表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
58/62

第五六話 恋する乙女に捧げる一夜



 一悶着あった一日の終わり、夜遅くなってしまったというのに教室に戻るとクラスの全員が温かく出迎えてくれた。この時ようやく、これだけの人に迷惑をかけてしまったと自覚した。

 心配かけてごめんなさい、とみんなの前で頭を下げる。その後もみんなが各々声をかけてくれて、特に志歩は一日中学園を駆け回っていたようで、抱きつかれた時も疲労困憊で力がないように感じた。


 あらかじめ雅と相談して、犯人はあの先輩方ではなく見知らぬ不審な男にでっちあげることにした。どうせ計画性のある二人のことだから足がつく下手は打たない。防犯カメラに写ってないならいっそ、責任を幻影に押し付けた方が誰も損はしないだろう。


 そんな説明を終え、明日も頑張りますと意気込んだのち、クラスはやっと解散。面倒だどうのこうのとは言えず、心配と迷惑をかけた分、明日はがむしゃらに働かなくてはならないようだ。

 そしてわたしは帰宅した。


 もちろん、家に泊まりにきている連中のことも忘れちゃいない。学校に戻る前にコンビニで充電器を購入し、自分のスマホで伊織に連絡。聞けば今日、葵お姉様が教室に来てわたしの代理を務めてくれたそうで、なんでもっと早く教えてくれないんだと雅に文句を言った。



    ◇



「しっかし、この街も物騒なんだな。病院に行かなくて大丈夫か? 警察にはもう連絡を?」


「犯人の意図がわからない以上、この繁忙期ですから相手にされないと思います。一応後日、警察署には行きますが」


「許せませんね、その犯人。私と肇くんでとっちめてやりたいっ。ね、アキハちゃん。そこのポン酢とって」


「はぁい」



 今夜はみんなでしゃぶしゃぶ。蒼月最後の夜くらいはお隣に住むあずささんが働く洋風レストランに連れて行きたかったが、結局支度ができずに三日連続駅前のスーパーで済ませることになった。

 わたしが想定していたよりも話が拡散されてしまって、伊織や葵お姉様のほか、日奈子さんや肇さんにも心配をかけてしまった。



「葵、牛肉いれて」


「さっきから肉ばっかり食べてない?」


「ソンナコトナイ」



 相変わらず白々しいやつ。コレに限っては飄々として良くも悪くもいつもどおり。心配されたくはないけど、少しは心配してくれてもいいのに。気にも留めない様子でどんどんと肉を頬張っていく。



「明日は何時の電車で?」


「それが……」



 と、少しばつが悪そうにしながら伊織は言う。


 今朝の爆破事件の影響で蒼月と外とを繋ぐモノレールが減便。そういえば学園から戻ってくる時もほんのり駅が混雑してたっけ。明日はセントラル駅がごった返しになると予想されるから、予定を早めて帰宅してくださいと管理者から観光客に連絡があったそうだ。

 みんなも本当は龍閃鞠沙を筆頭に出場するメインステージに行く予定だったが、それだと東京に帰るのがいつになるかもわからない。ましてこの人らはここに来るのに家族に誤魔化してきているからボロが出る前に帰らないといけない。

 だから明日は昼には蒼月を発つとのことだ。



「ほんとはもっと長いしたかったんだけどな。いろいろ世話になった。ありがとう」


「いえいえ、また来てください。今度は伊織の彼氏も一緒に」



 賑やかな時間が尽きなかった。なのに全く疲れないのだから多分、わたしもわたしなりに満足していたようだ。めんどくさがりのくせ、割と荒れた部屋の家事をするのが苦ではない。わたし一人では滅多なことで片付けをしないくせに。もしかして案外家庭的な性格なのかもしれない。



    ◇



「こうして二人にきりになるの久しぶりだね」


「伊織、初日からぐうたらしてたもんね」


「ぐうたらとは失礼な。移動で疲れてただけ」



 夕食を終え、伊織と一緒に後片付け。なんだか暑くなってきたからとカップルは近くのコンビニまでアイスを買いに。葵お姉様は一番風呂に入れ、残るちんちくは部屋でごろごろしていた。

 改めて二人というのもなんだか少し照れくさい。なのでわたしが地上で気を許した数少ない友人に、みんなには話せなかった今日のあらましを教えた。もちろん言っちゃいけないことは何も言わない。

 

 昔より感情豊かになった伊織は「えぇっ!」とか「おぉっ」とか大袈裟なリアクション。雅なんかよりずっと素直で、志歩なんかより物静か。それが蒼月に来た天塚凛には心地よい相槌だった。



「それはきっと『愛』だよ!」



 ここでやっと、雅が口にしていた「特別な関係」というのを理解できた。

 それならわたしの独擅場じゃないか! なんたってわたしは人類の恋とやらを長い間、じっくりことことと観察してきたんだ。それになんと、今のわたしは葵お姉様に恋する一人の乙女。なんだったら恋より化学式の方が理解できない。


 どうだろう。わたしがもし葵お姉様から「春夏冬雅を誘拐して」なんて言われたら……や、それは「やる」の一択。悩む余地はない。


 こほん、もう一度考え直してみる。

 どうだろう。わたしがもし葵お姉様から「アキハと仲良くして」なんて言われたら……や、これも「するわけない」の一択。そう簡単に言ったらわたしが地上にいる意味はない。


 ラストチャンス。もう一度慎重に考えてみる。

 どうだろう。もし葵お姉様を誘拐した犯人から「小日向伊織を殺せば解放する」なんて要求されたら。


 人を殺すなんてあってはならない。けど愛する人のためならば、前二つみたいに「絶対的な一択」ではない。葛藤がある方が人間らしいというか、それが正しい人間の心情だ。


 愛するもののためならどんな手段でも講じる。そう思うと九十九の気持ちも理解できなくもない。だからーーいや、これは雅と相談した方が良さそうだ。アイツにも迷惑をかけたし、学園祭が終わるまでは話をしない方がいいだろう。



「日奈子さんたち遅いね。どこまで買いにいったんだろう」



 あらかた洗い物を済ませ時刻を見てみると三十分は経っている。コンビニにしてはやけに遅いけど、どうせカップルでいちゃいちゃしているのだろう。あまり心配していない。



「今更なんだけど、わたし、学園祭どこも回ってないなぁ。本当は今日半日だけ休みを貰えたんだけど。伊織はどこが楽しかった?」


「もう全部! 前来た時も思ったけど、こういう身分証とか街全体を囲うモノレールとか、未来都市って感じで憧れる。学園祭も街全体が盛り上げててスケールが違う」


「そっか。楽しんでくれたなら何より」


「来年もまた来るから、今度は二人で回ろう!」


「あら。デートのお誘い? 一年後の予定は受け付けてないのだけど」


「えぇー、ダメ? 一緒に天塚ホテルも予約したいんだけどなぁ」


「しょーがないっ、伊織だから特別ね」


「特別……とく、べつ……あっ! そうだ! ちょっと待ってて」



 と、胸の前でぽんと手を叩いた伊織はパタパタとリビングから出て行った。トイレだろうかと思っているとバタバタと慌ただしく、先ほどは持っていなかった紙袋を下げながら戻ってきた。



「実はショッピングモールでスタンプラリーがあって、全部回ると抽選会に参加できるの。そしたら当たっちゃって。あたしたちはいらないから凛にプレゼントするね」



 気持ちは嬉しいけど、それは伊織たちが苦労して手に入れたものだから受け取るわけにはいかない。それにその、なんというか、やけに縦長の紙袋に入ってるけどショッピングモールで貰えるものなんて大したものじゃない。良くて醤油。使い道がないもので花瓶。あまり期待していなかった。



「じゃーん! えぇっと、ハッカイ……なんだかよくわかんないけど、たっかーい日本酒だって! うちら未成年だと持って帰る時に見つかってややこしくなるでしょう? だからこれは凛のご家族にーー」


「伊織! 大好きぃ!」



 本能とは恐ろしい。大好物をちらつかされたわたしはつい脊髄反射で伊織に抱きついてしまう。細心の注意を払って瓶を保護。気がつけば押し倒し、好物と親友への愛が無尽蔵に湧くあまり、勢い余ってリップアンドリップ。愛情表現は過多であればあるほどいいと誰かが知っていた。



「……はじゅかしいよぉ、人前で、こんな」



 おっと、本能に乗っ取られてつい、大人気ないことをしてしまった。我に戻ったわたしは茹蛸みたいな真っ赤の顔から距離を置く。

 別に接吻くらい、人間の本能のようなものだし恥ずかしがることじゃない。それに彼氏持ちなんだから毎日リップしてるだろうに。ま、わたしでも大衆の面前でやるのはちょっとばかり恥ずかしい。今なら誰もいるはずがない……のに、



「……お前、なにやってんの?」



 顔を見上げた先には、それはもうツンドラのような凍える目をした見知った顔。長い付き合いのわたしでもあまり見覚えのない蔑んだ顔だった。



「なにって、愛情表現」


「にしてはやりすぎだと思うな、ボク」



 お前は限度を知っているのか? 

 と。すっごく、すっごく物申したい。誰かに言われるならまだしも、コイツにだけは絶対に言われたくなかった。アンタはいつもやりすぎだろうに。

 あんまり想像したくないけど、お前だって葵お姉様にちょっかいかけてるんじゃないのか?

 同じ屋根の下、同じ部屋で苦楽を共にするなんて大人向け漫画の世界だ。わたしだったら我慢できないねっ。そう断言したって構わない。



「あんたに言われたくないんだけど。人のこと言える立場なの?」


「どっちかっていうと、ボクは泣かされる」


「なっ、ななな鳴かされる⁉︎」



 とんでもない話を聞いてしまった。けどこれは却ってわたしには行幸。このちんちくにも手を出すなら、正真正銘本物人間でプリティーなわたしならお手出しがありえる。なんだか燃えてきた! 



「あのぉ、凛、さま。そろそろ離れてくれませんか」


「おっと」



 本能が平静を取り戻したせいか、ちょっと気まずい。おもむろに身体を起こすも互いに無言。こんな時こそ賑やかでうっさいやつの仕事なのに役割を放棄して静観してやがる。


 と、誰もが救世主を待ち望んでいた時、頭にバスタオルを巻いた葵お姉様がやってきた。



「この葬式みたいな空気なに? アキハがやらかしてたら謝るよ。ごめんね」


「今回はボク関係ない。ね、伊織」



 謝り慣れているというか、謝罪に一切の躊躇いがない。さすがだ。その姿勢はわたしも見習いたい。


 感情的に擁護はしたくないものの、今回は確かにアレは無罪。しかし日頃の行いと被害者が火照ってしまってうまく反応できない伊織のせいで、裁判官から冤罪をかけられてしまった。



「はぁ、しょーがない。アキハさ、肇たちを探してきて。迷子になってるかもしれないから」


「コイツじゃあるまいし迷うわけないって。どうせ二人はイチャコラしてるだけ。そんな現場にボクを連れてってどうするつもりさ」


「アイスを強奪してきて。溶けちゃう。それに風呂上がりのアイスこそ至高なんだから」



 わたしが葵お姉様へ抱く感情は一旦隅に置いておくとして、アレをこき使うその器量が羨ましい。それに素直に従うアイツもどうかと思うが、わたしでも多分逆らえない。

 こんなやりとりをしているうちに二人が帰ってきたものの、日奈子はほんのり紅潮している。遅くなってしまったから急いで帰ってきた。そう思いたい。そう思うことにしよう。


 学園祭三日目。みんなと過ごす最後の夜は恋する乙女に振り回された一日だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ