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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第30話 烏と太陽


「これから新領主お披露目の招待状を妖たちに出そうと思っています。各界の(あやかし)の長に面通しをしておけば、万一、逢魔が辻(おうまがつじ)でどこかへ飛ばされたとしても、危害を加えられることなく、元の場所へと帰してもらえますので」


 イブリムは穏やかな声で言った。


 (あやかし)の世界には“仁義を切る”という文化があるらしい。

 初対面の際に一定の形式で挨拶(あいさつ)を交わすことで、相手に仲間として認識される。

 それによって無用な衝突(しょうとつ)を避ける――そういう理屈なのだろう。


 クラウディアは小さく首を傾げた。


「里の場所が分からないのに、どうやって手紙を送るのでしょう?」

(からす)を使います」

(からす)?」

「ええ。呼びにやったので、もうすぐ参りますよ」


 その時、背後から声がした。


「もう、とっくに来てるよ」


 全員が声の方へ振り向く。

 階段を降りる音も、扉が開く音もまったく聞こえなかったのに、いつの間にか、そこには少年が立っていた。

 年の頃は10歳ほどに見える。

 背はまだ低いが、体の線はしなやかで、無駄がない。

 頭には、飾りのような小さな帽子をちょこなんと乗せ、肩には結袈裟(ゆいげさ)を斜めにかけていた。

 一見すると、可愛らしい少年だ。

 白磁のように色味のない肌。夜明けの光のような金色の瞳。陽光をそのまま編み込んだような淡い黄金の髪はゆらゆらと光を放つ。

 それらは人間には存在しない色彩だった。


 そして――腕。


 手は人の形をしているが、前腕から肩にかけては、射干玉(ぬばたま)のように艶やかな黒い羽が生えている。

 光を吸い込むような、深い黒の羽が、少年の動きに合わせて静かに揺れている。


 そして足は完全に(からす)だった。

 黒い(うろこ)の脚と鋭い鉤爪(かぎづめ)


 天使のような美しさと、禍々(まがまが)しい異形。

 その矛盾が、奇妙な魅力を生んでいる。


 そんな聖魔(あわ)せ持つ少年が、じっと射抜くようにクラウディアを瞳に捉える。

 上から下まで値踏みするように視線を走らせた後、少しだけ首を傾げた。


「領主様だなんて言うから、おじさんが来ると思ってたんだけど。若くて可愛い女の子かぁ。いっがぁい!」


 イブリムが眉をひそめる。


(からす)、控えなさい。領主の御前ですよ」


 少年は露骨(ろこつ)に不機嫌そうな顔をした。


「やめてよ。僕は君の部下じゃないんだから、偉そうに言わないで」


 ぶつぶつ文句を言いつつも、少年は一歩前へ出てお辞儀をした。

 それは王都の貴族にも劣らぬ、完璧な所作だった。


「お初にお目にかかります。|八咫烏 鴨武角身命《やたからす かもたけつのみのみこと》と申します。」


 芝居がかった挨拶が終わると、わざとらしく一拍置いて、ニヤリと笑う。


「長いので、(からす)、とお呼びください」


「はじめ……まして」


 クラウディアは思わずそう返した。


 イブリムが静かに補足する。


(あやかし)たちは人間の身分制度には従いません。それぞれに与えられた使命に従います」


 (からす)は肩をすくめると、机の端に腰掛け、足をぶらぶらさせた。

 可愛らしい仕草の中で、鉤爪が鈍く光る。


「使命っていうより、習性かな。僕はその土地の支配者を案内して助ける役目がある。役目を果たすのが楽しいんだ」


 そこまで言って――唇がにぃぃっと歪む。


「でも、家来になったわけじゃないよ。手紙を届けてほしいなら、命令じゃなくて、可愛くお願いしてね?」


 おそらく見た目通りの年齢ではないのだろう。その表情は、とてもローティーンの子供がするものではなかった。

 一瞬たじろいだが、気圧(けお)されてなるものかと、妙な意地がクラウディアに()いた。


「貴方のことを疑うわけじゃないのだけれど……場所が分からない所に、どうやって届けるのかしら?」


 その気丈な問いに、(からす)は目を瞬かせ、そして楽しそうに笑う。

 そして机の上のガラスペンとグラス、砂糖壺を手に取った。


「隠れ里は別に異世界にあるわけじゃない。ただ、入り口に気づけないだけ。例えばさ」


 グラスに水を注ぎ、ペンを差し入れる。

 水面のところで、ガラスのペンが折れ曲がって見えた。


「水と空気では屈折率が違うから、こう見える」


 次に砂糖をすべてグラスへ入れ、ぐるぐるとかき混ぜる。


 やがて――水中のペンは、ほとんど見えなくなった。


「砂糖で水の屈折率をガラスに近づけると、水中のガラスは見えにくくなる。隠れ里も似たようなもの。そこにあるのに、光の情報が(ゆが)んで見えなくなる」


 そこに存在しないのではなく、“ただ見えていないだけ”。


《なるほど、錯視や光学迷彩を使って視覚を(だま)すのか。》


 ジャスパーの解析が、(からす)のデモンストレーションの核心を突く。


「月に(うさぎ)。太陽には(からす)


 古くから太陽には金烏(きんう)、月には玉兎(ぎょくと)が住むと言われている。

 太陽の黒点を象徴するものが(からす)なのだ。


「見るっていうのは、光の情報を解析すること。だから、光の眷属(けんぞく)である僕には、まやかしは効かない」


 唐突に、(からす)の体が淡い金色の光を放った。

 すべての嘘を暴く太陽。

 クラウディアは、その圧倒的な力の前に、(こうべ)を垂れるほかなかった。


「……お願いしますわ、(からす)。……この土地の“良き隣人”たちへ、招待状を届けて。」


 クラウディアの精一杯の“可愛いお願い”に、(からす)は満足げに、そして今度は少年らしい無邪気な笑顔を見せた。


「了解、お姫様!!」


 羽ばたくと同時に、黄金の光は霧散(むさん)し、彼は再び影へと溶け込んでいった。


ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

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