表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/112

第18話 卒業


 3月中旬――出会いと別れの季節。


 校門から校舎へと続く石畳の道は、淡い薄紅(うすべに)に染まる。卒業式に合わせるかのように、両脇に植えられたセリジエの樹が一斉に花を咲かせるのだ。

 小ぶりで繊細な花弁は、陽光を受けるとほのかに透け、風が吹けばすぐに雪のように舞い散る。満開である時間はあまりにも短い。だからこそ人は、咲き誇るその瞬間を(とうと)ぶ。

 王国の国花は鮮烈(せんれつ)な赤を誇るアネモネであるが、人々の心を(つか)んで離さないのは、この(はかな)いセリジエだった。


 学園の石畳を埋め尽くす薄紅(うすべに)絨毯(じゅうたん)の上を、クラウディアは一歩、また一歩と踏みしめて歩く。

 背筋を伸ばし、(あご)を引く。パーシヴァルとの特訓で身につけた体幹は、彼女の歩みを、神殿を往く巫女(みこ)のような神聖なものへと変えていた。


 本来3年で修了する王立学園を、彼女は2年で修了する。しかも卒業生代表のスピーチと答辞まで任された。

 それは本来、王族に無条件で与えられる栄誉である。


 異例中の異例だが、辞退などしない。

 もちろん、その方が面白いからだ。


 式当日、スピーチで壇上(だんじょう)から見下ろしたときのユリシーズとニィナの表情は期待通り。まさに“ぐぬぬ”という擬音(ぎおん)が似合うもので、大層(たいそう)愉快(ゆかい)な気分だった。


「……卒業生、代表。クラウディア・リーベル」


 答辞を読み上げるクラウディアの声は澄み渡り、それでいて広堂の隅々まで染みるような力強さがあった。

 学問への情熱、師への感謝。

 その言葉の端々(はしばし)に宿る知性と気品は、かつてユリシーズに着せられた悪女という汚名を、春の嵐が(ちり)を払うように消し去っていく。


 卒業証書と共に手渡されたのは、一束のブーケ。

 在校生が卒業生から花を一輪もらい、押し花にして身につけると、必ず再会できるという。

 ――永遠の友情を意味する、学園の慣習である。


「必ずお手紙を書きますわ。どうか私のこと、忘れないで下さいましね」


 校舎から校門まで、在校生が作る花道を通って卒業生が学園に別れを告げる。

 そこに(おど)り出るようにして現れた女生徒の一言で、(せき)を切ったようにクラウディアの周りに人垣ができた。在校生だけではなく、卒業生までもが群がる。リボンで結ばれたブーケは、あっという間に茎だけになった。

 花をもらえなかった令嬢達が泣き声の大合唱を始めたため、学園はやむなく前代未聞の特例を出した。


 ――クラウディアのみ、ブーケお代わり可。


 それでも騒ぎは収まらない。


 花を束ねていたリボンには“縁を結ぶ”というジンクスがある。数本のリボンを巡り、男子生徒が決闘寸前の騒ぎを起こした。

 さすがに学園側も頭を抱えて、クラウディアを花道から校舎内に移動させて保護し、卒業生を含む全ての学園生を強制的に帰宅させた。


   ◇


 生徒達が()けるのを、クラウディアは礼法の特別教室で待っていた。

 お茶会や晩餐会(ばんさんかい)の場を想定したそこは、学園の中でも特に絢爛(けんらん)な調度品が並ぶ。

 ただ高価な物を集めただけなら、ともすると下品な印象となる。しかし、この部屋を設えた人間の洗練されたセンスにより、そこは壮麗(そうれい)で統一された空間になっていた。


 花道で大勢の学園生に囲まれたために、長時間外にいたクラウディア。礼法の教師は、その冷えた体を温めるため、甘いミルクティーをティーカップに注いだ。


「ご卒業おめでとうございます、クラウディア様。貴女は、私の教師人生で一番熱心な生徒でしたわ」


 それは社交辞令ではない。

 貴族の子息子女が通う王立学園という特殊な環境では、家柄がそのまま権威(けんい)がとなる。そのため、教員に圧力をかける生徒は珍しくない。ユリシーズのように、権力を笠に着て成績操作を目論(もく)む者など、むしろ多数派と言えた。


 そんな30年の教員生活で、これほど真摯(しんし)に学び、そして教員へ敬意を向けた生徒はいなかった。

 厳格で有名な教師は感極まり、涙を(こぼ)しながら言った。


「貴女の努力と、身につけた知識は、きっと役に立ちます。必ず、必ず、幸せになるのですよ」


 その言葉を受け取ったとき、クラウディアはほんの一瞬、少女の顔になった。


   ◇


 (おごそ)かな儀式と波瀾(はらん)の幕切れを終え、屋敷へと向かう馬車の中、ジャスパーはクラウディアの脳へと(もぐ)った。

 目を閉じれば、そこには石畳の回廊が続いている。


 そこはクラウディアの意識の深層――記憶の宮殿。


 足音は乾いた音を立て、天井高く吊るされた燭台(しょくだい)が柔らかな光を落とす。光は決して強すぎず、影をきちんと残す。

 記憶というものが、常に明暗を(はら)む存在であることを、その空間はよく理解している。

 壁面には額縁が掛けられている。そこに収められているのは絵画ではない。

 幼い日の匂い、誰かの声の震え、紙をめくる指先の感触、血の気が引いた瞬間の冷たさ――それらが一枚一枚、丁寧に保存されている。


 人は空間を記憶する生き物だ。

 廊下の曲がり角、窓辺の椅子、階段の(きし)み。そこに情報を置けば、思い出すときは歩いて辿(たど)ればよい。

 だがそれは単なる記憶の収納術ではない。宮殿の設計は、その者の精神の設計図でもある。

 整然と左右対称に並ぶ列柱は理性の象徴。行き止まりの多い通路は、触れられたくない過去の名残(なごり)。地下深くへ続く螺旋階段(らせんかいだん)は、忘却(ぼうきゃく)という名の沈殿層(ちんでんそう)


 かつて、この場所は機能性だけを追求した、冷たい書庫だった。

 王太子妃教育の重圧、親愛のない家族、義務だけの勉強。並んでいるのは、(ほこり)を被った古い法典や、色のない地図ばかり。


 だが、今の宮殿は違った。


 ジャスパーが入り込むと、そこにはブーケの香りが(かす)かに漂い、窓からは暖かな春の光が差し込んでいる。

 壁に掛けられた新たな額縁。そこには、厳格な礼法教師が零した涙の一滴が、真珠のように輝きながら収められている。

 ジャスパーは、今日のすべての光景を、一冊の薄紅(セリジエ)色の本へと丁寧に製本していく。


 文字ではない。光、温度、誰かの指先が触れた感触、そして――「自分は愛されていた」という気づき。

 それらすべてを、体験として()じ込んでいく。


 かつては、ただ生き延びるために知識を詰め込んでいた棚に、今、鮮やかな色彩が宿り始めていた。

 一冊、また一冊。

 花束のように。


 これからもこの部屋は――けして色()せぬ思い出で満たされていくだろう。


ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ