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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第15話 裏切りの代償


「きっと、泣き()らした顔で来るのよ。なんと哀れなこと……」

「本当に気の毒に。せめて声くらい掛けて、(なぐさ)めて差し上げないとね」


 王立学園の校門前。

 “(あわ)れな元婚約者”の最後を見物しようと、扇の陰で密やかな嘲笑(ちょうしょう)と偽りの同情を(ささや)き合う令嬢たち。

 しかし、彼女らの期待は、鋭い軍靴(ぐんか)の響きを思わせる足取りによって打ち砕かれた。


 そこに現れたのは、悲劇に沈み、世を(はかな)む令嬢などではなかったからだ。


 これまでのクラウディアは、長い黒髪を下ろし、その高すぎる身長を気にしてか、どこか猫背気味で影の薄い印象だった。

 しかし、今、彼女の背筋は定規を当てたかのようにまっすぐに伸び、その長い脚で石畳を軽やかに、かつ力強く踏みしめている。

 その(たたず)まいは、もはやトドメを刺されるのを待つ手負いの獲物ではない。群れを()べる、しなやかで猛々(たけだけ)しい黒豹(くろひょう)威風(いふう)だった。

 高く結い上げられた(つや)やかな黒髪から(のぞ)く、白磁のように滑らかなうなじ。好奇の視線を向ける観衆に対し、クラウディアは余裕のある微笑みを浮かべ、指先まで洗練された動作で優雅に会釈した。

 元々、造形そのものは完璧だったのだ。細身の長身に、冬の朝の空気のように凛とした透明感が加わった今の彼女は、暴力的なまでの美しさを放っている。

 その姿は、決して男性的というわけではない。それなのに、その堂々とした姿に見()れ、胸の高鳴りを抑えられない。その日、王立学園では静かに、しかし確実に“新しい扉”を開いてしまう乙女たちが後を絶たなかった。


 2年生であるクラウディアには、これまでの王太子妃教育として修めた学業の実績があり、特例としての飛び級の卒業が認められていた。

 つまり、彼女はこの3月で学園を去る。そして、遠い東の果て、イアポニアへと旅立つ。その事実が広まるにつれ、令嬢たちは焦り始めた。


「お、お姉様……とお呼びしてもよろしいでしょうかっ!」

 頬を林檎(りんご)のように染め、駆け寄る恥ずかしがり屋の下級生。


「もしよろしければ、ご一緒にランチを……」

 以前は距離を取っていた同級生も、勇気を振り(しぼ)って、誘いをかける。


「最高級の茶葉が手に入りましたの。ぜひ、私のお茶会にいらして?」

 上級生までもが、熾烈(しれつ)な“クラウディア争奪戦”に参戦していた。


 無論、男子生徒だって黙ってはいない。

 これまでは王太子の婚約者という絶対的な不可侵領域にいた高嶺(たかね)の花。だが今、その壁はユリシーズ自身の手で取り払われたのだ。

 “訳アリ”という言葉は、かえって男子たちの独占欲と守護欲に火をつけた。


「もしかして、俺にもチャンスがあるのでは?」

「いや、傷ついた彼女を支えられるのは私だけだ!」


 歪んだヒーロー願望と、単純な恋愛感情、そして大いなる勘違い。それらが入り混じった熱狂は、爵位の上下を問わず、婚約者未定の貴族子息たちを浮き足立たせた。


 しかし一方で、この熱狂を苦々しく見つめる者がいた。ユリシーズとニィナである。


「……なぜだ。なぜ誰も僕を、僕たちの『真実の愛』を賞賛(しょうさん)しない!」


 ユリシーズの悲鳴に近い叫びが(むな)しく響く。


 本来なら、自分たちが主役のはずだった。

 身分差を乗り越え、悪女を排して(つか)み取ったシンデレラストーリー。民衆が喝采(かっさい)し、花を投げるのは自分たちであるべきだったのに。


   ◇


 ユリシーズのおめでたい頭には到底理解できないことだが、人の心というものは、そう単純ではない。


 御多分(ごたぶん)()れず、いくら口止めをしたところで、人の口に戸は立てられない。

 事情聴取された護衛騎士から家族へ。家族から友人へ。そして使用人から平民へ。

 湖面に波紋(はもん)が広がるより早く、この事件の真相は王都中へ伝播していった。


「クラウディア様は、無実だった。それどころか、国の体面を守るため、自ら身を引いて僻地(へきち)へ去る道を選んだ。その姿は健気で、なんと哀れで、そして気高いことだろうか!」


 “悪辣(あくらつ)な王子と、卑しい女狐(めぎつね)に罪を被せられた美しき令嬢”


 この格好の題材を、吟遊詩人(ぎんゆうしじん)たちが放っておくはずがない。話は(またた)く間に流行歌の調べにのせて、子供たちまで口ずさむようになった。


 民衆が特権階級を悪く言うことは特段珍しいことではない。

 だが今回の話は、少し事情が違った。


 “愛人に追い落とされる正妻”


 この構図は、多くの貴族女性にとって決して他人事ではない。

 ユリシーズ狙いだった令嬢たちでさえ、クラウディアが王太子妃になること自体は既定路線として受け入れていた。

 側室となり、(ちょう)を競いながら贅沢(ぜいたく)に暮らすのに、地味で勤勉で有能なクラウディアが正妃であることは、むしろ好都合だったのだ。

 だが、その正妃がニィナに取って代わられたなると、話は全く変わってくる。

 平民上がりの女に頭を下げなければならない。教養も礼儀も足りない女の尻拭(しりぬぐ)いをさせられ、更には政務まで押し付けられるだろう。

 そこまで想像すれば、結論は簡単だった。


 ――ユリシーズは、もはや不良物件である。


 貴族の子息たちも、冷ややかな目で主君を見限っていた。

 幼い頃からの婚約者を裏切った挙句(あげく)、身に覚えのない罪を着せて、(おおやけ)の場で一方的に責め立てた。

 いくら忠誠を誓っても、些細(ささい)なきっかけで簡単に切り捨てられるだろう。そんな男に命を預けるのは、あまりにリスクが高い。

 ユリシーズの周囲からは、潮が引くように取り巻きたちが消えていった。


   ◇


 ただ遠巻きにするだけの学生達とは違い、大人はもっと苛烈(かれつ)だ。


 スキャンダル好きの貴婦人達にとって、今回の騒動は極上の(えさ)である。

 そこへ加わったのが、王妃のティアラの宝石盗難事件。


「聞きまして?野良犬は宝石まで食べるのですってよ」

「悪食とは思ってましたけど、まさか……ねぇえ?」

「ユリシーズ様が宝物庫からティアラを持ち出したのを、兵が見ているそうですわよ」

「しかも野良犬が城に泊まっていた日でしょう?」

「まあ、そんな状況で、犯人なんて……言わなくても、ほら、ね?」

「しかも、それを、塔に閉じ込められていたクラウディア様のせいにしようとしたそうよ。」

「まあぁ!なんて恐ろしいこと!」


 結局、スタールビーは見つからなかった。そのため、ユリシーズとニィナは“証拠不十分による限りなく黒に近い白”という扱いになったが、社交界の審判(しんぱん)は既に下っていた。

 権力を盾にして、国宝盗難すら曖昧(あいまい)に終わらせる。ならば他の罪など、推して知るべし。

 そう思われても仕方がない。


 結果――ニィナが貴族の茶会や夜会に招かれることは、二度となかった。

 政治は男、社交界は女。その両輪で国家は回る。

 王家に嫁ぐ女性が社交界を掌握(しょうあく)できないのは、致命的だった。



 一方で、計算高い貴族男性達は、さらに恐ろしいチェス盤を組み始めていた。


「王家は貴族の誇りを踏みにじった。ならば、正当な血筋と卓越(たくえつ)した才覚を持つクラウディア様こそが、真の玉座に相応しいのではないか?」


 自らの野心――クラウディアを自らの家系に取り込み、傀儡(くぐつ)の王を立てる――という欲望を、正義という美辞麗句(びじれいく)で包み込んで。


   ◇


 王家の権威(けんい)は地の底まで失墜(しっつい)し、政治は混迷を極め、民心は完全に離れた。

 公爵邸の窓の外、夕闇に沈みゆく王都を冷ややかに見下ろしながら、クラウディアは静かに唇を(ほころ)ばせた。


「ざまぁごらん遊ばせ?」


 胸の奥で、ジャスパーが愉快(ゆかい)そうに、そして醜悪(しゅうあく)に笑う。


《ザマァぁァァアwww 最高にメシがうめぇwww》


 王家の土台を根こそぎ揺るがし、国中を味方につけ、裏切り者を社会的に抹殺(まっさつ)する。


 すべては、この寄生生物が描いた完璧なシナリオ通りであった。


復讐がヌルいと思われましたらごめんなさい。

ざまぁはまだまだこれからです。

(プロローグ、エピローグ合わせて全112話)

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