第五二話 四畳半脱出計画
この世には百万通りの物語がある。ハッピーエンドにバッドエンド、ビターエンドに最近ではメリーバッドエンドなる不穏な言葉もあるそうで。わたしも初めて漫画を読んだ時はびっくりした。人の考えることはすごいなって。
でもわたしはやっぱり物語は大団円が大好きだ。みんなが幸福を手にし、因縁とケジメをつけて新しい未来に進み出す。昔から誰かの人生の門出を見るとわたしも心がポカポカする。
だからこんな絶望的な状況でもふと、わたしを助けてくれる王子様が現れないかって期待してしまう。高校生にもなって思考が乙女だとバカにされそうだから誰にも言わないけど、心では密かに奇跡を願っている。
「まっ、いるわけないか。わたしだもの」
柄にもなく暗いことを考えてしまう。このままみんなに別れも言えず閉じ込められたままなんじゃないかって。
四谷日奈子さんは伊織が言ってたとおり礼儀正しい人だった。その彼氏の淀橋肇くんはユニークな方でいつも場を盛り上げてくれたし、伊織は人が変わったように性格が明るくなっていた。葵お姉様については語るまでもない。
でもアレに関しては今生の別れが望ましいところ。当初の計画が成功すれば再会はヒャクパーありえない。今回は不運と正面衝突しただけだと思いたい。無論、アレが運命の相手であるわけがない。
天界への叛逆は悪いことだと思わない。アレの下で何千年と馬車馬のように働かされたんだ。
むしろこの計画だって、わたしを気遣ってくれた仲間が一から考えてくれた。いわば本家公認の叛逆。その気遣いをありがたく頂戴して、わたしは今、ここにいる。
アイツめ、わたしがいなくなったことを後悔するがいい……と思っていたのに、アイツと来たら、
「わたしといるより楽しそうにしてなかった?」
いつも我儘を振り撒いて、いつもいつも文句を言って周りを困らせていた仏頂面が珍しく笑っていた。それはそれでなんだかすごく癪。こんな大それた計画をしなくてもわたしは戦力外なのでは?
そう思うとなんだか目頭が熱くなってきた。無性にイライラしてきた。
さっきのは訂正。やっぱりアイツには一度ガツンとぶつからないといけない。だから絶対、ここから脱出してやる。
◇
月賀野寺には入学前に一度、学園の宣伝映像を撮りにきたことがあった。けどそれっきり。
あの時はバスで来て本堂で撮影したので、数あるお寺としか思っていなかった。だから、こう、バカみたいに広い敷地に呆然としていた。おまけに本堂に行列ができるくらい混んでいてまともに歩けやしなかった。
こんなところに誘拐された子が連れられるわけもなく、そそくさと人混みから離れた。
どうにかして寺の関係者と接触できないかと考えあぐねていたところに電話がなった。
「そろそろ決断できたかい?」
「そんなにすぐ見つかるもんか」
「はっ、さすがは演技派。冗談もうまいなぁ」
ふざけたことを言う。人質を取られて本気になれない人間がいるのか。こんな土壇場で演技なんてするわけがない。即座に怒りが込み上げてきたけれど、持ち前の感情コントロールで言葉を堪えた。
「ま、いいさ。日没まであと二時間、そろそろ取引の場所を指定しよう――」
「えっ?」
◇
どうにか無理やり脱出しようと思い、壁や扉をとりあえず蹴ってみる。けどもちろんびくともしない。淑やかな乙女がやることではないのですぐに諦めた。
なんとか使えるものがないかと部屋を見回しても布団しかなく、無駄な努力だと悟ってしまった。
そして何を血迷ったのだろう。床に敷かれた畳を使って扉を突き破れないかと考えた。思ったことは行動しないと気が済まない性分のわたしは力を振り絞って畳を一枚剥がしてみた。
「はっ?」
畳ってあまり馴染みのないものだし、畳の下がどうなっているかなんて知るよしもなかった。ただ確かなのは、わたしの視線の先にはノート一冊分の面積の小さな小さな引き戸があるということ。
「へぇ、面白いものがあるね」
なんの躊躇なく開けてみた。しかし中にあったのは表紙がボロボロになった一冊の本。なんだ、武器でも入っていないかと期待したのだけど。パラパラとめくってみたがナメクジみたいな墨字で全く読めない。日本語だとは思うけど随分と達筆だな。
もう一度力を振り絞り、畳を武器に扉にアタック。と、今回はガタンと手応えあり。これはひょっとするとひょっとする、かも? 絶望の中に一筋の光を見出した。




