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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第101話 太陽の公子と月の公子


 夜の砂漠は、絶対的な静寂に支配されている。

 昼間の灼熱が嘘のように冷え込み、銀の月光が白い砂丘を淡く、幻想的に照らし出す。


 王都の夜は、そんなセイルの故郷とは似ても似つかぬ湿り気を帯びていたが、今夜の月はやけに明るく、彼の眼を冴え渡らせていた。

 目を閉じても一向に訪れぬ睡魔に焦れたセイルは夜の庭園へと踏み出した。


 王城の中庭――昨日、クラウディアと対峙(たいじ)したガゼボの近くを歩く。

 低木の配置から噴水の水音、月光までが計算され尽されたような庭園は、夜の闇の中でも芳醇(ほうじゅん)な花の香を漂わせていた。


「城の庭師は、相当な腕前らしいな」

「……左様で」


 隣から、ひどく眠そうな、それでいて諦念(ていねん)の混じった声が返る。

 ナイジェルである。

 寝巻きのまま、半ば引きずり出される形で主君の夜の散歩に付き合わされていた。


「この中庭はいい。同じ道を歩いているのに、景色が移ろい、飽きることがない」

「はあ、仰る通りで……」(頼むから寝かせてくれ……)


 ナイジェルは必死にあくびを噛み殺した。

 戦後処理の会談とパーティーをこなし、明日には早々と大公国へ帰らなければならない。

 船と砂漠越えの長旅を前に、少しでも体力を回復させておきたかった。

 しかしセイルはぐるぐると同じ場所を徘徊(はいかい)し、一向に部屋へ戻る様子を見せない。


 公子と呼ばれていた頃からの腐れ縁。

 長年の付き合いのナイジェルは、セイルがこういう行動を取るときは何か考え事をしているということをよく知っていた。


「今、何をお考えなのですか?」


 兎にも角にも早く寝たいナイジェルが仕方なく問いかけると、セイルは切なげに月を見上げたまま答えた。


「砂漠に咲く、薔薇のことを…」


 ナイジェルの背筋に、氷柱が突き刺さるような戦慄(せんりつ)が走った。


(やっぱりだ……。もう、嫌な予感しかしない)


   ◇


 ナイジェルは回想する。


 昨日の会談、彼は心の中で何度絶叫したことか。


 この国で最も貴い血を持つ女性――クラウディア。

 世間知らずのお姫様相手の会談だ。

 舐めていなかったと言えば嘘になるだろう。

 生首に動じなかったことで、意外にも肝が座っていることは分かった。

 それでも謀略に長けた砂漠の民を出し抜くことなど、万に一つもあり得ないと、ナイジェルは(たか)(くく)っていたのだ。


 しかし、それは間違いだった。

 彼女はダイヤモンドシンジケートなどという荒唐無稽な構想を、圧倒的な技術力とブランディング戦略で、実現可能なものとして説得してみせた。

 (からす)という異形の使い魔を操り、セイルの正体を一瞬で見破ったかと思えば、大公国の最高機密事項をさも「知っていて当然」という顔で突きつける。


(どんなお姫様だよ!!)


 あれは人間ではない。

 美貌という名の皮を被った、政治の化け物だ。


   ◇


 底知れぬ相手に感じる本能的な恐怖。

 だが、隣で歩く主君は、今まで見たこともないほど楽しそうに笑っているではないか。


(あー、終わった……)


 セイルは、こういう相手が好きだ。

 剣でも、政治でも、恋でも。

 自分を脅かし、蹂躙(じゅうりん)するほどの強者を求めている。


 つまり“砂漠に咲く薔薇”とは、クラウディアのことだろう。


(――早くこの国を出なければ。セイル様が本気になる前に……!)


 しかし、そんなナイジェルの祈りは、非情にも打ち砕かれることになる。


 血筋と才知に恵まれているにも関わらず、セイルは大公という地位には興味がなく、いつもどこか退屈そうだった。

 そんなセイルがいつに無く引き締まった表情で言った。


「ナイジェル。俺は国を取るぞ」

「……はい?」


 話が飛びすぎて理解が追いつかない。

 だが、権力に対してずっと無欲だったセイルがやる気になったのは、陣営としては大変喜ばしいことだ。

 ナイジェルはすっと姿勢を正し、決意を固めた主君に向き直った。


「ええ。貴方こそが、大公に相応しい」


 それはまごうかたなき本心だった。


 自分は大公になれる人間ではない。

 母親は平民出身で、庇護者もいない。

 そもそもそんな器でもない。

 ないない尽くしの自分は、後継者争いに巻き込まれて死ぬくらいなら、優れた主君に仕えて長生きする方がいい。

 10歳で臣下として生き残る道を選んだ自分は、我ながら達観した子供だったと思う。

 そんな子供の目からもセイルの放つ王者の気質は別次元だった。


 好色王の子は多い。

 だが、その中でこれほどのカリスマを持つ者はいない。

 食糧の自給もままならない砂漠の国。外貨獲得は資源頼り。

 経済が低迷し、国政が安定しない現状を打破し、民心まとめ上げるには、太陽のように光り輝く絶対的な存在が必要不可欠なのだ。


 幸いにもと言っていいのか、有力候補だった第一公子と第四公子が自爆してくれた。

 更には王国が賠償金の放棄という戦後処理交渉の成功、更にはダイヤモンド利権という、お土産まで用意してくれている。

 何より、セイル自身がこうしてやる気になっているのだ。

 もはや神のお導きとしか思えない好機。

 ここで一気に攻勢に転じようではないか!


「国に戻ったら、やることは山積みですよ」


 ナイジェルの弾んだ声に呼応して、セイルはこくりと頷く。

 それは今まで見た事が無かった、真剣な顔だった。


「国に戻り次第、俺が太公に即位し、この混乱を鎮める」


 いい…ッ!

 ナイジェルは心の中でガッツポーズを決める。


「そして、ダイヤモンドを高く売った資金で、資源が枯渇した後も持続可能な、新しい産業を起こす。もう二度と、民を飢えさせたりはしない」


 いいぞぉ……怖いくらいに完璧だ。

 幼少期よりセイルに心酔し、忠実に仕えてきたナイジェルの胸が熱くなる。


 だが――次の言葉で、すべて崩れた。


「国の基盤が落ち着き次第、俺は大公をやめるから。ナイジェル、あとはよろしくな」


 先程まで明るい未来予想に浮き立っていた、ナイジェルの思考が止まる。


(……ぇ……? き、聞き間違い、だよ、な? な?)


 ナイジェルの願いも虚しく、セイルは続けた。


「長く安定した政治をするには、お前のような真面目な者が最適だ」


 聞き間違いじゃなかったことに愕然と立ち尽くすナイジェル。


(まて……落ち着け……まずは真意を確認するんだ……)


 国内の問題を解決したらすぐに自分に地位を譲ろうとする理由。

 内容次第では、セイルを引き留めることが出来るかもしれない。

 ナイジェルは恐る恐る聞いた。


「セイル様……あの、辞めて……その後は、どうされるのですか?」


 当然の疑問だ。

 しかしセイルは何故そんなことを聞くのか分からないといった顔で言い放った。


「どうするって、もちろんクラウディアに婿入りするつもりだが?」

「……は……はぁああああああああ?」


 静かな夜の庭園に、ナイジェルの魂の叫びが響き渡る。


「クラウディアは間違いなく、この国の女王になるだろう。彼女を大公国に連れて帰ることはできない」


 腹心の部下の動転を意に介することなく、セイルは真顔のまま続けた。


「砂漠で薔薇を咲かせられないなら、俺が薔薇園に住めばいい」

「いや、勝手にそんな……。確かに彼女は独身です。婚約者も現在はいないと聞いています。ですが、恋人くらいいるでしょう!ほら、今日も側に控えてたイケメン近衛騎士とか!」


 立板に水の営業トークを繰り出す破天荒な姫を、傍らで見守るあの姿。

 あの慈愛に満ちた瞳は、ただならぬ関係と見た。


 恋人がいればセイルも諦めるだろうと踏んだナイジェルが早口で(まく)し立てる。

 妖艶な見た目とは裏腹に、いたって素直な男であるセイルは、部下の言葉に頷いた。


「なるほど。あれほどの女だ。男がいないほうが不自然だな」

「でしょう!? なら、潔く諦め」


 そう、国に戻れば数多の花がセイルを待っている。

 この際、「やはり好色王の息子か」などの誹りを受けてもいいから、国中の美女を集めたハレムを作らせて――


「それなら、俺は側室でいい」

「……は……?」


 再びナイジェルの動きが止まる。


「主人のお渡りをただ静かに待つ、控えめで健気で……」


 ちょっ、え、ッ、まっ、え――


「そんな可愛い側室に、俺はなる!!」


 どこぞの海賊王のような倒置法で、魔性の男が高らかに宣言する。


「たくさんお渡りいただけるように、性技も磨かねばな。帰る前に街で春本をたくさん買って帰るぞ」


 ナイジェルの頭の中で、完璧な人生計画が崩壊していく。


 大公となったセイルを臣下として支えて。

 落ち着いたら可愛いお嫁さんもらって。

 少し早めに引退して。

 田舎でスローライフ。


 ――それが今、全部、吹き飛んだ。


「そういうわけだから、お互い頑張ろうな」


 迷いの無い顔で微笑みを浮かべるセイルは、夜目にもかかわらずこれまでで一番輝いて見えた。


(いぃやぁああああああああああああああああああ!!!)


   ◇


 翌朝、城門の前で、ナイジェルはげっそりとやつれていた。

 一睡もできなかったのであろう。

 目の下には死人のような(くま)

 もはや魂が半分以上、抜けている。


 見送りに来た宰相ラグナは、その顔を見た瞬間、すべてを悟った。

 暴れ馬のような主人を持つ者同士、言葉を超えた共鳴がそこにあった。


 ラグナは無言で、胸元から小さな銀の小瓶を取り出し、差し出した。


「……胃薬だ。よく効く」


 ナイジェルは震える手でそれを受け取った。


「……かたじけない……」


 こうして、国境を超えた苦労人たちの心の交流が、ひっそりと始まった。


 なお、セイルが「この棚の本(闇本)を全部くれ」などという大人買いをしたせいで、春本に多数混入してしまった薔薇本(BL)や百合本(GL)。

 それがやがて好色王のハレムをも平和へと導いていくことは、まだここにいる誰も知らない。


ご覧いただきありがとうございます!

完結まで書き溜めておりますので、順々に投下していきます。

お楽しみいただければ幸いです。

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