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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第17話 剣の訓練


 リーベル公爵邸は王都でも指折りの大邸宅(だいていたく)で、広大な庭園を備えている。

 かつて優雅なティーパーティが開かれていたその場所は、今や軍隊の演習場へと姿を変えていた。

 公爵家の使用人たちが、遠巻きにハラハラと見守る中、そこにはドレスを脱ぎ捨て、動きやすさを重視した特注の訓練着に身を包んだクラウディアがいた。


   ◇


 イアポニアへ出発するまでの数ヶ月間、3人は公爵邸で過ごすこととなった。


 せっかくレジェンド級の軍人が家にいるのだから、とクラウディアはパーシヴァルに剣の教えを乞うた。

 当然ながらパーシヴァルは丁重(ていちょう)にお断りした。


「公爵令嬢のやることじゃないでしょう」


 貴族令嬢が剣を振るうなど聞いたことがない。ましてや相手は王都でも名の知れた名門公爵家の娘である。


 しかし、クラウディアはまったく(あきら)めなかった。朝食後に頼み、昼食後に頼み、夕食後にも頼み、翌朝また頼む。断られても笑顔で頼む。

 3日後には、パーシヴァルの精神力の方が限界を迎えた。


「……分かりました」


 当然、どうせすぐ根を上げるだろうと踏んで、とんでもない量のトレーニングプログラムを作った。

 まず庭園をランニングで10周。その後ウエイトトレーニング。それが終わって、ようやく剣の稽古(けいこ)に入れる、という流れ。

 普通の令嬢なら最初のランニングで倒れる。10周どころか1周も走れやしないだろう。パーシヴァルはそう確信していた。


 だが、その目論見(もくろみ)は見事に外れた。


 クラウディアは走った。ひたすら走った。どうやら今まで自己流でそれなりに(きた)えていたらしい。

 相手は本気だ。パーシヴァルの目の色が変わった。


 元将軍である彼は、いい加減なことをする男ではなかった。

 教えるなら、本気で教える。個人としての武だけでなく、部下を育てる才能もあった。多くの兵士を鍛え上げ、数々の死戦を生き抜かせてきた男だ。

 そして当然――鬼教官でもあった。


「休むな!走れ!」


 パーシヴァルの怒鳴り声が庭園と鼓膜(こまく)を震わせる。


「足を動かせ!体力が尽きたらすぐに死ぬぞ!」


 訓練中、主人への敬意などは、とっくにどこかお空の彼方(かなた)だ。


 だがクラウディアはむしろ嬉々(きき)として訓練をこなしていた。

 普通の令嬢ならショックで気絶するような罵声(ばせい)だが、軍人であったジャスパーにとっては聞き慣れたBGMに過ぎない。


 10周目、後少しでゴール、というところで、パーシヴァルの声が飛ぶ。


「ちんたら走るな。あと5周だ!」

「増えてませんか!?」

「気のせいだ!」


 全然気のせいではない。


 そのやり取りを、ユグドは庭園の壁際で腕を組んで見ていた。

 クラウディアが14周目あたりで足をもつれさせ、転びそうになる。

 その瞬間、背中の(えり)をつままれて、クラウディアは宙で止まった。ふわりと地面に足がつく。

 振り向くと、ユグドがいた。

 クラウディアの転倒を防いだユグドは何も言わず、また定位置の壁際に戻る。

 彼の正体を知るパーシヴァルは思わず笑みを浮かべた。


 走り終えたら、今度はウエイトトレーニング。腕立て、スクワット、さらに体幹。

 筋肉のつきにくいクラウディアの体質では、いくら鍛えたところで限界はある。しかし、ここまで食い下がる根性は、軍でもなかなか見所がある部類だった。


 そしてクラウディアは王立学園で常に首席で頭脳明晰(ずのうめいせき)のはずなのだが、なぜか脳筋(のうきん)気質だった。

 剣の稽古(けいこ)に入る頃には、クラウディアは息も絶え絶えだった。


 しかし、剣を握った瞬間――


「行きます!」


 目が輝いたかと思うと、いきなり突進してきた。

 しかしあえなく、カンッ、と木剣が弾き飛ばされ、クラウディアは尻もちをつく。


 パーシヴァルだから反応できたが、なかなかに鋭い攻撃だった。筋力こそ成人男性に及ばないが、最短距離を選ぶ判断力と、迷いのなさが異常だった。


 しかし――


「何で初っ端(しょっぱな)から突っ込んでくる!?自衛のための訓練だって言っただろう!」

「反撃できたらもっとカッコいいからです!」

「カッコよさで戦うな!」


 ユグドが壁際で腕を組んで見ている。笑っているのか、(かぶと)がわずかに震えている。

 パーシヴァルは頭を抱えた。


「……お前、本当に公爵令嬢か?」

「はい!」

「どう見ても山猿だ!」


 クラウディアは嬉しそうに立ち上がる。


()め言葉ですよね?!」

「違う!」


   ◇


 ある日の訓練の後の夕暮れの庭。

 芝生に大の字になって、クラウディアは空を見上げていた。汗で濡れたシャツが肌に張り付き、令嬢としての品格はどこへやら、野生動物のような呼吸を繰り返す。

 パーシヴァルが水筒を投げてよこすと、クラウディアはそれを受け取り、ごくごくと水を飲んだ。


「いい動きになってきたな」

「本当ですか?」

「ああ」


 パーシヴァルは少し考え、剣を肩に担いだ。


「ただし――死ぬほど無茶する癖がある」


 クラウディアは笑った。


「それは性格ですね」

「戦場じゃ死因だ」


 その言葉に、クラウディアの目が一瞬だけ変わった。深く。そして暗い色。まるで戦場を知っている者の目。

 しかしその色は、すぐ消えた。


(……気のせいか?)


 ほんの一瞬だけ、クラウディアが別の何かに見えた。


   ◇


 訓練後、庭園でピクニックがしたいと言ったクラウディア。

 しかし、季節は真冬。しかも、もう夕方とあって、風邪を引くからと家令が大反対。

 急遽(きゅうきょ)、ハイティーと呼ぶには豪華過ぎる軽食の準備が、温室に整えられた。


 ランタンの光が揺れるガラス張りの温室には、ティーテーブルとラタンのアンティークチェア。白いレースのテーブルクロスの上には、温室から庭師によって寄り抜かれた、今が見頃の花が飾られている。


 食用花とパプリカ、ベビーリーフの彩りサラダ。

 (たら)のポアレ。ラム肉シチューのパイ。

 ブランデーケーキ、温室の苺をふんだんに使用したフレジェ。


「訓練後の食事は格別ですわ!」


 爪の先まで、洗練された仕草。

 しかし貴族令嬢としてはあり得ない量の食べ物が、驚くべき速度で消えていく。圧巻である。

 しかも酒はウワバミ。同じペースで飲めば、うっかりこちらが先に潰れかねない。


 パーシヴァルはふと思い出した。

 昔、将軍だった頃、夜会でクラウディアを見かけたことがある。


 ()せた体。上質だが地味な色のドレスを着て壁の花になっている少女。

 踊るでもなく、食事を楽しむでもなく、迷子のようにただ虚空(こくう)を見つめる。

 (わず)かに口角を上げたまま固定された表情は、精巧なビスクドールと言われても疑わないほどだった。


 だが今は、泥だらけになって芝生に転がり、山のような食事をニコニコ平らげている。

 婚約破棄という、貴族令嬢にとっては死刑宣告に近い仕打ちを受けたはずなのに、今の方が、ずっと健康的で、ずっと幸せそうだ。


(いい顔で笑うようになった。こんなことで幸せを感じるなら、少々のお転婆(てんば)も……まあ、悪くない)


「ほんと、よく食うよな」


 年の離れた、やたら元気な妹ができたみたいだと、パーシヴァルは苦笑した。


 先ほど(いだ)いたはずの違和感はすでに消えていた。


ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

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