第四九話 取引
変なものを嗅がされたのか、あるいは口にしていたのか定かではないものの、妙に頭がくらくらする。
四畳半の和室にはわたしと布団だけ。身にしていたはずの執事服もスマホも、そしてガラス玉も見当たらない。風が吹くたびにカタカタと引き戸が揺れ、隙間から灯りが漏れていることから建物の中ではないのは確か。
小屋、なのだろうか。でもこんなの学校の敷地にあっただろうか。
「叫べば誰か、見つけてくれるかな」
現状、誰が、何のために、こんな真似をしたのか不明。これが誘拐なのか悪戯なのかもわからない。
身の安全は別として、犯人の目的がわからない以上、下手に刺激しない方がいいのかな。せめて何か一つでも手がかりがあれば呼吸しやすくなるんだけど。探り当てるにしたって情報が何一つなければ思考どころではない。
「助けを待つしかないか。あぁ、みんな怒ってるかなぁ」
◇
「探し物かい?」
手がかりを求めて校内を走り回る。すでに誰かが探していても、運悪くすれ違ってしまった可能性もあるので自分の足でも行ってみた。
天塚凛といえばやっぱり屋上。でも誰かが言ってたとおり教室は施錠されて……いない!
逸る胸を抑えて力任せに扉を開けた。けどそこに居たのは先日、俺に悪態をついてきた九十九……先輩がいた。
「あなたには関係ありません」
「それなら仕方ない。てっきり天塚凛の居場所を探しているとばかり」
「……なにが、言いたいんです」
九十九はニヤリと笑いながら大胆不敵にこう言った。
「私が誘拐した。天塚凛を返してもらいたければ取引しよう」
◇
不思議と疑問はなかった。どころか納得してしまった。
あぁ、やっぱり俺の直感に狂いはない。人間、どんなにまともを取り繕っても身体が湧き出る悪臭を消し去れないものだ。
「取引?」
「回りくどいことは嫌いなんだ。率直に進めよう。『蒼月の至宝』は知っているだろう? それを差し出すか、在処と引き換えに天塚凛の居場所を教えよう」
蒼月の至宝、だって? なんでコイツの口から出てくるんだ!
「まさかとは思うけど、あんたがリドルか?」
「まっさかぁ。あんなコソ泥と一緒にしないで」
否定はされた。しかしコイツは自ら裏でリドルと繋がっていると断言した。「蒼月の至宝」、そしてリドルの名を知っているのは事件の関係者だけなのだから。
警戒心を強めた。俺を誘拐しようったって凛よりは容易じゃない。思い切り暴れて、アイツはただでは済まさなくしてやる。
犯人を前に深呼吸。今はみなぎる拳を抑えるので精神がやっとだった。取引を前にぶん殴ってしまって取引が決裂してしまえば元も子もない。
「アレとは蒼月の至宝を探すという利害関係が一致しているだけ。この学園都市をめちゃくちゃにしてくれるって意味では期待してたんだけど、どうもいろいろと気が合わなくて。だから仲間でもなんでもないってことはご理解を」
「誘拐犯と窃盗犯に違いなんてあるものか。お前らは揃って犯罪者だ」
「まぁそう思ってくれるなら構わない。きみと懇意にしている刑事に連絡してくれても構わないさ。だけど」
「アイツの命の保障はないと?」
「フィクションでは馴染みある展開だろう? 千両役者のきみに相応しいだろう。大丈夫。彼女は安全なところで休んでもらってるさ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は蒼月の至宝なんて知らないぞ」
「とぼけないでほしいな。こちらの情報網を舐めないでほしい。きみが知っていると情報を掴んでいる。日没までにお願い、ねっ」
と、九十九は去り際に自分が手にしていたスマホをこちらに投げてきた。
あまりにも不条理な展開に思考が追いつかなかった。我に帰った時は九十九の仕事はない。
要はこれで連絡を取り合おうというのか。「Hozumi」製のよくあるスマホだ。てっきり発信機や盗聴器とか付けられているとか考えたが、特におかしなところは見られない。
「くっそ、意味がわかんねぇ」
これはドラマじゃない。俺の意思で未来が変わる現実だ。こうしてぼんやりしているだけでもタイムリミットが迫ってくる非情な世界。
このスマホは事件を大ごとにするなというメッセージだと受け取った。
何を勘違いしているのかわからないが、俺に残された道は日没までに「蒼月の至宝」とやらを手にいれるしかない。それに探している途中で凛を見つけてしまえばミッションクリア。
ただ、一つ気になることがあった。
その至宝をあの人が欲しているなら、取引現場にもってこいと言うはず。それなのに情報だけでもいいとは妙だ。
つまりは持ち運びができるサイズで簡単に持ち運べないもの。まさか美術館で展示されているものをリドルみたいに盗んでこいとはいうまいな。でも場所がわかっているならこんな回りくどいことはしない。
わからない。あの人が何を考えてるのか。こんな時にアイツの助力を借りたい。こういう時に俺の知らないことをさらりと知ってそうな凛がいてくれたら。ないものねだりをするなんて我儘だろうか。
◇
「蒼月の至宝? しぃらない。なにそれ」
「いや、ちょっとな」
情報屋ならうちのクラスの結月志歩。九十九の名前と誘拐の事実は伏せ、そういえば前にアイツがそんなことを言ってたという体で訊いてみた。けど案の定、志歩も知らない。
教室はこれまでと比べものにならないほど混雑し、志歩たちと相談できる時間はごくわずかしかなかった。こうして引き留めている間も掲示板の前は人でごった返し。誰かが誘導しなければ危うい状況だった。
ゲーム場の方もいつの間にか参加人数を増設している。初心者用の台に至っては六人で回してる。
「え、なにあれ」
四、五人を相手にするのもすごいと思うのに、一番奥の台ーーマスター級の台はなんと十人。ディーラーは淀みない手捌きでゲームを回し、気付いた瞬間には参加者の投票権を根こそぎ奪っていた。
その洗練された手つきもさることながら、彼女の表情には疲労も動揺も勝利の余韻が表れない。機械を相手しているようだ。
あれは……うん、任せて大丈夫そう。もしも時間があったら、あの人のポーカーフェイスのイロハを教えてもらいたいくらいだ。




