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第6章:スロットルと、重装甲の鉄鬼

「ははははっ! 笑いが止まらんのう」

 薄暗い指令コンテナの操縦席に深く背中を預けながら、腹の底から湧き上がる歓喜の笑いをコンソールに向けて吐き出した。

 目の前に展開された巨大なホログラムモニターでは、リアルタイムの陣取りマップがめまぐるしく色を変えている。

 わしたち中国第一キャンパスの『大和』を示す暗赤色と、中国第二キャンパスの『海燕』を示す純白。その二色が小豆島の南西エリアから周辺の海域にかけて、まるでインクをぶちまけたように爆発的な勢いで陣地を広げていた。

 その一方で、トップを独走していたはずの四国第一『黒麒麟』が陣取る黒い領域は土渕海峡の付近で深刻なダメージを負い、沈黙していた。

 目前まで迫ったラージ・ノードまで掻っ攫われて、さぞ悔しい想いをしたことだろう。実に気分がいい。

 いくら最新鋭の量子サーバーを積んでいようが、クロサワの提供する馬鹿高い高級素材『メビウス合金』を使っていようが、物理的な力には敵わない。エリート気取りの綺麗な鼻っ面に一撃食らわせてやった。

「ジュタロウ、まだ試合は終わってない。バカ笑いしてる暇があったら、一つでも多く外周のノードを踏みなさい。黒麒麟があそこから自力で抜け出すにはまだ相当な時間がかかるはず。今のうちに、小豆島の平野部と沿岸部の美味しいノードは全部刈り取るよ」

 オープンチャンネルから、海燕のパイロットである棚海リサの声が響いた。

 一か月以上前からこの共闘作戦は決められていた。各日での役割、分け合うノードの位置も、数もすべて決まっている。1日目の不振もすべてこの時のための芝居だった。

「おう、分かっとるわ。じゃが、あのスカした野郎が狭いドブの中で泥水すすって泣いとる姿を想像するだけで、飯が三杯は食えるけえの 」

 わしは分厚いグローブに包まれた手でスロットルを乱暴に倒し、大和の八本の極太の脚に莫大なトルクを流し込んだ。

 重量920kg。造船技術のDNAを受け継ぐ超重装甲機が、瀬戸内の海面を割り、岩礁をミシミシと踏み砕きながら次のノードへと突き進む。大和の背部に搭載された船舶級ツイン・ハイドロジェットが鼓膜を震わせる重低音を響かせ、機体が通った後には、軽量機なら一瞬で転覆するような暴力的なまでの白い引き波が残された。

 基地ドッグのコンテナ内は、モニターや計器類で溢れていた。特に場所を取っていたのはスロットルを含む駆動系の制御装置だった。居住スペースなど最低限でいい。

武尊タケル、稼働状況はどうなっとる?」

 わしがコンソールの奥で演算を続けるAIに声をかけると、スピーカーから不敵な笑い声のような合成音声とデータが返ってきた。大和のAIは荒々しい思考ルーチンを持っている。

『最高だぜ、ジュタロウ。黒麒麟のAIをどうやって追い込むか、波の圧力と機体の質量計算、完璧だっただろ?』

「ああ、お前は最高の相棒じゃ」

 わしが獰猛な笑みを浮かべた、その時だった。

 ピコンッ、とコンソールの隅にある広域レーダーが鋭い警告音を鳴らした。

大和のソナーが、小豆島の東側海域――つまりわしたちの背後から、一直線に突っ込んでくる「異物」の振動を捉えた。

 最適化されたホバーの滑空音でも、ドローンの軽い羽音でもない。海面を叩き割り、水を蹴り飛ばすような、重苦しい駆動音。

「おいおい……やっとお出ましかい」

 わしはメインモニターのズーム倍率を引き上げた。

 水しぶきを上げながら接近してくるのは、深緑色の四肢を持つ獣型のローバー。初日の与島で、瀬戸大橋の橋脚を垂直に駆け上がり、馬鹿みたいな背面跳水を見せつけた、あのイカれた機体。四国高専第二キャンパスの『緑龍』だった。

 わしは空間のマップを展開し、緑龍の進行ルートを分析した。

 直接攻撃が反則である以上、あいつがわしらを直接倒しに来たわけではない。あいつの向かっている先は、まだどのチームの色にも染まっていない、手付かずのノードが密集している浅瀬のエリアだ。

「四二の緑龍か。なるほどのう。黒麒麟が罠に落ちて、わしら中国連合の足が止まっとる隙に、手薄になった浅瀬のノードをコッソリかっさらう気か 」

「まったく油断も隙もない。この先の島の先までノードを取られたら厄介よ。ここで挟み撃ちにして潰してしまいましょう」

 インカムからリサの冷笑混じりの声が響いた。

「ジュタロウ、私が行くまで逃がさないように進路を塞いでおいて。自分の役目をちゃんと果たしてよね」

「わしに指図するんじゃねえ。わざわざ言われんかて分かっとるわ!」

 わしはスロットルを握り直し、全身の筋肉を硬直させた。

 さあ来い、トカゲ野郎。

 瀬戸内の強烈な日差しが小豆島南西部の海面をギラギラと照りつけている。

 わしが待ち伏せに選んだのは、潮が引いて無数の岩礁が牙のように海面へ突き出している極端な浅瀬だった。大型船はおろか、小型の漁船でさえ座礁を恐れて近づかない魔の海域。

 瀬戸内の太陽が真上から照りつける中、わしは大和の巨大な八本の脚を、浅瀬の海底の岩盤に深く沈め込み迎撃の態勢を取った。八本の極太の脚を持つ大和にとっては、ここはただの足場の悪いグラウンドに過ぎない。逆に、海面を跳ねるように進む四二の緑龍にとっては、着水ポイントを一つ間違えれば岩の槍に腹を串刺しにされる。

 ズズン、ズズン……。

 波音を切り裂いて、緑龍が姿を現した。海に半ば沈んだ廃橋の残骸の影に隠れながら、チタン製の爪で岩肌を器用に削り、こちらへ向かって……いや、わしたちの背後にある、手付かずのノード密集地帯へと一直線に潜り込んできた。

 深緑の装甲の隙間からは、あの独特のライムグリーンの放熱光が漏れ出している。

「ええツラ構えしとるのう。じゃがな、喧嘩いうんは気合や小細工だけで勝てるほど甘ぁないんじゃ 」

 わしはスロットルのグリップを強く握り込み、ニヤリと唇を歪めた。

 緑龍が、海面すれすれの低い岩礁を蹴って大きく跳躍し、最初のノードへ接触しようと空中に身を躍らせた。

 最も無防備になったその瞬間、

「そこ。……海鳥シーガル、全機展開」

 通信機越しに、海燕のパイロットである棚海リサの冷え切った声が響いた。

 緑龍の周囲の海面が突如として白く沸き立った。海燕の三胴構造の船体から射出されていた百機の極小ドローン群が一斉に空へ舞い上がった。

 ブゥンッ! という無数の羽音が重なり合い、不気味なノイズとなって海域を覆い尽くす。

 ドローン群は、空中にいる緑龍の周囲を球状に取り囲むように乱舞し、機体を取り囲んだ。何機かのドローンと接触して緑龍とともには浅瀬の海面へとド派手な水しぶきを上げて落下した。

『水浴びはお好きかしら、四二のお嬢さん?』

 リサが獲物をいたぶるような冷酷なトーンで挑発の通信を入れる。

 それだけで終わりではない、シーガルたちは一斉にジャミング電波と『フェザーミスト(人工水霧)』を噴射した。

 光学カメラの視界は真っ白に染まり、百機のドローンが発する不規則な羽音とジャミングのノイズにかき消されているはずだ。視覚と聴覚を同時に奪う。

『あなたの目は塞がれたわ。大人しくそこで息を潜めていることね。一歩でも動けば、さっきみたいに私のドローン群と衝突して機体が傷つくわよ』

 ハッタリだな…。

 ここは土渕海峡のような閉鎖空間と違って、風でフェザーミストが流されてる。そうなると、その効果は限定的になる。

 そう言われて相手も素直に大人しくしているようなやつじゃなかった。

『どけぇぇぇぇっ!!!』

 鼓膜が破れるかと思うほどの、ノゾミの野性の咆哮が通信機から轟いた。

 直後、白い霧の塊の中心から、強烈なライムグリーンの光が爆発的に膨れ上がった。

 緑龍は一切の減速も回避行動もとらなかった。百機のドローンが飛び交う白い「鳥籠」に向かって、四肢のモーターを限界まで唸らせ、真正面から頭突きをかますように突撃したのだ。

 ガガガガッ!! バキィンッ!!

 凄まじい衝突音が連続して響き渡る。数機、いや十数機のドローンが緑龍の分厚い前傾装甲に激突し、火花を散らして海中へと弾き飛ばされた。

「リミッターを外したのか…。こうなると本当に厄介だな。予測値を超える性能を発揮しやがる」

 だが、緑龍側も無傷では済まない。カワシマが誇る空隙制御プラスチック装甲が、ドローンの硬いダクテッドファンと高速衝突したことで次々とひび割れ、表面が剥がれ落ちていく。

 ゾクッ、とわしの背筋を震わせる。

 自分の装甲が削れるのも構わず、力ずくで籠を食い破りやがった。

「リサ、ドローンを引かせえ! やつはわしが殺るけえ! 」

 わしは叫ぶと同時に、大和のスロットルのセーフティカバーを弾き飛ばし、親指で赤いトリガーを強く押し込んだ。

 ガシュゥゥゥンッ!!!

 大和の巨大な左右の肩部装甲が展開し、内部に格納されていた特殊兵装の全容が姿を現す。造船技術が生み出した、推進装置付きの超重量級アンカー『八岐やまた』。

「わしは自陣のノードを守るために急行した。じゃが、重すぎてブレーキが間に合わんかった。……立派な事故じゃろ? 」

 ドンッ!! という大砲のような発射音とともに、二本の極太のアンカーが空気を引き裂いて射出された。8連式ノズル式の推進器が搭載され、射出後の軌道を微調整できる。

 太い金属チェーンがジャラジャラと凄まじい音を立てて伸びていく。だが、わしが狙ったのは緑龍の機体そのものではない。

 ズドォォォォン!!!

 射出された二本のアンカーは、緑龍の機体をかすめるようにして、その左右の浅瀬の岩盤へ深々と突き刺さった。

「沈めや!!!」

 わしがスロットルを手前に引き絞ると同時に、岩盤に突き刺さったアンカー『八岐』の内部推進器が一斉に逆噴射を開始した。さらに大和本体の船舶級ツイン・ハイドロジェットも最大出力で海水を巻き上げる。

 三つの巨大な推進力が、浅瀬という閉鎖空間で複雑に絡み合い、計算し尽くされたベクトルの衝突を起こす。

 ゴボボボボボッ!!!

 緑龍の足元を波がすくう。立っていられずバランスを崩した。

 大和の圧倒的な出力が生み出す、逃げ場のない局地的な巨大渦潮――アイアン・ウェイク『鳴門なると』。数百トンの水が一気に回転を始め、浅瀬の岩礁地帯を巨大な洗濯機のような暴力的な空間へと変貌させる。

『うわぁぁぁぁっ!?』

 ノゾミの悲鳴がインカムを貫いた。

 緑龍の空隙制御プラスチック装甲は確かに軽くて頑丈だ。だが、その軽さと浮力がこの渦の中では最悪の仇となる。重量わずか160キロの機体は、木の葉のように猛烈な水流の回転に抗うことができず、足元を完全にすくわれた。抗おうとチタン製の爪が岩肌をガリガリと引っ掻いて火花を散らすが、強固な足場を確保する前に、機体ごと宙に浮き上がるようにして濁流へと飲み込まれていく。

 ガァァンッ!!!

 緑龍の巨体が、水流の遠心力によって、浅瀬にそびえ立つ鋭い岩盤に容赦なく叩きつけられた。

 だが、渦は止まらない。

 機体は岩肌にこすり付けられながら回転し、今度は別の岩礁へと顔面から激突する。

 バキバキバキッ! という、装甲が派手に砕け散る生々しい音がインカム越しに響いた。

 カワシマの誇るプラスチック外装が、衝撃に耐えきれずに次々と割れ、海面へ弾け飛んでいく。

「はははは! 所詮トカゲじゃ戦艦にゃ勝てんのじゃ! 」

 わしは、大和のハイドロジェットの出力をさらに上げながら高笑いした。

 緑龍はもはや反撃の意思すら見せられず、ただ濁流の中で岩盤に打ち付けられるだけのサンドバッグと化していた。機体の表面から剥がれ落ちた装甲の破片が、渦の中で虚しく回っている。

 岩盤に押し付けられ、外装がボロボロに剥がれ落ちていく深緑の獣を見下ろしながら、わしは勝利の味を奥歯で噛み締めていた。

 わしがスロットルをゆっくりとニュートラルに戻すと、大和の背部で唸りを上げていた船舶級ツイン・ハイドロジェットの咆哮が、徐々に低く、重苦しいアイドリング音へと変わっていった。

 荒れ狂っていた水流の推進力が途切れると、浅瀬の海はまるで何事もなかったかのように、ゆっくりと元の穏やかな波へと戻っていく。

 その渦の中心、波が引いた後の岩礁地帯には、見るも無惨な姿へと成り果てた緑龍が、鋭い岩盤に力なくもたれかかっていた。

 カワシマが手掛けた空隙制御プラスチック装甲は、無数のドローンとの衝突と、大和が作り出した岩盤と激流のサンドバッグ状態に耐えきれず、機体の半分以上が派手に砕け散って海面へ剥がれ落ちている。

「脆いもんじゃのう。所詮はプラスチックの張りぼてか 」

 わしはコンソール越しにその装甲の剥がれた姿を見下ろし鼻で笑った。

 ガチャシャシャシャッ!!

 手元のスイッチを弾くと、強烈な巻き上げ音とともに、左右の岩盤に深く突き刺さっていた二本のアンカー『八岐やまた』の極太チェーンが回収され、大和の肩部装甲へと重々しく格納されていく。

 これ以上の追撃は無意味だ。もしここで機体のコアまで完全に破壊してしまえば、いくら事故だと言い張っても、運営に故意の破壊行為と判定されてわしたちが失格になりかねない。それにこれだけダメージを与えておけば、チョロチョロと動くような速度で走ることなど不可能だろう。

 わしはスロットルの出力を落とし、大和の駆動系を巡航モードへと切り替えた。

 ピーー、ピーー、ピーー。

『ジュタロウ。エネルギーの使い過ぎだ、バッテリー残量が10%を切ってる。ここは基地ドッグへ一度帰還するしかない』

 武尊が進言した。コンソールの端で黄色いアラートがいくつも点滅していた。

「……やっぱり大食いじゃのう、こいつは」

 わしは舌打ちをしてアラートを消した。920kgの超重装甲と船舶級ハイドロジェットの組み合わせは、圧倒的なパワーと引き換えに絶望的なほど燃費が悪い。先ほどの鳴門の渦を作り出すために、予定以上の電力を食いつぶしてしまっていた。

「ジュタロウ、また無駄にバッテリーを消費してるじゃない。大和のバッテリーのデータは海燕にも同期されこっちでも分かるんだから。あんなトカゲ一匹を沈めるのにどれだけ波を起こせば気が済むの」

 インカムからリサの呆れたようなため息が聞こえた。

「うるせぇのう。わしゃ手加減ができんのじゃ。お前じゃって、あんだけドローンをまとめて動かしとったら腹も減るじゃろうが」

 あんなに同時に百機ものドローンを操作するのは相当の脳にも負担がかかるだろう。

「まあいいわ。ここから先は私が道を作る。あなたは余計なことをせず、私の指示したラインの上だけを走りなさい」

 直後、わしの網膜レンズの視界に一本の光のラインが引かれた。上空を舞う海燕のドローン群とAI『八咫烏』によって、潮流の向き、風の抵抗、海底の地形による波の反射、抵抗を減らす海の最適ルートだった。このラインの上を走れば、大和の悪燃費を最低限に抑えられる。

「相変わらず、お前のAIは神経質で反吐が出るのう 」

「褒め言葉として受け取っておくわ、私のおかげでしょ」

「違いねぇわ」

 わしはニヤリと笑う。

 基地ドッグと合流して大和のバッテリーを交換した後、リサの引いたラインの上へ大和の巨体を乗せた。不思議なほど波の抵抗が消え、機体がスムーズに海面を滑り始める。

 わしらは小豆島を離れて面積を稼ぐために豊島、直島へと向かった。目障りな四国州の二機が不在のため、ノードを苦労なく暗赤色に染め上げていく。

 中二との協定ではスモール・ノードはあらかじめ分け合うことになっていた。大和は西北から左回りで南へと向かう、逆に海燕は西南エリアの男木島、女木島のエリアから右回りで北へ向かう。

 直島の南の海岸に差し掛かった時、リサの引いたルートの先に、海が一際輝いている場所を見つけた。

 接近すると海中に沈んだ巨大な南瓜のオブジェの上にラージ・ノードが鎮座していたのだ。わしらはこれで本日、土渕海峡に続く二つ目のラージ・ノードを獲得することができた。一気にZ値が跳ね上がる。

「ラージ・ノードは早い者勝ちって協定だから文句はないわ。こっちにも女木島の洞窟に一個あったから別に構わないわ。これで私たちの一位二位は確定でしょ」

 直島の割り当てのノードを取った後、面積を稼ぐために男木島、女木島方面へと向かった。決められた位置に移動するだけの退屈な作業だった。

 ピ―――、ピ―――、ピ―――ッ!!!

 その時、夕闇が迫る小豆島の空に、Day2『ブラインド・ハント』の競技終了を告げる17時の電子ホーンが鳴り響いた。

 わしの目の前のメインモニターで、リアルタイムに変動していた陣取りマップのポリゴンが、強烈な赤色のフラッシュと共にシステムロックされ二日目の得点が確定した。

『……Day2、競技時間終了です。選手の皆さん、本日は大変お疲れさまでした!』

 実況AIアンナの、どこか浮かれたような澄んだ合成音声が、瀬戸内海全域のオープンチャンネルと、仮想世界で熱狂する何百万という視聴者たちに向けて響き渡った。

『いやぁ、首位を走っていた黒麒麟がアクシデントにより戦線を離脱。続いて昨年優勝の緑龍も離脱する波乱の展開。両者にとっては不運の一日でしたね! それでは、二日目終了時点での総合ポイントと、現在の順位を発表します!』

 ドラムロールのSEと共に、空間のホログラムパネルに巨大な数字が打ち出される。

 わしは腕を組み、その結果を王座に座る気分で見上げた。

【Day2 終了時・総合スコア】

 第1位:中国第一『大和』 31482pt

 第2位:中国第二『海燕』 29459pt

 第3位:四国第一『黒麒麟』19504pt

 第4位:四国第二『緑龍』 15988pt

「ははははっ! 傑作じゃのう、こりゃ! 」

 わしはコンテナの天井を仰ぎ見て、大声で笑った。

 初日、最下位だった大和のスコアが、堂々のトップへと躍り出ている。

「ジュタロウ。大笑いしているところ悪いけど、通信入れるわよ」

 リサの呆れたような声がインカムに割り込んできた。

「おう、最高の気分じゃリサ。お前のドローン群の誘導とジャミング、完璧なタイミングじゃった。あんなに見事にはまるとはのう」

「当然よ。でも四国の連中も意外としぶといわ。どちらもまだ諦めてないみたいね」

 リサの言葉にわしは再びモニターに視線を落とした。

 確かに岩盤に寄りかかる緑龍のメインカメラはまだ死んではいない。何よりも四二のメンバーたちが総出で緑龍の復旧にせわしく動き回っていた。まだ諦めていないのが分かった。

 一方の黒麒麟も見た目のダメージはあちこちにまだ残っているが、あんなに痛めつけてやったのに自力で飛べるくらいまで復旧していたのには驚いた。よほど優秀なメンバーたちがいるのだろう。

「しぶといだけじゃ。あんなダメージ受けた機体で何ができるいうんじゃ 」

 わしは吐き捨てるように言い、大和の巨体を反転させた。920kgの鉄塊が動くたび、岩礁がミシミシと鳴った。

「それに、明日のDay3『オーバーライト・ブロウル(陣地強奪)』じゃ。わしらにおあつらえ向きのルールじゃろうが。『上書き(オーバーライト)』が解禁されるんじゃ。敵チームが獲得済みのノードの座標に機体を重ねりゃあ、自動的にオーバーライトが始まって自分の陣地にできる。じゃが、そのためには60秒かかる。その間にいっぺんでもその座標から外れてしもうたら、オーバーライトはゼロからやり直しになるけえの」

 わしは話を続ける。

「分かるか? 要するに明日のルールはノードの上で、敵の体当たりに60秒間耐え切ったやつが勝つ、単純明快な力比べいうこっちゃ。やつらにこの巨体が動かせると思うとるんか?」

「そうね。明日、私たち中国連合は四国勢の陣地を完全に包囲して蹂躙する。ジュタロウ、あなたは最強よ」

 通信の向こうのリサが静かに同意する。

「任せとけ。明日はアメンボ野郎も、トカゲ野郎も、改めてわしの足元でペチャンコにしたるけえ 」

 わしは夕日に赤く染まる瀬戸内の海を見渡しながら獰猛に歯を剥いた。

 大和の駆動系をアイドリング状態に戻し、指定された夜間停泊ポイントへの自動航行ルートを設定した。

 モニターの向こうでは、西の空へ向かって夕日が沈みかけている。瀬戸内の海が、まるで大和の装甲と同じ、重く鈍い暗赤色に染まっていた。

 この重工業の血を受け継ぐ鉄の塊が、明日すべて押し潰してやる。わしはコンテナのシートに深く身を沈め、明日への渇きを癒すように目を閉じた。


*****************************************

 わしの名は、野崎ジュタロウ。

 中国高専第一キャンパスに通う3年生じゃ。

 中国人と日本人のハーフとして生まれたわしは、重工業と造船のある町で育った。

 環境激変と人口減少によって世界の姿が変わっても、わしの故郷の根底に流れる鉄と、鉄の焼ける匂いは変わらなかった。ガキの頃から周りにあるのは、錆びた巨大なクレーン、放置された乾式ドック、そして山のような鉄のスクラップ。わしの遊び場はそういう場所だった。鉄の匂いを嗅ぎ、重機の唸り声を聞きながら大きくなった。

 腕っぷしには自信があったし、ストリートの喧嘩で負けたことなんて一度もなかった。中国第一高専に入って、ロボット工学の道に進んでからもわしの信念は一つだけだった。

 どんなに素早く動けても、どんなに賢いAIを積んでいても、一発殴られて壊れるような機体はオモチャと同じだ。最後に立っていた方が勝ちだ。

 わしが組み上げる機体は常に重く、常に硬く、そして圧倒的なパワーで他のひ弱な機体をスクラップにしてきた。わしの豪快なやり方を非難する奴もいたが、結果がすべてを黙らせてきた。少々のルール違反スレスレの行為だろうと勝てばいい。それがわしのやり方だ。

 だが、わしの人生でたった一度だけ。喧嘩でわしを指一本触れることすらなく完封した奴がいる。

 それが、四国第一キャンパスのパイロット、都扇ミライだ。忘れもしない。思い出すだけで奥歯がギリッと鳴る。


 あれはわしがまだ高専に入学して間もない、初夏のことだった。

 隣県の海浜公園へ機材のジャンクパーツを漁りに行った帰り道。わしは背中にずっしりと重いモーターや鉄パイプの入った麻袋を担ぎ、潮風で白く錆びついたフェンス沿いを歩いていた。 やけに人が群がっている一角があった。

 何かの雑誌のロケ撮影らしく、巨大なレフ板を持ったスタッフが道を完全に塞いでいる。その中心でポーズを決めている人物を、ミーハーな女子高生たちがキャーキャーと黄色い声を上げて取り囲み、スマホのカメラを向けていた。

「ここは公共の場所じゃろが。退かんかい 」

 わしは重い麻袋をドスッと足元に置き、舌打ちをして人垣を乱暴にかき分けた。

 視線の中心にいたそいつをわしは見下ろした。わしの身長は190cmを超えている。そいつはわしの肩ほどの身長しかない、線の細い優男だった。風になびくサラサラの髪に涼しげな目元。いかにも温室育ちのお坊ちゃんといった風情だ。

「おどれ、どこ高校じゃ?通行の邪魔になっとるんが分からんのか 」

 わしが威圧的に凄んでみせても、そいつは一切怯むことなく、むしろ不思議そうに小首を傾げた。

「君こそ誰だ?怒る前にまずは言葉で説明してくれないか」

 そのスカした態度にカチンときた。 理屈をこねるエリート気取りのツラ。わしが一番嫌いな人種だ。

「言葉よりこっちの方が早ぇじゃろ」

 わしの右拳が、やつの肩口に向かって振り下ろされた。喧嘩慣れしたわしの、腰の回転から肩、そして拳へと体重を完璧に乗せた一撃。当たる、と思った。 だが――わしの拳は確かにやつの肩に触れたはずなのに、そこには手ごたえがまるで無かった。

 正確には、わざと当てさせられた。そいつはわしの拳が触れた瞬間、自らの体を柳の枝のようにしならせ、向かってくる運動エネルギーのベクトルを完全に横へと受け流した。

 力を完全にいなされ、前のめりになったわしの右腕は、そのまま蛇のように絡め取られた。 手首を捻られ、肘の関節がロックされ、わしの体重と筋力がそのままわし自身の肩を破壊する完璧な角度で極められる。物理学のテコの原理を人間の骨格で完全に再現したような、恐ろしいほど無駄のない美しい動きだった。抵抗する間もなかった。

 気が付くと、わしの頬は硬く冷たいコンクリートの地面に押し付けられていた。

「まだやるかい?」

 頭上から静かな声が降ってきた。

 ギャラリーの女子高生たちが息を呑む気配が伝わってくる。わしは身動きが取れなかった。力学的に完全にロックされている。純粋な腕力ではなく、関節の構造を知り尽くした動き。それで勝負はついていた。

 だが、わしのプライドがそれを許さなかった。

「ふざけんな……もう勝った気でおるんか! 」

 わしは関節を極められたまま、力任せに無理矢理立ち上がろうと全身の筋肉を軋ませた。わしには打算があった。こんな線の細いモデルもどきが、相手の骨をへし折るような残虐な真似まで踏み切れるはずがない、と。わしの筋力なら、少々の痛みを我慢すれば強引に外せる。

「へー、すごい力だ。でも、動かさない方がいい」

 やつが淡々と言った瞬間、ロックされた関節にミシリと致命的な圧が掛かった。動かせば躊躇なく折る、と。

 その底知れない冷酷な意志が、言葉ではなく、わしの腕を極めている指先から直接伝わってきた。わしの右腕は本能的な恐怖で完全に動きを止めていた。

「おどれ、名前は……?」

 わしが地面に這いつくばったまま、屈辱で血が滲むほど唇を噛んで唸るように聞くと、やつはわしの腕をスッと解放し、見下ろして言った。

「香川第六中三年。都扇ミライ。逃げも隠れもしないよ」

 中学生、だと?

 わしより年下のガキに力も体格も勝るわしが地面に組み伏せられた。

 完全な敗北だった。

 涼しげな顔で完全に否定されたあの瞬間が、わしの腹の底に火を点けた。

 お前がわしの力をいなすなら、わしはいなすことすら圧倒的な力を武器にしてやる。どんな技術を持っていようが、力の前では無力だと教えてやる。

 だから、わしはこの『大和』に魂を込めた。

 あの時の借りを返すために。やつがわしのことを覚えているかは知らない。

 そんなことどうでもいい。明日、わしの圧倒的な力を無理矢理にでも分からせてやる。

*****************************************


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