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リン・インカーネーション  作者: 天音亜入
第3章 幻想の赤月《ドリーミング・ブラッドムーン》
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第六八話 空気を溶かす魔法



 教室に到着するとなんだかいつもより騒がしい。特に窓側最後尾のわたしの席の周りがやけにうるさいし、ほんのりと人集りができている。

 異変が起きているのは横にいた雅もすぐ気づく。視線が合うと肩をすくめた。しかし今の関係を大っぴらにできない以上は《登校中に偶然一緒になったクラスメイト》を装わねばならない。彼は「自分のことは自分でなんとかしろ」とでも言いたげな顔で自分の席に座る。

 そりゃわかってるんだけどさ、面倒なことは大嫌いなんだ。家賃代として掃除してくれてもいいのに。


 やり場のないため息をこぼしつつ、わたしは果敢にも面倒へと突っ込んだ。


 しかしどうだろう。何かいつもの景色に違和感が。なにかこう……昨日より座席が増えてない? 

 わたしの席が最後尾じゃなくなってる。

 周りのクラスメイトも増えた座席を見て首を傾げている辺り、イタズラではなさそう。そんな疑問も朝のチャイムと共に解消した。

 



「黒金燈凛(くろがねとうり)です。なんだか変な時期の転入になりますが、一日でも早く慣れたいです」



 美形が集まる蒼月学園でも一際顔が小さくて鼻筋がすっとしており目元はパッチリ。毛先が首元でくびれるブロンズヘアーで背丈は雅より一回り小さい。だから170に届くか届かないか。細身の転入生が壇上に立つと雅よりスラっと見える。


 学園祭が終わったばかりの時期外れの転入生。そのサプライズのせいか、はたまた転入生の美貌に目が眩んでか、わたしの時のような割れんばかりの歓迎の拍手ではなく控えめな拍手だった。転入生の席はわたしの後ろ。

 つかつかとこちらにやってくるも周りには目もくれず終始無言だった。


 中性的な風貌。そのミステリアスな容姿は早速他クラスから注目が集まっていた。授業の空き時間になると他クラス他学年からひっきりなしに野次馬がやってきては転入生に話しかけていた。



「なーんかめんどくさがりの凛ちゃんが私の席に座ってるの珍しいね。いつもは自分の席で寝息立ててるのに」


「人を怠け者みたいに言うのはやめてもらおうか」


「や、事実だろ」



 昨日まで寝るのに最適だった場所が一夜にしてひっくり返る。寝るどころか混雑で落ち着きやしない。

 なので今日は廊下側の志保の席に避難。席の関係上、祖父江と雅が近くにいるのは仕方ないとして、ちゃちな横槍を入れるのはやめてもらおうか。祖父江雲雀くん。



「転入生ってあんなに目立つのかね。わたしの時はもっとさっぱりだったような」


「おっ? 嫉妬しちゃってるの? それとも注目が向こうに集まって悔しいの?」


「あまりふざけたこと言うと、あることないこと菊田さんに言いふらしますから」



 この世界に来て気づいたことがある。

 人間ってのは弱みにとことん弱い。ちょちょいと突いてやれば苦虫を噛み潰したような顔をするのだ。

 雲雀が動揺しているのを察するに……ははぁ〜〜〜ん。此奴、まだ向こうに気があるな? 

 おやおや、なんでバレてんだーって顔が真っ赤。かぁわいらしいところもあるじゃないか。面白い玩具を見つけた。

 人がニヤニヤしていると志保が慌てながら制するようにわたしの頬をつっつくが、こういう日和見主義相手には周りがお膳立てしなきゃいけないんだ。でないと難解な乙女心を一生攻略できない。多少強引にいかないとね。



「にしても志保も珍しいけどな」


「へっ、なにが?」



 これまで話題に加わらず珍しく静観していた雅が志保に尋ねる。わたしも最初はなんのこっちゃと思った。



「や、こういうのに真っ先に唾つけるのはお前の役目だろう。部活に入りませんか、って」


「そりゃお前、天塚に気を使ってるのさ」



 早々に復帰した祖父江。わたしとしてはもう少し攻めたかったが、これにはわたしも気になった。


 ーー志保ぉ、嬉しいよ! 最近、わたしの扱いが雑だと思ってたけど、それは親友として見てくれているってことだったのね! 嬉しさが込み上げてきて目頭に涙が溜まってきた。



「転入生だから勧誘。暇そうなやつに勧誘。結月は一応部長なんだし誰それ構わず勧誘しないのさ。そんな足軽だったら必死に口説いた結月が可哀想だ」



 祖父江がここまで言うのはきっと先ほどの追及から逃れるためかもしれない。恩を売ることで今後の追及に手心を加えてくれと訴えているのだろう。

 しょうがないなぁ、わたしも神様じゃない。地上の習わしを見習ってこれからはできるだけやめておこう。


 にへへと笑う志保。だとしたらわたしは彼女に申し訳ないことをしていた。わたしも珍しく反省する。



「ネー、トーリくん! ……や、トーリちゃん?」


「どちらでも呼びやすい方で」


「ならお言葉に甘えてトーリくん。部活動はどうするの?」



 他クラスの子との会話がこちらまで聞こえてくる。タイムリーな話だがわたしには関係のない話。もう少し声を抑えてほしいな。



「野球部とかは? 選手でもマネージャーでも、今からなら大歓迎だよ」


「えとすいません。実はもう決めてて」


「えー、どこー?」


「確か……『お助け部』、とか言ってたかな。同じクラスの結月さんに誘われて」



 …………志保?

 空気が固まる。息を揃えて三人、経験値から繰り出される三人の蔑んだ目。その心境は語るまでもない。

 そんな固まった空気を溶かすように、志保は可愛らしく舌を出して「てへっ」と誤魔化した。



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