エピローグ
ゼフィロス王国史において、一つの分岐点となったあの日から、一年が経過した。
今、同じ空の下で、王都は熱狂の渦の中にあった。
旗が翻り、街路は花で飾られている。
パン屋の前では子供たちが無料で振舞われる甘い焼き菓子を頬張り、酒場の樽は朝から開け放たれていた。
王城の門は特別に開かれ、城内の庭園や中庭には各地から集まった民衆が溢れた。
当時の記録によれば、王都の人口の3倍近い人々が集まったとも言われている。
商人、農民、騎士、職人、そして妖まで、種族や身分を越えて同じ広場に立ったことは、それ以前の王国ではほとんど例のない出来事であった。
国の隅々に彼女の声を届けられるように木霊が配置され、王城のバルコニーから発せられる言葉を、街路の端まで澄んだ声で響かせる。
それでも王城につめかけた彼らの目的はただ一つ。
新たに王位に就いた彼女の姿を、その目で見ることであった。
先王に連なる尊き血を持つにも関わらず、自ら剣を取り、妖を率いて戦った救国の乙女。
この時、彼女はまだ10代の若さであったが、当日の記録に残された証言の多くは、彼女を「少女」とは表現していない。
威厳に満ちたその眼差しは、遠く先まで見通す王のものだったからだ。
当日の演説の全文は現在も王立図書館に保存されているが、特に広く引用されるのは次のシーンである。
◇
クラウディアが一歩前に出ると、広場のざわめきが、まるで潮が引くように静まった。
王城のベランダに立つのは風に揺れる射干玉の髪。
ボルドー色のマントが背後に流れ、胸には王家の紋章が輝いている。
そうして彼女は徐に声を上げた。
「偉大なるゼフィロス王国民よ! 昨年の死者の日に襲った悲劇を、私達は永劫に忘れないでしょう」
人々の顔に、惨たらしい記憶がよぎる。
あの夜、空は炎で赤く染まり、王都には悲鳴と剣戟の音が満ちていた。
「この短い期間に、親を、子供を、恋人を、家を、たくさんの大事なものが失われました。しかしこの未曾有の惨事にも、我々は多くの偉大な任務を成し遂げました」
クラウディアは胸を張り、広場を見渡す。
「国民は種族を超えた団結を通じて、この困難を克服することができたのです!」
その言葉に、妖たちが誇らしげに胸を叩き、人間の兵士たちが力強く頷いた。
彼女は続ける。
「私は女性です。か弱きこの身ですが、私の心臓には、この国を打ち立てた英雄王の熱い血が流れています」
その声は、驚くほど揺るがなかった。
「私は、この王国の国境を侵略するようなことは決して許しません。海で、空で、大地で。たとえ、この国の大部分が征服されても、決して降伏しない」
感極まった群衆が「女王陛下万歳!」と叫ぶ。
その声は瞬く間に広がった。
「国の宝である民を守るために、私自身が武器を取り、やり遂げます」
彼女はゆっくりと息を吸い、そして穏やかな声で締めくくった。
「私は、我が国民の優れた人間性を、勤勉さを、知性を、芸術への愛を、他者への寛容さを信じています。偉大なるゼフィロス国民の1人として、私はこの喜ばしい日を迎えられたことに深い喜びを感じます。これから1000年も、この日を平和と繁栄の日として祝うことができるよう、国民一人一人が自らの義務と寛容と愛情を尽くすよう、心から願っています」
一瞬の静寂の後、王都が揺れるほどの歓声が上がった。
花が投げられ、旗が振られ、鐘が鳴る。
人々は涙を流しながら笑っていた。
◇
現在のゼフィロス王国の法では、女性は王位、爵位、家門、財産を継ぐことが出来ない。
王位継承権を持つ人間がいなかったため、クラウディアが男児を産むまでの経過措置として、仮初の王になったに過ぎない。
ゆえに、この時の法文書に、その身分は「摂政王」と記録されている。
しかし王城の高いバルコニーに立つ少女を、人々は真の王と認めていた。
農夫も、職人も、兵士も、貴族も、妖も。
その瞬間、誰もがまだ知らなかった。
この若き王の治世が、後に王国史上もっとも長く、最も豊かな時代の始まりになることを。
農地改革。
義務教育の導入。
ダイヤモンドシンジケートの設立。
街道の整備、治水、上下水道の整備。
そして王も、貴族も、平民も、男女の別なく、平等に家督や財産を相続出来るよう、王国法を改正した。
後世の歴史家は、この日をこう記している。
――ゼフィロス栄光の日と。
そうしてクラウディアが仮初ではなく本物の女王となり、苦楽を共にした王配と仲睦まじく手を取り合いながら、その治世の王国が栄華を極めるのは――
また、別のお話――
初めての投稿でしたが、おかげさまで最後まで走り切ることができました。
読んでいただいた方、ありがとうございました!




