第45話 異星の宝具
旅の始め、石蕗とルネはクラウディアに対し、ぎこちない敬語で接していた。
しかし、その緊張は長くは持たなかった。
護衛であるはずのパーシヴァルの態度が、主従の枠を軽々と踏み越えていたからだ。
剣の稽古になれば師弟が逆転して怒声が飛び、休憩になれば距離感などあってないようなもの。それに釣られるようにして、二人の肩の力も抜けていった。
“クラウディア様”という呼び名は、いつしか鬼の里での愛称である“おクラちゃん”へと戻り、気づけば一行は、何年も共に旅をしてきた旧知の友人のような空気感を纏っていた。
そんな和やかな歩みの最中、クラウディアがふと思い出したように尋ねた。
「そういえばルネ様、あの『ゲート』の術は、いつどこで習得されたのですか?」
歩みを止めず、ルネはきょとんとした顔で振り返る。
「ああ、あれ? あれは術じゃないわよ」
彼は腰に下げた極彩色の巾着を指先で弾いた。
「この『宝具』を使えば、自分の知っている場所同士を繋ぐことができるの。ほら、これよ」
ルネの手のひらに載せられた、小さな装置。
「…………っ!?」
それは、この星に存在するはずのない物。
形。材質。表面の加工。微細な溝の配置。
――すべてが、記憶の中にあるものと同じだった。
偶然の一致で説明できるようなものではない。
クラウディアは恐る恐る口を開いた。
「……あの……近くで見せてもらってもいいかしら?」
「もちろん、どうぞ」
ルネは何の警戒もなく、ひょいとそれを手渡す。
クラウディアの指先が、その冷ややかな金属体に触れた瞬間、彼女の脳内でジャスパーが吠えた。
《デバイス認証……成功。宇宙船に搭載されていた短距離転移ユニットと同型機だ。なぜ、この未開惑星にこれが存在する!?》
クラウディアの手の中にあるそれは、まさしく転移ゲート発生装置だった。
数百キロメートル程度の比較的近い距離への移動を目的とした装置。
自分が持っていた装置は、不時着の際に船と共に壊れている。
つまり、これは以前にこの星を訪れた、あるいは墜落した同族がこの星に持ち込んだものということ。
クラウディアはゆっくり顔を上げた。
「……これを、どこで、手に入れたのですか?」
絞り出すようなクラウディアの問いに、ルネはあっけらかんと答えた。
「乙ちゃんに貰ったのよ」
「乙ちゃん?」
「石蕗みたいに、イアポニアで出来た友達なの。御伽話の乙姫様みたいに、儚げですんごく綺麗な子でねぇ。何度か絵を描かせてもらううちに、仲良くなったのよ」
ルネは前方の海岸線を指差した。
「もうすぐ海宮への入り口に着くわ。詳しいことは、本人に聞けばわかると思うわよ」
海宮まではあと1日の距離まで来ていた。ルネがふと、先触れの有無を確認した。
「海宮は古風なしきたりがうるさいから。正式な使者は送ったの?」
「俺がリァマを出るのと同時に、ソーニャが手紙を持って向かった。彼女なら、とっくに着いているはずだ」
「え、ソーニャが一人で!? 大丈夫なのですか?」
クラウディアの不安げな声に、パーシヴァルは落ち着いた口調で答えた。
「リァマから海宮までの道は危険が少ないらしい。海宮では色々決まりごとがあるらしいが、それも烏がレクチャーしていたから問題はないだろう」
パーシヴァルが挙げたルールは、奇妙な3カ条だった。
1. 案内人の言うことには必ず従うこと(生存権の委託)
2. こちらから「帰りたい」と言い出さないこと(意思の拘束)
3. 土産は必ずその場で開けて中を確認すること(因果の確定)
《このルール……まるで御伽話の『禁忌』そのものだが、論理的に見れば『精神干渉』のプロセスだ……特に2番目。帰りたくないと口にさせ、あるいは思わせることで、対象の存在をその空間に固定する。ソーニャのような生真面目なタイプは、搦め手に弱いからな》
烏ですら案内人なしでは近づけない聖域。もし相手に帰ることを拒まれれば、そのまま永遠に足止めを食らう可能性すらある。
「……ルネ様、急ぎましょう。嫌な予感がしますわ」
クラウディアの言葉に従い、ルネが装置を構えた。
微かな電子音と共に、空間が飴細工のように歪む。
ゲートとは、簡単に言えば空間を捻じ曲げて近道を作るものだ。
紙に点Aと点Bを書いたとする。距離は10センチ。だが紙を折り畳めば、2つの点は0センチで接触する。この原理を三次元空間に応用したもの。
それは、この星には存在しないはずの科学技術だった。
宇宙船のワープ航法のように光年単位の距離を移動するものではないため、必要なエネルギー量は比較的少ないが、使用には条件がある。
正確な座標。そして具体的で緻密なイメージ。
そのため、ジャスパーの一族のような特殊な記憶力が必要になる。
しかしルネは画家だ。異常な観察力と記憶力を持つ。
もし彼の手に渡っていなければ、この宝具はただのガラクタで終わっていただろう。
奇しくも使える人間の手に渡ったことで、本来の力を発揮した。
空間に円形の裂け目――ゲートが口を開く。
「行くわよ!」
ルネを先頭に、クラウディア、パーシヴァル、そして最後におそるおそる石蕗が飛び込んだ。
「……うお……」
一歩踏み出した先は、星空の洞窟。
発光生物が織りなすその光は酵素と酸素の化学反応によって生じている。
ルシフェリンとルシフェラーゼが織りなす、熱を伴わない冷たい光。反応に使われるエネルギーの90パーセントが光に変換されるという。
人間の技術では到底到達できない効率。自然というものは、時に人の技術を遥かに超える。
洞窟の下には海水が満ちており、一本の桟橋が伸びている。
どうやら一行は、その桟橋の入口に出たらしい。
「こっちよ」
ここには何度も来ているのだろう、ルネが迷いなく歩き出す。
桟橋を進み始めた、その時だった。
洞窟の奥から悲鳴が響く。
その声は、元アサシン、鉄の無表情を持つ侍女、ソーニャのものだった。




