第四八話 急転直下のラブコール
「ダメだっ。電源切ってるな」
「家に戻ってみたそうですけどいないそうです。凛が行きそうなところはどう?」
「屋上は施錠されてるって」
天塚凛が行方不明。嫌な予感が見事に的中してしまった。遊びに出ているクラスメイト全員に情報を呼びかけたものの目ぼしい情報は今のところ来ない。朝礼中に教室から出ていったのが最後の目撃情報。ふらりと外に出て行って煙のように消えてしまったということになる。
「ゴメンっ! こんな時にあれだけどあたしたちもう出なきゃ」
「俺はもう少し探してみる。くっそ、こんな時にどこ出かけたんだ」
今のところ凛がいなくなったこと以外、とくにおかしなことは起きていない。これがアイツの才能の仕業なのか第三者による悪意なのかもわからない状況。前者なら絶対に許さないが、前者であってほしい。
一体誰が、何のために……なんて推理をするまでもない。
ここは学園都市蒼月。学園の生徒のための箱庭。いわばここでは生徒はみな宝。そう解釈すると数々の事件に巻き込まれた俺はとある奇妙な単語に辿り着く。
「蒼月の至宝」
と、同時にとある人物の名前も思いつく。「群青のティアラ」を巡り因縁がある忌々しい存在。
「怪盗リドル」
この学園都市では善悪隔てなく、輝くものが賛美される。人間の本能というべき特異な現象は警察さえ手を焼くようで、犯罪者が賞賛されぬよう、リドルの情報は徹底的に伏せられている。それゆえリドルの名を知る人物は限られている。巻き込まれる前はそんな事件が起きていたことすら知らなかった。
いや、一旦落ち着こう。犯罪者=誘拐犯とは限らないじゃないか。それに「蒼月の至宝」が俺の推理どおり生徒だとして、なんで凛が狙われたのか。それがわからないと凛を取り戻せない。そんな予感がした。それに誘拐されたとは断言できないし。
「なぁ鞠沙」
と、教室を離れようとする鞠沙をちょいちょいと手招きする。誰にも聞こえないようにこっそり耳打ちした。
「石川警部に連絡してくれる?」
「なんでさ。あの人は怪盗相手でしょう」
「や、この件じゃなくて、至宝の件。どうせどっかで迷ってるだけだろうし、どちらかといえばあっちの方が気になるんだよ」
「んん……わかった」
この件をリドルと結びつけるのは早計だろう。とりあえず警察への連絡は後回しにしてリドルの動向を把握したい。もしも事件が起きていれば誘拐もリドルの仕業と考えてよさそうだ。
で、問題はこの瞬間。刻一刻と人が集まる教室にもだんだんと動揺が伝播している。ひとまずはここに「いつも」をもたらすべきではないか。しかし肝心なことに人手が足りない。志歩が言うには何人か戻ってきてくれるみたいだが、それにしてもラグがある。かといって俺も探しにいくか現場にいくかの二択しかない。
こんなとき、いつもなら我らがリーダー結月志歩が名案を思いつくのだが今は「人手が! 人手が!」とパニックになるばかり。頼りないけどパニックになるのも仕方がない。
あぁ誰か、いっそ誰でもいいから短時間でも手伝ってくれる聖人はいないものか。
「あの」
教室が混乱する中、たった一人、自分を貫き静観していた人物がいた。
「ゲームならわたしも少しなら力になれるかと」
話を聞く限り、彼女は凛と面識があるようだ。突然のことだったのでまだ名前も聞けておらず。そんな彼女が空気を読んだのか、あるいはただの善意なのか、聖人君主の真似をしてきた。
ありがたい話だが、いくらなんでも外部の人間に頼れない。それにゲームといったって足りないのは列整理係と腕前に自信があるマスター級のディーラーだ。客人に列整理しろとは口が裂けても言えなかった。
「でも人手が足りないんですよね?」
「だけどなぁ」
本音をいえば凛の代わりが欲しかった。だけど「あなた、ポーカーの腕前に自信がありますか?」なんて言えない。
言いづらいことも祖父江がオブラートに包んで遠回しに伝えていたが、彼女は表情を微動だに動かさない。
それが異様に不気味だった。数多の人間の反応を観察し続けた俺からすると他人事というか、俯瞰しているというか、肝が据わってるというか、失礼な言い方だけど人間らしくない。ヤクザの親分でさえ多少は人情があるものなのだけど。
しかしそれも一瞬のこと。彼女はこちらの視線に気づくと一度目を逸らし、まるで別人のような満面の笑みでこう言った。
「人の好意には甘えるのが筋ですよ。もしも腕前を疑うのであれば、今、ここで、試してくれても構いませんよ」
ニュートラルからゼロ。ゼロから満タン。縦横無尽に空を駆け巡る鳥のように、彼女の感情は急転直下乱高下。
優秀な役者なら感情のオンオフくらいお手のもの。だけど現実では絶対にやらない。
だってどんな優秀な役者でも繋ぎ目を生んでしまうから。
たとえば泣くシーンがあるとしよう。突然の別れに涙を流すよくあるパターン。
訃報を耳にしても到底受け入れられず、決定的な亡くなった証拠を突きつけられてようやく現実と直面して、慟哭する。役者の腕前を吟味できる定番のワンシーンだ。
物語の評価を左右する大切な場面。基本的には前のシーンの展開と無関係の独立したもの。ほとんどの場合は役者の影しか見えないような薄暗い場面から入る。役者としてはマイナス感情を表現しやすいし、マイナスの中で感情を変化させても、そこまで違和感はないだろう。
だがこの人の場合、無表情からいきなりアクセル全開で感情を入れるから違和感満載。笑顔だけ切り取ればあの鞠沙も黙って頷く出来栄えだが、一連のシーンを見ていたら激昂するかもしれない。完璧主義者のアイツのことだから間違いない。
雲雀もそれとなく気づいただろうに、彼女の気迫に圧倒されている。それにしても彼女の自信はどこから来るのか不思議でしょうがない。変わり者の知り合いなだけに似たもの同士ってか?
「はっ! な、なぜあなたがここにぃ!」
休む間もなく問題がやってくる。その独特の甲高い男の声はやけに響き渡る。
あの人は凛のゲームの腕前を買ってしつこく勧誘している遊戯部の部長さん。どうやら今日はただの参加者として来たようだ。
「なんだ、あの人と知り合いなのか?」
彼女のことを見て驚く部長さんに問う雲雀。俺が気になっていることをズバズバと切り込んでくれるので常に俺の横に置いておきたい人物だ。とても重宝している。
「いやいやいや、このお方をご存知――」
「おっと、わたしのことを知っているなら紹介より推薦してくれないかな? ここにいる誰よりもわたしが強いってね」
◇
「よかった! 余ってた衣装がピッタリで」
「えと、わたしから手伝うって言っておいてなんだけど、これどうしても着なきゃいけない? ひらひらしてて動きにくい」
「似合ってるから安心して!」
「や、そういうわけじゃ……ま、いっか」
どこぞの面倒くさがりが似たことを言いそうだ。発言といい功績といい、凛と重なる部分が多い彼女。
まさか、なんとかってゲームの世界王者だったとは……いやはや、おみそれしました。
衝撃の真実を聞いて断るわけにもいかず。どこか志歩はテンションが爆上がりして、短時間のお手伝いなのにわざわざ衣装まで着させていた。
凛や志歩、うちのクラスにはいないような珍しいイケメンタイプ。それがふりふりのメイド服を着ているんだ。ギャップ萌えというやつで輝いている。
「投票の仕組みは理解しました。で、わたしはサービス精神で相手を勝たせたあげた方がいい?」
「ううん。ぼこぼこのボッコボコにしちゃって!」
「ん、わかった」
ずいぶんと物騒な会話が聞こえてくるが無視をして、ようやく凛の捜索に取り掛かれる。
ステージの方には連絡をした。鞠沙が監督に説明してくれたようで、むしろ迷惑をかけているのに心配されてしまった。ほんとにありがたいことだ。
だから早いこと決着をつけないと。アイツはどこに行ったんだ?




