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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第13話 そして幕は下りる


 ユリシーズの喉が、ヒュッ、と引き()った音を立てた。


 王太子の視界にすら入らない下級使用人。彼にとっては部屋の調度品と同程度の存在でしかない。

 人間扱いしていない彼らを、計算違いなどというレベルではなく、最初から考慮に入れてすらいなかったのだ。


 その後もクラウディアは、記載された罪状に対し、淡々とアリバイを示していく。

 ニィナに対して行ったとされる倉庫への監禁、執拗(しつよう)な嫌がらせ、暴言。

 そのすべてが、正確な日時と複数の証言によって、数学の証明を解くかのように完全に否定されていった。


 そして最後。

 報告書に後から(つたな)い筆跡で追記されていた、王妃のティアラに()められた宝石の盗難について。

 さすがにこれだけは想定外だったが、事件が起きたのは、クラウディアが既に塔に幽閉されていた期間の出来事であったため、弁明の必要すら生じなかった。


《まあ、これは本当に俺がやったんだけどな。……》


 流石(さすが)は国宝。非常に美味かった。

 ジャスパーの不敵な(つぶや)きは、クラウディアの脳内にしか届かない。

 この私的裁判のために王城に戻ったクラウディアは、花瓶の水の中で長らえていたジャスパーの末端組織を回収した。その際に、未消化分のスタールビーを非常食用に確保済みである。


 一方、表向きは悲劇を背負った美しき令嬢であるクラウディア。

 彼女は静かに護衛騎士たちへ向き直った。


「皆様、いつも私のような者のために、護衛をありがとうございます。騎士とは王国の剣であり、盾。そして弱きを助ける、民の規範(きはん)たる存在です」


 一人ずつ、射抜くような、それでいて(いつく)しむような眼差しで、ゆっくりと目を合わせる。


「その皆様にお(たず)ねします。騎士の7番目の誓いは何でしたか?」

「……王家への、厳格な服従です」


 先頭に立つ騎士が、声を絞り出すように答える。


「ただし――それは『神への義務と争わない限り』。そうではありませんか?」

「ええ……その通りです」


 クラウディアは、花が(ほころ)ぶように優雅に微笑んだ。


「では、神への義務とは何でしょう?」


 騎士たちは、誰一人として答えられなかった。

 少女の静かな声に対し、騎士たちは気圧されるように視線を泳がせる。


「倫理を守り、勇気と慈悲を持ち、誠実であること。それが神への義務だと、私は愚考しております」


 そして、凛とした声で静かに告げた。


「それでは神の御名(みな)において、お答えください。皆様は、私がこの報告書にあるような卑劣な罪を犯すところを、一度でも見聞きしたことがありましたか?」


 その問いは、静かな湖面に投げ込まれた岩のように、騎士たちの胸に激しい波紋を広げた。


 神への義務。それは権力への盲従(もうじゅう)よりも重い。

 彼らが剣を授かった瞬間の初心を(えぐ)る、騎士という生き方の根源を問う言葉だった。


 部屋に落ちる沈黙。そして――。


「……ありません!」


 一人の若き騎士が、叫ぶように答えた。

 それを皮切りに、次々と鋼の膝が石畳を激しく打った。


 クラウディアはニィナに近づくことすら避けていたこと。

 分刻みの厳しい教育スケジュールで、級友と雑談する(ひま)すらなかったこと。

 休日はすべて孤児院の慰問(いもん)などの奉仕活動に費やし、観劇や買い物にすら行かない慎ましい生活を送っていたこと。

 そして何より、これまで他者に対し、身分や財力を(かさ)に着た不遜(ふそん)な態度を取ったことは一度もなかったこと。


 次に彼らが口々に吐露(とろ)したのは、隠しようのない悔恨(かいこん)だった。


「クラウディア様の無実を知りながら……あの場で、声を出せませんでした」

「騎士の風上にもおけぬ、卑怯な振る舞いでした。本当に申し訳ありませんでした!」


 式典の日、自分たちの保身のために彼女が泥を塗られるのを黙って見ていた卑怯さ。

 対して、無実の罪で幽閉されてなお凛とし、末端の自分たちの名を呼び、敬意を払ってくれた彼女の高潔さ。


 ジャスパーは、彼らの脳内から(あふ)れ出す“罪悪感”という名の純度の高いエネルギーを、冷静に観測していた。


《……面白いな。この種族は、論理よりも情緒によって、はるかに高い出力を出す。この騎士たちは、今やクラウディアのために命を捨てる“狂信的な駒”へと書き換えられたな》


 計画が灰燼(かいじん)に帰したユリシーズは、顔を真っ赤にして王家に対する不忠者たちを睨みつけた。


「貴様ら……覚えておけ、後で必ず――」

「やめんか、ユリシーズ。見苦しいぞ」


 エルドリック王が低く制した。


 これ以上、騎士たちの反感を買うのは得策ではない。

 国を守る兵力――それがたとえ下級であっても、その感情は無視できない影響力を持つことを王は知っていた。


 そしてエルドリックは、被害を最小限にするため、事態の火消しに動いた。


「クラウディア、愚息がとんでもない失礼をしてしまった。王の名において、必ずや貴女の名誉を即座に回復すると約束しよう。公の場でユリシーズに謝罪させ、婚約破棄も撤回(てっかい)させようではないか」


 その言葉に、クラウディアの眉がぴくりと動いた。


《うわ、マジかよ。ウ●コ返してくんな!》


 ジャスパーの叫びは、クラウディアの唇を通じて、この世で最も悲劇的で美しい“身を引く覚悟”へと変換された。


「……ユリシーズ様のお心を繋ぎ止められなかった責は、私にございます」

「けしてそのようなことは……どうか、もう一度、考え直してはくれまいか」

「陛下が私にお心を砕いてくださったこと、恐れ多くも有り難いことと存じます。しかしながら、外国の王侯貴族も含めた多くの人の前で、ゼフィロス王国の次期国王ユリシーズ様の命として宣言されたことです。それを容易に撤回(てっかい)すれば、王家の威信(いしん)にも傷がつきましょう」


 伏せられた長い睫毛(まつげ)(かす)かに震える肩。

 その姿は、あまりにも完成された“悲劇のヒロイン”だった。

 浮気をされた上に冤罪(えんざい)をかけられたというのに、婚約者の不誠実を一言も(なじ)ることなく、静かに身を引く決心をつけた。

 そんなクラウディアの健気な姿を、騎士たちはもはや心酔した表情で見つめた。


「私一人が消えて解決するのなら、それが臣下として、当然の引き際と心得ます」

《脳みそチ●コ野郎なんざ、こっちから願い下げだ、ボケ!》


「しかしそれではあまりにも……陛下、せめて彼女のこの高潔な忠義と、深い傷心に報いることはできませんか」


 事の始まりからクラウディアに同情しきりであった宰相ラグナが、図らずもクラウディアの企みにアシストをする発言をした。


 婚約破棄のみならず、公の場で名誉を汚され、罵倒(ばとう)までされたクラウディアには、十分な慰謝料を渡さなければならない、というのは当然のことである。

 とはいえ、国庫から多額の金銭を捻出(ねんしゅつ)して渡せば、たとえ真相が伏せられたとしても、人々からは「王家が金で不祥事をもみ消した」と受け取られかねない。

 かと言って、あまりに少額では、クラウディアの気が変わる恐れもある。


 これは難しい話だ、とエルドリックが思案に暮れたその時――クラウディアが、静かに口を開いた。


「それでは恐れながら……王領イアポニアを(たまわ)れますでしょうか」


 王領イアポニア。


 王国の東の最果て、荒波に突き出した半島。

 かつては凶悪犯の流刑地(るけいち)として使われた陸の孤島である。

 切り立った険しい山々からは炎が上がり、魔界から絶え間なく湧き出している瘴気(しょうき)が音もなく人の命を奪うという。

 人が住める場所がほぼ無いため、あらゆる税が免除されている土地。

 なんの褒賞(ほうしょう)にもならないが(ゆえ)に王領として残っただけの――捨て地。


 それが、彼女が選んだ新天地、イアポニアだった。


ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

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