠巻きにしていた。
しかし、いつの頃からか、「仕方がないな。」と、何くれとなく手を貸すようになった。
それがノブレスオブリージュの範囲を超えたのはいつの頃からだろうか。鼻にかかった甘ったるい声でニィナがユリシーズに囁く距離が近くなっていき、人目も憚らずに腕を絡ませるようになったのは。
「クラウディア様、お可哀想に…」
表向きにはクラウディアに同情していても、王太子の婚約者の座を狙っていた高位貴族の令嬢の態度には、憐憫よりは愉悦の色が滲んでいた。それ以外の貴族令嬢たちも、平民上がりの男爵令嬢よりは、自分の方が相応しいと、この下剋上に色めき立つ。
男子生徒は爵位に関わらず、自身の将来のために王太子に忖度する他は無い。
幼いときからの王太子妃教育で徹底された、感情を表に出さない訓練は、もはや体に染み付いた仮面となり、クラウディアの怒りや哀しみすらも綺麗に覆い隠してしまっていた。
婚約者からどんなに冷遇されても、無表情でやり過ごしているクラウディアには、同情よりも畏怖が集まり、どう接していいか分からないために、ただただ遠巻きにされた。
しかるに、クラウディアの孤独は必然の結果だったのである。
ご覧いただきありがとうございます!
完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。
お楽しみいただければ幸いです。




