第2話 涙なき退場
その瞬間、大広間の入り口の反対側、王族のみが出入りする豪奢な扉が開く。
式典開始の時間にはまだ半刻もあったが、誰かがこの騒ぎを知らせに走ったのだろう。常に無く慌てた様子でゼフィロス王国、国王エルドリックが足早に駆け寄ってきた。
「何をしている!」
「父上、ちょうど良いところに。実は今この女の罪を暴いていたところで…」
「なんだと?」
「クラウディアは身分を嵩に驕り高ぶり、周囲の者に対して高圧的な振る舞いをする女でした。その上、嫉妬のあまり、このか弱い女生徒を虐げていたのです。私は未来の王として、そのような所業を許すわけにいきませんでした。」
エルドリックがクラウディアに視線を移すと、臣下の礼を取った姿勢のままクラウディアは小さく首を振った。
エルドリックにとってクラウディアは息子の婚約者というだけでなく、姪という間柄でもある。幼少期からよく知るクラウディアが、ユリシーズの言うような人間だとはとても思えなかった。
エルドリックの戸惑いをよそに、台本を読むかのごとく、次の進行に進めるユリシーズは何の惑いもなく言い放った。
「各国の王侯貴族の集まるこの場は、私の決意を内外に表明するのにふさわしいと思います。」
「待て、ユリシーズ!」
王の制止をも振り切って、ユリシーズは高らかに宣言する。
「私は真実の愛を見つけて目が醒めたんだ。王太子ユリシーズの名において、公爵令嬢クラウディア・リーベルとの婚約を破棄する!」
「お…お前は…こんな場で…なんてことを…」
エルドリックはあまりのことに血圧が上がってしまったのか、荒く息継ぎをして、はくはくと口を開閉させるが、その先の言葉を継ぐことが出来ない。
内外の賓客にみっともない姿を見せて、国の隙を見せるわけにはいかない。早鐘を打つ胸を抑えたまま、エルドリックは傍らにいた宰相ラグナの耳元へ、二言三言囁いて足早に退出した。
式典の主を失った会場は、途端に水を打ったように静まり返る。後を頼まれた宰相により、式典の中止が告げられた。
スキャンダルが三度の飯より好きな貴族たちは、格好の見せ物に後ろ髪を引かれつつ、三々五々、会場を後にした。最後の参列者が退出後、優美な音楽を奏でていた楽団は、軽く会釈してその場を辞していく。
そして残されたのは宰相ラグナ、王太子ユリシーズ、ニィナ、そしてクラウディアの4名のみとなった。
国を挙げての豪華な式典で悪辣な令嬢を断罪し、婚約破棄。そして新しい婚約者の発表、沢山の人に拍手喝采で祝われる。
そう描いていた計画の通りに事が進まなかったユリシーズは、親ほども年の違う宰相に対しても不機嫌を隠さない。
「興が冷めた。この女の罪は明らかだが、裁きはまた場を改めよう。それまで逃げぬよう、地下牢にでも入れておけ。」
「…御意に。」
ラグナは眼鏡のブリッジを押し上げ、視線を伏せた。
(……愚か者が。この国を支える公爵家との絆を、一時の情欲で断ち切るとは)
彼が直面しているのは、ただの痴話喧嘩ではない。
貴族院との軋轢、そして王家の信頼失墜。ユリシーズが吐き捨てた言葉の一つ一つが、王国の未来を削り取る音に聞こえていた。
銀縁の眼鏡とオールバックの髪の間にある狭い額にはうっすらと青筋が立っている。しかし、老獪な宰相である彼は、流石のポーカーフェイスを維持しつつ、深々とお辞儀をした。
本来なら胸に置かれるべき右手が胃のあたりにあるところを見ると、ストレスで胃が悲鳴を上げているのかもしれない。
ニィナの腰に手を置いてエスコートしながら、王族専用の扉から出たユリシーズを見送った後、ラグナは深いため息を吐いた。
「クラウディア嬢、大丈夫ですか?」
あのような状況におかれてもなお、泣きも喚きもせずに、最後まで気品を保っていた目の前の令嬢には頭が下がる想いだ。
(それに比べて、あれが次代の王か…)
この国の行く末に対する暗澹たる想いで、今日の夕食は胃薬になりそうだ。
「ご安心ください。ユリシーズ様はああ仰っておられましたが、貴女のような高貴な方を、無下に扱うようなことは致しません。」
大した調査もしないままに貴族令嬢を地下牢に入れたとあっては、法の下での裁判が成立しない、蛮族の統治する国との誹りを免れないだろう。
ましてやあの様子では冤罪の可能性が高そうだ。
しかしながら、ユリシーズから拘束を命じられている以上は、このまま公爵家に帰すというわけにはいかない。
王城の一室に保護することも考えたが、王族気取りで王族の居住区へ繋がる扉に恥ずかしげも無く入ったあの阿婆擦れは、晴れて略奪愛を果たした今夜、堂々と王城に滞在するのは想像に難くない。
(婚約者が浮気相手と乳繰り合っているような場所で、安心して休めないだろう。)
切れ者と名高い宰相が、クラウディアを保護する場所として決めたのが、罪を犯した王族を幽閉するための塔だったとしても、誰も彼を責めることは出来ない。
現時点においては、最良ではなくとも最善の策のはずだった。
まさかあのような悲劇の舞台になるとは、誰にも予想し得なかったのだから。
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完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。
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