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第五一話 極楽浄土



 黒金氏は混雑する車道の間を強引に進み、時間が許されるまでこの車内で知恵を働かせることにした。


 当然、場所もブツも知らない俺にはどうやってあの先輩方を誤魔化すかもわからない。こんな時に八月朔日先輩がいてくれたら……、と、柄にもなく無いものねだりをしてしまった。



「話を聞いていて思ったんだが、取引相手は現物を持ってくるのか、それとも有力な情報、僕らはどちらを持っていくと思っているんだろうね。情報なら紙とペンでじゅーぶん。なのに実物を選んで、高級な絵画なら相応のケースを用意しなければならない。ということは最近、大きくて重厚なケースを持ち込んだ場所、ないしは人をあたってみるのはどうかな? 時間が限られているのはわかるけど、もしかすると取引相手の用意次第で『蒼月の至宝』の手がかりがつかめるかも!」



「調べられるんですか?」



「ふふん。黒金財閥の優秀なハッカーにお願いしてっ……」



「おいおい」



「バレなきゃ犯罪じゃ無いってよく言うだろう? 大丈夫、監視カメラに潜入するだけだから。でも今からだとどうしても時間が掛かっちゃうね。アッシーくんは務まるけど、最終的に犯人との取引は雅くん次第になってしまう。

それでもいいかな?」



「もちろん。説得と演技なら自信がありますから」


 

 黒金氏はにやりと白い歯を見せた。

 すると車は路肩に停止。なんだか電話であちこちに連絡し始めた。仕事の電話というより悪巧みの相談。終始穏やかな声で次々と電話を片付けていた。



「さて、僕は車内でしばらく仲間の連絡待ち。雅くんはどうする?」



「ひとまず怪しげな情報が入ったら向かうつもりです」



「うんうん、その心意気ヨシ。さて、ひと段落したところで僕なりに謎に包まれた『蒼月の至宝』を考えてみたんだ。電話が来るまで聞いてくれるかい?」



「是非是非」



 得意げに鼻を鳴らす黒金氏。手がかりがないこの状況では些細な推理でもありがたい。



「天界――死者との通信できる聖遺物、なんてどう?」



 黒金氏の堂々とした推理なのに呆然としてしまった。そんなものがあるわけないという常識的な自分なら一蹴しているし、近頃はからくりがわからない不審な物を何度も目にしてしまった。

 奇跡的に自分の中では50:50の信ぴょう性。後何か大切な要素が加われば俺は黒金氏の推理を受け入れられた。



「……仮に、そんなのがあったとしたら世界は変わります?」



「間違いなくね。死と生の境界が曖昧になって世界が変わる。ま、これがあくまでも『蒼月の至宝』とやらがどんな力を秘めているのか勝手に騒動しただけ。僕の仮説だから気にするようなことじゃない。それにここは教会があったり寺があったり神社があったり、昔から信仰心が根強い場所なんだ」



「へぇ。知らなかった。実はクラスの連中も口にしないだけで裏ではこっそりやってるのかなぁ。だったら無宗派なんて俺くらいだ」



「ま、それは兎に角、蒼月にある宗教……いや、たいていの宗教には『天国』のような概念がある。だからこの蒼月に眠っている可能性も否定できない」



「キリスト教ならわかりますけど仏教に天国ってイメージがありません」



「『極楽浄土』って言った方がわかりやすいかい?」



「あ! そういえばそうだ」



「このまま電話を待っていては時間を無益に消費するだけ。だったら行ってみるかい? 蒼月が学園都市になる遥か前から鎮座している由緒正しきお寺――月賀野寺に!」



    ◇



 行き先がなんとか決まり、電話もかかってくる気配がなさそうだから月賀野寺へと向かった。黒金氏の言うとおりだ。学園都市になるよりも前、第二次世界大戦よりも前から蒼月の山に寺を構えている月賀野寺なら「蒼月の至宝」についてなんらか知っていても不思議ではない。

 

 そうなるとあの先輩の意図も見えてきた。

 あの人はリドルよりも先に月賀野寺を睨んでいた。どころか倉庫や蔵に忍び込んだ時に偶然「蒼月の至宝」を発見。しかし運び出すには男手が数人必要で、注目したのがこの俺、春夏冬雅。

 知り合いである凛を人質にとってやる気にさせ、友達を助ける時の馬鹿力で「蒼月の至宝」を手にいれる。情報というのはあくまでも俺が利用できるかどうかのテストと保険で、正しい情報を提示できなければ役ただずの烙印を押される。

 そんなところが妥当だろう。なんとなく大筋の話が見えてくると呼吸がしやすくなった。



「あぁ、そういえば『群青のティアラ』はどうなりました?」



「ばっちりきみが守ってくれたから問題なく撮影に使われてるよ。あっ! そうそう、うちの娘もすっごく感謝してた」



「娘?」



「ほら、会場でティアラを公開した時に頭に被せた子がいたろう」



 あの時は言問さんの動きが怪しかったのと、アイツが会場にいたので動揺してあまり覚えていない。



「あれ、知らなかった? てっきり雅くんにはお礼を伝えたのとばかり」



「いや、多分、忙しかったから忘れてるだけかも……ん、でも黒金なんて子、いたかなぁ」



「申し訳ないね。うちの子、結構シャイだから、恐れ多くて声をかけられないのかも。僕もしばらく娘と会ってなくて、娘には黙ってこっそり参加してきてるんだ。だけど妙に勘が鋭い子だから近づくだけでも逃げられちゃう」



「うさぎみたいなやつですね」



「うさぎ……いや、どちらかというとレッサーパンダ、かな? それでもかぁわいいんだぁ」



 なるほど。この黒金氏。相当の親バカというのがわかった。娘が逃げる理由も共感できる。うちの親とも似たようなもんだな。




 そんな話をしていると寺まであと数キロのところで渋滞に巻き込まれてしまった。このまま走れば問題なく到着する。日の入りまで悠長な時間はないのだ。一分一秒でも早く情報を!



「僕はここらで待機するから、何か連絡が入ったら連絡する。もちろんきみも、ね?」



 もちろんこのまま協力してもらう予定だった。だけどあんな話を聞いたからにはもう俺が独占する理由もない。



「いや……黒金さんは娘さんと会ってきてください。俺のせいで会えなかったら俺が悔いる」



 予想外の返答に呆然とする黒金氏。だがこちらの覚悟を伝えると黙って首肯した。



「秘宝についてわかったらまとめて連絡する。きみの健闘を祈るよ」



 運転席に深々と頭を下げ、目指すは月賀野寺。ここで何も手がかりがなければいよいよおしまい。

 頼むから進展があれば、と、柄にもなく天に祈りながら坂道を登った。


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