第1話 断罪と婚約破棄
「よくこのような場所に顔を出せたものだな!その厚顔無恥、吐き気がする!」
煌びやかなシャンデリアの下、花畑のように色とりどりのドレスが王城の大広間に咲き誇っている。百花繚乱の中、一際目立つ長身の少女に、一気に視線が集まった。
建国記念式典という国内外の王侯貴族を集めたパーティー。その中心で、衆目の中にも関わらず一方的に罵倒されているのだから当然だ。
普通の令嬢ならとうに気を失っているところだろう。しかし彼女は、王国随一の名門であるリーベル公爵家の令嬢に相応しい品格を保っている。
クラウディアは背筋を伸ばし、まっすぐに声の主を見つめながら問いかけた。
「…恐れながら、理由をお聞かせいただきたく」
小さくはあったが、声もまたいつも通りの静かなものだった。
このような非常事態においても少しも無表情を崩さないクラウディアに、当てが外れたのか少し怯む。しかし、感情の勢いのままに、王太子ユリシーズは栗色の巻毛を振り乱しながら、更に捲し立てた。
「わざわざ説明が必要か?こうなった理由は自分がよく分かっているはずだ!胸に手を当ててよく考えるがいい!」
マントを翻し、後ろに控えさせていた少女に視線を移す。
ユリシーズに促されて、おずおずと前へ出た男爵令嬢ニィナ。大きな瞳いっぱいに涙を溜めながら、王太子のフロックコートの端を指でつまみ、体を震わせていた。
太陽のように明るいオレンジブロンドをゆるやかに流し、リボンを主体とする愛らしいドレスを纏っている。16という年齢にしては幼いデザインだが、低い背丈と華奢な体の彼女には似合っていた。
更に、ニィナが浮かべた涙が、計算し尽くされた角度で頬を伝う。
ユリシーズはその涙の“偽り”を見抜く力すら持たず、ただ己の正義感という名の陶酔に浸っていた。
彼は、自分が守っているのが“か弱い乙女”ではなく、“悲劇のヒロインを演じる役者”であることに気づきもしない。
夢の王子というユリシーズの異名は、彼の華やかな容姿を表したものではない。ふわふわの巻毛以上に軽やかな頭の中を揶揄するものだった。
庇護欲を刺激されたユリシーズは一層、語気を強めて畳み掛ける。
「お前は公爵家の権力を笠にきて、学園での立場が弱い彼女を虐めていただろう。そのような悪辣な人間が国母になるなど、許されないことだ!」
曰く、ニィナを仲間外れにして悪評を広めた。
曰く、倉庫で教師から頼まれた作業をしているニィナを外から鍵をかけて閉じ込めた。
曰く、ニィナをつき飛ばし、怪我をさせた。
衆目の中、婚約者が別の女の肩を抱きながら、手にした書類から次々と罪状を読み上げる。
突きつけられた言葉は鋭い礫となってクラウディアの胸を打った。
読み上げられるたびに、周囲の貴族たちの視線が、憐憫から軽蔑へと色を変えていく。
その視線の針を、クラウディアは真っ向から受け止めていた。
クラウディアの心に吹き荒れる感情の嵐――羞恥、屈辱、哀しみ、怒り、絶望。
しかしクラウディアのビスクドールのようなきめ細やかな白磁の肌は朱にも蒼にも振れることなく、長い睫毛に縁取られた双眸も涙で濡れたりはしない。
ただ静かに、言うべきことを口にした。
「いずれも、見に覚えの無いことでございます」
答える唇が、わずかに震えそうになるのを奥歯で噛み殺す。
指先はドレスのドレープに隠れ、白くなるほど握りしめられていた。
彼女を支えているのは、もはやリーベル公爵家の名を汚してはならないという、悲痛なまでの矜持だけだった。
「この期に及んでまだそんなことを…!」
ユリシーズの声は、怒りに震えていた。
しかしその怒りは、真実を暴こうとする者のものではない。すでに結論を決めてしまった人間が、自らの正しさを誇示するための怒声だった。
大広間の空気が、ぴんと張り詰める。
楽師たちの奏でていた弦の音も、いつしか止んでいた。
数百人はいるはずの貴族たちが、誰一人として言葉を発しなかった。
社交界という狩場に突如として躍り出た手負いの獲物に、捕食者たちの口元が嗜虐で歪む。
――誰も、助けてはくれない。
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完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。
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