第六六話 阿吽の呼吸
「そう、か。あの殺人事件の犯人が桂馬……それがまさか意識不明で入院中とはね。どおりで僕らが探しても見つからないわけだ」
わたしと雅は自然と彼に全てを打ち明けていた。
この部屋で一人の女性が殺された殺人事件の犯人が「名ばかり生徒会」の会長、八月朔日桂馬であること。
彼が留学に行く前に、真相に辿り着いたわたしは会長の前で推理を披露したこと。
自暴自棄になった会長は自首を選ばず、このマンションから飛び降り、現在意識不明であること。
友人とはいえ何も知らなければ衝撃も大きい。戯言と捉えても不思議でもなかった。けど一条は取り乱した様子もなく、黙って話を聞いてくれた。
「事件の真相と彼の居場所を含めて、全てを知っているのは片手で数えられるほどです。犯人を逮捕できない割には情報統制は優秀なんです。この街の警察は」
「おい。そんな言い方」
「あら? わたしよりもあなたがそう思ってるんじゃなくて?」
かるーく言い返せば元有名子役は口を閉ざす。わからないのかな。お上品を装っていても、ちょーっとくらい強い言葉を使わないと後で舐められるだろう?
本音をいえばわたしだって少しは怒ってるんだ。わたしが教室を不在にしたせいで、ど・れ・だ・けの面倒が押し寄せたと思ってる。あまり過ぎ去った過去をネチネチと言いたくないけれど、一条や九十九は会長の異変に気づかないものなのだろうか。
あの事件は計画性があった。それはあまりにも稚拙な計画だったものの結果としてそれが警察を欺いた。
会長には人を殺す算段があった。覚悟があった。その心境たるや尋常ではなかったはずだ。
ま、おそらく、あの会長が上手いこと全部やり過ごしていたのだろう。留学前のストレスとでも言っておけば弁明にはなるし。
ないものねだりはわたしの性分じゃない。「たられば」なんて考え始めれば天地創造まで遡れる。腹を割って話した以上はもう敵対することもないだろうーーと、思っていた矢先だった。
「そんな予感がしてたんだ。事件に絡まれて逮捕されたか、もしくは殺されたか」
「えっ?」
耳を疑いたくなる言葉が聞こえた。固く口を閉ざしていた雅もこれには口を開けてポカンとしていた。
「つまり、八月朔日会長には反社会的な一面があったと?」
「なんて言えばいいかな。元々桂馬も千早も人に危害を与えるような性格じゃなかったんだ。頭がいいのがたまに傷だったけどね、あの二人はグローバル思考だったから気が合ったみたい。一緒にいるのをよく見かけた」
問いただしたいこと山ほどある。だが彼はこれまで見せたことのない穏やかで、どこか懐かしむような無邪気な顔をしていたのでつい黙ってしまった。
「一年の冬……学園祭が終わった辺りかな。授業とか生徒会の活動とかだんだんと手段を選ばなくなったんだ」
「具体的には?」
「『正義』を語るようになった。正義をかざして自分の意にそぐわない人間を排除するようになった。平和的な話し合いではなく、脅しでね。その結果が実に効果的だったから公にはならなかったけどね」
その様子がわたしにはありありと思い浮かぶ。自慢ではないが正義を語る人間はたくさん見てきた。今でこそ数は減ったが昔はそこらじゅうにありふれていたもので「正義を驕る」輩も大勢いた。その末路は語るまでもない末路。
歴史の教科書に記されているのはほんの一部であることを地上は知らないといけない。
一条暁は月賀野寺の跡取りとして本来なら内部で手厚く扱われるところを、実際は優秀な生徒が集う特進クラスでハイレベルの青春を施されている。内部と外部の隔たりを知る今のわたしには、それがどれだけの特別待遇なのか身に沁みて理解できた。
八月朔日桂馬は蒼月のインフラを担う『Hozumi』の御曹司として、九十九千早は秀才。
彼の口ぶりでは会長と九十九だけが特別仲がいいように言っていたが、後日志保に聞いてみるとコンビではなくトリオでつるんでおり、周囲からはいずれ蒼月を牛耳るであろう三帝と呼ばれていたようだ。閑話休題。
「千早を連れてこなくてよかった。それを知ったら泣きじゃくって話し合いどころじゃなかった。彼女には折を見て僕から話す。君たちにはもう手出しさせないのを約束する」
「頼みますよ。女の暴走は懲り懲りなんだ。……それが優しさからの行動だってのはわかるんだけどさ」
「ははっ、そうか。きみも大変なんだな」
気がつけばわたしを置いてきぼりにして会話が進んでる。男同士、言葉を交わさずとも意思疎通ができている。
男の人って時々こういうところあるよね。暗黙の了解というか、空気を読むというか、阿吽の呼吸で物事を進める瞬間が。人間を知らないだけだと思ってたけど、人間になってもよくわかんない。




