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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第112話 操縦の部屋


「というわけで、お祝いパーティー、いたしませんこと?」


 政務を終えて眠りにつくや否や、記憶の宮殿に引き摺り込まれたジャスパー。


《は? 何が「というわけで」で、パーティ?》


 そんなジャスパーの困惑をよそに、12才くらいの姿に成長したクラウディアがモジモジと頬を染めながら、会の趣旨を宣言した。


「ほら、その、色々落ち着いたし、貴方とあんまりちゃんとお話しする時間がなかったから……ね、いいでしょ?」


 透明な粘液状のジャスパーを掬い上げたかと思うと、ズンズンと回廊を進む。

 どうやら参加以外の選択肢は無いようだと、ジャスパーは早々に諦めた。


 記憶の宮殿には、またしても見慣れぬ部屋が出現していた。

 扉の向こうに広がるのは、壮麗な王国式でもなく、自然美溢れるイアポニア式でもない。

 真っ白な無機質の空間に、海宮(わだつのみや)の大きな大理石のテーブルが鎮座し、その上には乗り切らないほどの皿。

 王都の名店が出す渾身の一皿、イアポニアの朝定食、色とりどりの海産物、鹿肉のグリル、そして王城のアフタヌーンティーセットに、先日パーシヴァルと食べたピクニックバスケット。

 チグハグなメニューは、夢の中の辻褄の合わなさに良く似ていた。


「今まで食べた中でも、特に美味しかったものを再現したの。見た目も香りも味も食感も温度も完璧なはずよ。さあ、お好きなだけ召し上がって!」


 記憶の宮殿––––紀元前556年、古代ギリシャで生まれたシモニデスにより提唱された、記憶能力を向上させるための記憶術。

 脳内で馴染みのある環境を具体的にイメージすることで、情報を記憶・整理し、長期記憶へと変換する手法だ。

 しかしクラウディアのそれは全く異次元。

 異星人ジャスパーの寄生により、クラウディアの脳ネットワークの接続性は飛躍的な進化を遂げた。

 通常であれば脳を素通りするような些細な情報、例えば焦点を合わせていなかった視界の片隅まで正確に記憶される。

 視覚だけでなく、嗅覚や味覚など、五感で得たものは全て。

 更にインプットするだけでなく、それをアウトプットすることが可能というわけだ。

 会いたい人間、見たい風景、食べたいもの。

 この宮殿の中なら思うがままに再現できるらしい。


「ねぇ、この部屋、懐かしいでしょう? 貴方の星の意匠なのよね?」


 母艦の一室。

 懐かしくはある。

 だが、あまり良い思い出ともいえない。

 星間戦争で母星が破壊され、一族が植民星(コロニー)へ逃げ延びるための時間稼ぎ。

 この場所で殿(しんがり)を命じられた自分は、「死ね」と言われたに等しい。

 仲間のために身を挺するなどという、死の美学を持たない種族にとって、犬死にの下等兵に名誉など無い。

 ただ無意に存在が消える。

 それだけだ。


「なんで、こんな部屋で……この星にはもっと……」

 

 ジャスパーはもっと綺麗な風景があっただろうと言いかけて、止めた。

 母星とは似ても似つかぬこの星に、いつの間にか強い愛着を持っていたことに、ジャスパーは戸惑った。


「こういうシンプルなのもカッコいいって思ってたのだけど、言われてみれば、確かに寒々しい部屋よね。でも、貴方が私の体に入ってきて、それから私、ずっとここにいたから、もう慣れちゃった」


 ふふっと、思い出し笑いを浮かべ、クラウディアは続ける。


「目が覚めて、意識がだんだんはっきりして、貴方の存在に気づいた。でも貴方は私に気付かなかった。あの座席で、必死に私の体を操縦しようとしていたから」


 部屋の隅にあるコクピットを指差す。

 宇宙船を動かす要領で彼女の体を操作しようと奮闘するジャスパー。

 その姿を、後ろでしばらく見守っていたクラウディアだったが、見るに見かねて手を出すことにしたらしい。


「だって貴方って、ものすごく運転が下手なんですもの! だから私が手を添えて、手伝ってあげてたのよ? なのに貴方は全然こっちを見なかったの」


 ほんと失礼しちゃうわよね、とプリプリ怒るクラウディア。

 本来の彼女は、この年には貴族然とした淑やかなレディだったはずだが、目の前のクラウディアは子供らしい我儘さでジャスパーを振り回す。


「さあ、始めましょう! 私、お腹空いちゃった」

 

 クラウディアに促されて着席したジャスパーは、勧められるままに食べる。

 出された料理はどれも素晴らしかった。

 熱いものは熱いまま、冷たいものは冷たいまま、この空間では存在を続ける。

 皿が空になると、別の料理が湧き出てくる。

 食欲旺盛なクラウディアはそれらを次から次へと平らげていった。


 ジャスパーが出会ったときのクラウディアは痩せぎすだったが、元は食べることが大好きだったのだろう。

 それなのに、ユリシーズに釣り合わない高身長を気にして控えていた。

 成長を止めるどころか、あのままでは命が危うかっただろう。


「なあ、そんなに、あんなクソ男が好きだったのか?」


 ジャスパーの唐突な質問に、クラウディアが咀嚼を止めた。

 その顔からは何の感情も読み取れない。


「あんなクソ男って?」

「ユリシーズだよ」


 クラウディアはますます意味が分からないという顔をした。


「ユリシーズ……って、誰?」

 

 クラウディアはトボけている風では無い。

 いや、そんなまさか……。


「元王太子だよ! お前の婚約者だった」

「ああ、彼の方はそんな名前だったかしら? いやぁね。ほとんどお会いしたことが無いから、すっかり忘れてしまっていたわ」


 兄妹のように幼少期から共に過ごしてきた婚約者。

 あらぬ罪を着せられ、公衆の面前で罵倒された。

 普通の人間の脳でも、こんな強烈な記憶を忘れるはずがないのに、この高次元の脳を持つ彼女が、忘れた……?


 嫌な記憶を深層へ移動させるのは分かる。

 しかし秘密基地。一緒に食べたクッキーの味。

 ユリシーズとの間にあったはずの、悪くなかった記憶までが、すっかり宮殿から取り払われてしまっていた。


「……そう、か……。いや、今の言葉は忘れてくれ……」


 人間の心の機微に疎いジャスパーでも、この不可思議な現象の理由が分かった。


 あの時、クラウディアが死のうとしたのは、ユリシーズにワインの好みひとつ覚えられていなかったという、無関心に絶望したからだ。

 実際はエルドリックの犯行だったわけだが、それをきっかけに噴出した彼女の怒りや哀しみは、それでもマグマのように湧き出し続けた。

 ジャスパーがユリシーズの下劣な企みを一蹴しても、イアポニアで幸せな時を過ごしていた時も、ユリシーズが死んだ後も、ずっと、ずっと。


 人は2度死ぬという。

 1度目は肉体が滅びた時。

 そして2度目は人の記憶から消えた時。

 クラウディアの選んだ復讐は、忘却。

 凍てつく炎で、ユリシーズに関する記憶の全てを焼き尽くし、完全な死を与えたのだ。

 

《ああ、本当に、なんて苛烈な女だ》


 憎しみの強さは、愛情の深さに反比例する。

 クラウディアはユリシーズを心の底から愛していたのだ。

 優しい兄のようだったユリシーズが醜く腐った性根になっても、浮気されても、変わらずに。


「新しい婚約者を探せって、ラグナが言うの。でも、私ね、結婚はしないと思う。だってこの国が私の子供なんですもの」

「ああ」

「後継者も、血筋じゃなく、能力や人柄で決めればいいし」


 宮殿の中のクラウディアは子供の姿をしている。

 もう2度と裏切られたくなくて、心の成長を止めているのだろう。

 身長を止めるために栄養失調になったときと同じように。


「そうだな、賛成だ」


 思えば、クラウディアとの出会いは偶然ではなかったのかもしれない。

 この広い宇宙の中、絶望的なまでに孤独だった2人が、まるで磁石のように強く引き寄せられたのだと、ジャスパーは柄にもなくロマンチックなことを考えた。


「お前がこれからどんな選択をしても、俺はお前のそばに居るから」


 今は届くことはない言葉。


 しかしやがて心の傷が癒える時が来るはずだ。

 自分とは違い、人間は忘却を許された生き物なのだから。

 いつか、この不可思議な女が、再び誰かを愛せるようになる日が来るまで。

 ジャスパーはこの孤独に寄り添うことに決めた。


 その時までこうやって宇宙の片隅でふたりぼっちのままで。

ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

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