第四七話 学園祭三日目 前兆
昨日は心が落ち着かない夜だった。苛立ち、葛藤とも違う、言葉では言い表せられないような感情が渦巻いて、ろくに眠れなかった。
「今日も寝不足かよ」
朝から早々に雅から鋭い指摘が飛んでくる。
「ううん、もう大丈夫。なんだかこの執事服を着ると疲れを忘れて動けるの。まぁところどころ記憶が抜け落ちてたりするけどへーきへーき」
平気じゃないが、と雅の冷静なツッコミを少し期待していたのに、彼は顔を背けて俯いてしまった。
いつもどおり軽口を叩いてくれないと調子が狂う。今日から彼はメインステージの方で仕事をこなす。もしかするとステージに立つかもしれないとは聞いているがひょっとして、百戦錬磨の彼でも緊張しているのだろうか。
そんなこんなで始まった三日目の学園祭。朝っぱらからきんきんと元気な声で朝礼を行う志歩。あの元気な秘密を研究して解き明かせばノーベル賞も夢じゃない。いつか金に困った時は志歩に縋って生きてみるのも面白そうだ。
と、そんな時、間の悪いことにブルブルとスマホが揺れる。一瞬で途切れたところをみるに電話ではなくメッセージ。伊織たちだろうか。いちいちメッセージでやり取りするのも面倒だ。パパッと電話してきちゃおう。
近くにいた飛鳥に一声かけて忍び足で教室を出た。
◇
「今からステージに行かなきゃならんのに、どうしてお前が」
「迎えに来てあげたのよ。どうせリハーサルも一緒でしょう。だったら旦那のお迎えと投票も兼ねてね」
「言っとくけど俺はステージに立たないから」
「まぁまぁ。ね、それよりあの子は? 案の定サボり?」
「凛なら友達を迎えに行くとかなんとか言って外に出てった……にしても遅いな。午前の担当なのに」
凛がサボり魔なのは知っていたが、まさか協力必須の学園祭までサボろうとするとは思いもしなかった。しぶしぶ何回かコールしてみるも出る気配はない。
どうせあいつのことだ。ふらふらと呑気に帰ってくるはず。もしもシフトに穴を開けて迷惑をかけるようなことになれば志歩にこってり絞られればいい。あとで志歩に伝えておかなきゃな。
「わっ、あなた、志歩に負けてるの? なっさけない」
クラスメイトの男装女装写真がずらりと並んだ掲示板には昨日発表された途中経過が追加されている。個人的には順当だと思うが鞠沙は俺が一位ではなく不服のようだ。
あくまでも俺のは女装。順当にかわいい子が可愛らしい衣装を纏えば順当な結果になるのも当然だろうに。
まぁ、俺としても休止中とはいえ芸能人としてのプライドがある。大人気ないけどちょっぴり悔しい。
「面目ない。でも志歩もかなりいけてるぞ」
「あたしより?」
「……で、お前の推しにたった一票入れたところで焼石に水だろうに。それとも遊戯で増やすか? 初日なら稼げただろうけど連日の激闘続きでレベルアップしてるから難しいんじゃないか」
「そんなのわかってる。あたし、こういうゲームやったことないし。だ・か・ら、最強の助っ人に依頼しようと思ってたのに」
「凛にやらせるつもりか?」
「もちろん断られた。でもあたしの隣でアドバイスするだけならいいって引き受けてくれた」
あの野郎。そんなに俺を陥れたいのか。でも未だに戻ってこない。ステージの時間まで教室で待ってみたが、とうとう俺も鞠沙も出発する時間になってしまった。教室はだんだんと賑わってきて、周りも凛を気にかける余裕も無くなっていた。あと十分くらいで来ないといよいよ手が回らなくなりそうだ。
「その辺、探してくる」
いても経ってもいられず探しにいくことにした。方向音痴といえど、あれは極度の方向音痴。通いなれた学校で迷うことも十分にありえる。俺に残された時間はあまりないけれど、何もしないよりはマシだろう。
「できることなら時間ギリギリまでここで助けてくれた方がクラスとしてはありがたかったり。凛ちゃんなら大丈夫だよぅ」
「そうよ。あたしらが遅れたら大変」
「でも……」
と、志歩と鞠沙を押し退けようとした時、後ろから人の気配を感じた。
凛かと思って振り向けば、黒髪ショートのボーイッシュな女性。見た感じ俺たちとそう変わらない年齢。でも私服だから蒼月にやって来た観光客のようだ。
女性は俺たちの方をまじまじと見つめるとおもむろに口を開く。
「あの、すいません。ここ、天塚凛さんの教室ですか?」
見知らぬ女性からいきなり凛の名前が出て来て目が点になる。思わず怯んでしまったところをメイド服を纏った緋依莉が応対する。
「えと、あなたは?」
「凛の友達の鳥越葵、といいます。実は今朝から連絡が取れなくて困ってたんです。だから来てみたんですけど……」
「へっ?」
確かに凛は「友達に呼ばれて」と教室から出ていったのだ。それがどうだ? その友達も連絡が取れず、わざわざ教室まで尋ねてきた。
奇妙な出来事に志歩や鞠沙と目配せする。言葉にせずともこの事態を共有できた。
ならアイツはどこに? 誰に呼ばれたんだ?
◇
「――ううん、頭が、くらくらす、る。ここどこ?」
見知らぬ天井。見知らぬ和室。四畳半の畳部屋。意識がまだ朦朧として上手く立ち上がれない。薬でも飲まされたんだろうか。
いつの間にか身体に被せられていた毛布を剥ぎ取ると不気味なことに衣服が白装束に着替えさせられていた。
小さな声で「ひゃっ」と驚いてしまった。いったい、何が起きたというんだ。
不明瞭な頭で記憶を探る。あれは確か朝礼中にメッセージで呼び出されたんだ。
伊織たちかと思っていたら宛名は「匿名希望」。文面はただ『屋上に来て』と一言。
それから屋上に向かったわたしは、そこで意識が途切れたんだ。




