第六九話 部員の品格
「わぁ、学園にこんな素敵な場所があるんですね」
「でしょうでしょう!」
「こんなおしゃれな場所で部活動なんて漫画みたい! いいなぁ、風情があって」
「でしょう! でしょう!」
「学園で困っている人を助ける、いわば人の救済。なんて素晴らしい心がけなのでしょう!」
放課後、裏切り者の志保は早速転入生を部室がある旧校舎へと連れてきた。まだ一日も経っていないのに転入生と志保は意気投合。小洒落た部室に入るや否や、転入生は感動の勢い余って志保の両手を包み、ぶんぶんと大きく上下に振った。
「うぅ、こんなに感激してくれる人、初めてだよぉ。私の周りは薄情な人ばかりだから」
「薄情言うな」
「ぜひっ! ボクもお力になります」
「うぅ、うぅ、こういうのを奇跡っていうのかな。生きててよかった」
「んな大袈裟な」
志保は感動余って涙を流している。思えばわたしが誘拐から帰ってきた時に泣いてくれたような。結構涙もろい性格なのだろうか。ん、でもまて。わたしがステージで撃たれた時はだいぶ素っ気なかったような。むしろ今までの経験を踏まえると……今が一番泣いてない? 薄情なのはどっちだ。
なんだかわたしと話すより楽しげなのは気のせいだろうか。そうであってほしい。
「で、今日はどんなご依頼が?」
「へっ」
志保は急に目を逸らし、へたくそな口笛で誤魔化す。はて、と首をかしげる転入生。そんな頼りない部長に代わってわたしが説明した。
「なーんもないよ、依頼なんて。今までだったらちっぽけな悩みとかちらほらあったんだけど、学園祭でガス抜きできたんだろうね。みんなストレスとは無縁の生活を送ってる。かたやわたしたちは学園祭で催し物を開いて部活動の実績を残すつもりだったのに、どこぞのバカのせいで台無し。まっ、今の状況を端的に申すとーー」
「申すと?」
「廃部の危機」
数日前に凛から話を聞かされた。本人は焦せるも現実はそううまくいかない。おまけに依頼が皆無ときたものだから内心実はパニックになっている。
確かに部活動の危機かもしれない。
しかしっ、これはわたしにとって朗報なのだ。この意味わからない部活から脱却する千載一遇のチャンス。
いつどうなるかもわからない部活を抜けて「名ばかり」に所属。それがわたしの最良の日常だ。
「えぇっ! ならなんとかしませんと! えと、実績づくりには依頼をこなす必要が?」
余計なことをする転入生。その冷静沈着な思考回路は男性っぽいが、胸の前で可愛らしく両手を合わせるあたり、反応は可愛らしい女性だ。
「実はそう単純なものでもないの。依頼には守秘義務があるから報告書なんて作れない。あくまでも依頼は知名度を高める宣伝で、ゆくゆくはボランティア部として確立しないとならないの」
「なるほど。、だったら話が早い。今すぐビラ配りで呼び込みをしましょう。今、すぐにっ!」
興奮で声が上ずる転入生。その圧倒的な気迫とやる気に満ちた眼差しに、あの志保がじりじりと後退りしている。
「い、いやぁ、でもうちにはプライバシーがあってさ、あまり大っぴらに宣伝できないんだよね。メールアドレス公開が関の山。一応掲示板には貼ってあるんだけど。それに目立つと相談者が来づらいといいますか」
「なぁにを仰っているんです! 元々誰も来ないんですから、思い切って動きましょうーー」
「こら、落ち着け」
エンジンフルスロットル。暴走寸前。性別不透明な転入生の頬をくいっと摘む。
「いひゃい」「そもそも学園のしきたりを知らない若造が無闇に秩序を荒らしてはいけません」「ひゃい」
なんとか鎮圧成功。暴走すると面倒な行動をしでかすのは伊織でよく見た。きっとコイツも同じ気質なのだろう。
「ふわわわわぁ」「志保?」
一方で隣の親友が口を開けて変な鳴き声を出している。なんだその反応。初めて見た。
「なんか、今のすっごい年相応のお姉さんに見えた! 見間違いじゃないよね? 幻覚じゃないよね? 雅くんとの特訓の賜物……や、もしかして宇宙人?」
「わたしは最初からものすっごいお姉さんですけどねっ!」
◇
それからギャーギャーとあーでもないこーでもない、と騒いでいると、コンコンと扉をノック。
振り向くとそこには見覚えのない可愛らしい女子生徒がいた。スイッチが入った転入生が早速、話を聞き出そうとするも、彼女は手で制し、要件を手短に言った。
「ピアノを弾ける人を探しているの。実は今日、わたしが怪我してしまって代役が欲しいの。ピアノを習っていたら簡単に弾けるから、特別上手くなくていいの」
ま、これくらいなら志保の手にかかれば簡単だろう。人脈お化けかつ観察力のある志保なら、この時間、誰それが残っていて誰がピアノを弾けるかピックアップできる。
だが今回はーー
「ならボクがいきましょう」
転入生、トーリが率先して役目を引き受ける。当然ながら志保の頭の中にそんなデータはないようで目を丸くしていた。
「そ、なら来てくれる? 第三音楽室まで。あなたお名前は?」「黒金燈凛といいます。えと、どれくらいかかりそうで」
「んー、一時間くらいで構わないわ。もしあなたがプロ並みに上手ければ半分に短縮できるかも」
そんな冗談に転入生は笑いながら部室を出る。転入してきたばかりの新人を一人きりにさせるのが心配な志保は一緒に行こうとするも、それはわたしが制した。
「どして?」
「だってあの子の最初の手柄でしょう。私たちは関係ない。まずは存分に達成感を味合わせないと」
「……ふ」
「ふ?」
「ふわわわわわわわわわわわわぁ! 凛ちゃんが、凛ちゃんが! さてはお前、凛ちゃんの皮を被った雅くんだな! わたしにドッキリなんて百年早い!」
「はぁ、どれだけわたしの信頼がないんだろう」




