第5章:車椅子と、不孝な猛禽
「まさか…、罠……?」
久谷カナタの血の気を失った呟きがコンテナ内の空気を一変させた。その青ざめた顔は、明滅するホログラムの光に不気味に照らされている。
私は車椅子の背もたれに預けていた体重を前へと移し、手元のメインコンソールを弾いた。動かない両足の太ももを、無意識のうちに強く掴む。
気づくのが遅かった。小豆島と前島を隔てる全長1.8kmの土渕海峡で入口と出口を塞がれれば逃げ場がない。
都扇ミライが操る『黒麒麟』は、すでにその細長いコンクリートの棺桶のど真ん中へ、美しく流線型の機体を沈み込ませてしまっていた。両岸にそびえる長年の塩害で黒ずみ、貝殻がびっしりとこびり付いた護岸は、機体とのクリアランスがデータ値よりもさらに少なく数十センチしかない。ホバーの圧縮波が壁に跳ね返り、コンテナのモニターに不規則な振動を伝えてきている。
「ミライ! ホバー出力を最大にしてこの海峡から離脱するんだ!」
私はインカムへ鋭く指示を飛ばした。
「でも目の前にラージノードが…」
「一旦、ラージ・ノードのことは忘れて、座標から目を離せ。マップの全体を見ろ!」
私はミライの網膜レンズへ、強制的に広域レーダーの映像を同期させた。土渕海峡という一本道の出口と入り口。その両端に、中国州の二校が完璧なタイミングで蓋をしにかかっていた。
「ここまで来て諦められるか。ラージ・ノードはもらっておくよ」
ラージ・ノードまであと50mの距離に迫っていた。
その向こう側に、太陽の光を遮る巨大な暗鉄色の壁が立ち塞がった。造船技術の結晶たる超重装甲機、中国第一の『大和』だった。
「挟み撃ちにする気か?」
ミライの息を呑む音が聞こえた。
大和は海峡の入り口ギリギリにその巨体を横たえ、まるで獲物を逃がさない蓋のように8本の極太の脚を海底の岩盤へと深く突き立てた。大和の機体幅を考えれば、この狭い海峡内へ進入することなど物理的に不可能だ。
大和は進入できないのなら、なぜあそこにいる?
『瀬戸内の波は穏やかで退屈じゃろ。ちいと波乗りに付き合えや』
オープン回線で大和のパイロット、野崎ジュタロウの声が響いた。
モニター越しに見える大和の背部――巨大な船舶級ツイン・ハイドロジェットが、不気味な赤い放熱光を帯びて唸りを上げ始めていたのだ。推進器のノズルが、こちら側、つまり海峡の内部へと向けられている。
「クウゴ先輩、これは……!」
その直後だった。
ゴォォォォォォォ……!!!
小豆島の堅牢な地盤を伝い、瀬戸内の海水を根こそぎ震わせるような凄まじい重低音が炸裂した。船舶級ツイン・ハイドロジェットが、逃げ場のない幅2.4mの細い水路へと、莫大な質量の水を高圧で無理やり押し込んできたのだ。
細い管に大量の水を流し込めばどうなるか。答えは明白だ。穏やかだった土渕海峡の海面は瞬く間に異常な盛り上がりを見せ、局所的な大津波となって黒麒麟の正面から牙を剥いた。
機体そのものをぶつけるルール違反を犯すのではなく、自然そのものを凶器に変え、相手を圧殺する。
機体を浮かせるための超高圧の圧縮波は足元があってこそ成立する。だが今、黒麒麟の下にあるのは、狂ったように上下に暴れ回る流体の斜面だ。圧縮波は不規則に乱反射し、揚力を失った流線型の機体は、濁流に呑まれた木の葉のように激しく上下左右に揺さぶられた。
「くっ……! 機体が持っていかれる!」
ガンッ!! ギガガガガッ!!
機体が海峡のザラついたコンクリート護岸に激突し、クロサワが誇る漆黒のメビウス合金から痛ましい火花が散る。遠隔操縦のフィードバックを受け、コンテナ全体が不快な金属音を立てて軋み、室内の照明が警告の赤色へと明滅を始めた。
『エラー。姿勢制御不能。ベクタースラスター内部に海水の流入を確認。同調率低下。予測不可能な流体ノイズを検知。制御が追いつきません』
カナタの目の前で、ラプラスの青白いホログラムログが、次々と真っ赤なエラーメッセージに塗り潰されていく。
「ラプラス、波高を再計算しろ! 護岸からの乱反射係数を予測して、スラスターの逆噴射で相殺するんだ! 早くしろ!」
カナタは半狂乱になりながら、空間入力のコンソールを叩き続けた。漆黒のサーバー群が悲鳴のような冷却音を上げ、膨大な熱の匂いがコンテナ内に充満し始める。だが、出口のない無限ループのエラーを返すだけだった。
「前方、東の出口で熱源反応が急上昇! 大和の推進器、出力100%を超えます!また波が来ます!」
エンジニアのホアが、血の気を失った顔で絶叫した。
「ミライ。上からから脱出しろ!」
海峡も完全に上部が塞がれているわけではない。黒麒麟が空いた空間から脱出を試みる。
しかしその上方も異様な気配が満ちていた。
「上方から小型ドローン多数がいます。それに異常な気象データ! 霧……いや、違います、これは…!」
ホアの声が裏返る。
『私のミストで溶かしてあげる』
オープン回線で海燕のパイロット、棚海リサの声が聞こえた。
黒麒麟の後方、私たちが通ってきた西の入り口から、不自然なほど濃密な白い霧が、意志を持った生き物のように這い寄ってきていた。中国第二『海燕』の百機の極小ドローン群が引き起こす人工水霧だった。
「レーダー、光学視界、共に急速に低下! ラプラスの地形補正機能が……ジャミングノイズで妨害されています!」
霧はあっという間に土渕海峡の空間を埋め尽くし、黒麒麟の機体を完全に包み込んだ。それは単なる視界不良ではない。ドローン群が発する強力なジャミング電波が、黒麒麟の各種センサーと広域レーダー網を完全に遮断していく。
「視界ゼロ! センサーも効かない……! この変な霧のせいで自分の姿勢が保てない!」
パイロットスーツを汗でぐっしょりと濡らしたミライが、暴れ狂う操縦桿を力ずくで押さえつけながら叫ぶ。
カナタの指先がホログラムコンソールの上で必死に踊るが、エラーを示す赤い警告表示は増える一方だった。ドローンが発する強力な妨害電波が、黒麒麟の各種センサーとレーダー網を遮断していく。
前は超重装甲が延々と吐き出し続ける大津波。後ろは視界とレーダーを奪うジャミングの白い闇。逃げ場のない一直線の密室で、私たちは完全に袋の鼠となっていた。
「ぶつけても構わない。上から出ろ」
上方に逃げようとすると、小型ドローンが束になって抑え込まれる。両側を壁に挟まれて回避ルートが無い。
「大和の推進器、出力120%を超えます! 更に波が来ます!」
エンジニアのホアの悲鳴がコンテナ内の空気を引き裂いた。
ガガガンッ!! ギガガガガガッ!!
大波が襲い掛かるたびに機体を壁に削られる。
「これが、連中のやり方か……!」
私は車椅子のジョイスティックを力強く握りしめた。
やつらは最初からこれを狙っていたのだ。ラージ・ノードという餌で、圧倒的な機動力を誇る私たちをこの海峡に誘い込み、私たちが逃げられないように封鎖した。
「これが……ロボコンの戦い方かよ……!」
ミライがギリッと歯を食いしばる。
「……僕の、ラプラスが……」
カナタは、アクセス権を失い真っ赤なエラーを吐き出し続ける自分のコンソールパネルの前に、幽鬼のように立ち尽くしていた。
その阿鼻叫喚の光景を見つめながら、私は車椅子のシートの奥で、動かないはずの自分の両足に幻影の痛みが走るのを感じていた。
「ミライ、ホバーユニットの主電源を落とせ!」
私の張り裂けるような一喝が、パニックに陥りかけたコンテナの空気を叩き切った。
「なっ……正気ですか!? ホバーを切ったら、波に飲まれて機体が壁に激突します!」
「激突させるんだ! 両サイドのスタビライザーを最大展開して、海峡のコンクリート壁に機体ごと突っ張れ!」
私の指示の意図に気づき、エンジニアのホアが息を呑んだ。
「機体ごと楔にする気ですか……!? そんなことをしたら、メビウス合金のフレームが……」
「かまわん、やれ!!」
ミライは一瞬だけ唇を噛み締め、そして覚悟を決めたように操縦桿の安全装置を弾き飛ばした。
「――メインホバー、シャットダウン! スタビライザー、全開!」
黒麒麟の機体を海面から浮かせていた超高圧の圧縮波がプツリと途切れる。同時に、前後へ長く伸びていた姿勢制御用のブレードアーム(スタビライザー)が、左右の護岸に向けて乱暴に展開された。
ギャガガガガガガッ!!!
凄まじい金属の絶叫が、インカムを通じて響き渡った。
浮力を完全に失った黒麒麟は、大和の引き波に呑み込まれながら土渕海峡のコンクリート壁を落下していく。鋭く展開されたスタビライザーが、長年の塩害で脆くなっていた両岸の壁に深々と突き刺さり、ブレーキをかけながら暗闇の水路に強烈な火花を散らす。
美しい漆黒の機体は、無残に傷だらけになりながら、文字通り楔となって激流のただ中で完全に停止した。
直後、東の出口から大和が送り込んできた最大の波のうねりが、黒麒麟の頭上を無情に通過していく。機体は完全に水没し、カメラもセンサーも一瞬ブラックアウトした。
だが、両壁に深く食い込んだスタビライザーと、極限まで無駄を削ぎ落とした流線型のボディが波の威力を強引に受け流し、致命的な圧壊と転覆だけは免れていた。
私たちは、かろうじてまだ生きていた。
激流が通り過ぎた土渕海峡には、不気味なほどの静寂が降りていた。
コンテナ内に響くのは、システム冷却用のファンが立てる弱々しい回転音と、アラートを告げる無機質な警告音だけだ。メインホバーを強制停止し、システム全体がフェイルセーフに移行したため、室内は非常用の赤い照明に染まっている。
網膜レンズ越しのモニターには、水位が急激に下がっていく海峡の底で、両側のコンクリート護岸にスタビライザーを深々と突き刺したまま、十字架に磔にされたように宙吊りになっている黒麒麟の姿が映し出されていた。
「……大和の推進器音、遠ざかります。海燕のフェザーミストも、風に流されて急速に霧散していきます。中国州の二機は完全にこの海域を離脱していきました」
ホアが震える指先でかろうじて生きている環境センサーの数値を読み上げた。その声は酷く掠れていた。
「機体が大破していようが、海峡に挟まって身動きが取れなくなっていようが、どちらにせよ私たちが戦線に復帰するまでには相当な時間がかかる」
私は車椅子の上で、深く息を吐き出しながら言った。
「……僕の、せいだ」
暗闇の中、うわ言のようなカナタの声が響いた。
彼は真っ暗になった自分のコンソールパネルの前で、崩れ落ちるように膝をついていた。両手で頭を抱え、自分の指を髪に深く食い込ませている。
「ラプラスは完璧だった。地形も、風も、波の反射係数も、すべて誤差の範囲内に収めていたのに……」
「カナタ」
私はゆっくりと車椅子を前へ進め、床にうずくまるカナタの傍らで止まった。
「顔を上げろ、カナタ」
「……クウゴ先輩、僕のAIは……失敗作です……」
「お前のせいじゃない。リーダーの私が判断したんだ。全部、私の責任だ」
私の静かだが強い語気に、カナタはびくりと肩を震わせて顔を上げた。赤色灯に照らされた彼の頬には、悔し涙が伝っていた。
私は彼を見下ろすのではなく、同じ目線になるように身体を深く前傾させた。
「カナタ。お前の組んだラプラスは失敗作などではない。その証拠にお前のAIはあの大津波の中でも最後のコンマ一秒まで諦めず、機体を致命的な激突から守り抜いた」
カナタが微かに息を呑む。私は視線を前方に移し、メインモニターに映る無惨な姿の黒麒麟を指差した。
「見ろ。メビウス合金の装甲は傷だらけだが、まだ死んではいない。大和の大質量と激流の暴力を正面から受けて、それでも黒麒麟は耐えた。それが事実だ」
私は自らの動かない両足を手のひらでゆっくりと叩いた。
「脚が動かなくなったからといって、立ち止まる理由にはならない。這いつくばってでも進むしかないだろ」
私の静かな問いかけに、真っ先に反応したのはミライだった。
「……あぁ、全くその通りだ」
彼は操縦桿から片手を離し、自らの純白のパイロットスーツの胸元を無造作に引き破るようにしてファスナーを下ろした。涼しげで優雅なモデルとしての顔はそこにはない。その瞳には、今まで見せたことのない炎が宿っていた。
「まだ試合は終わっちゃいない……、こんなやられっぱなしで引き下がれない」
ミライは両手で再び操縦桿を強く握りしめた。
「ホア、システムをマニュアルで再起動してくれ。スタビライザーを力ずくで引き抜く。機体が軋もうが装甲が剥がれようが構わん」
「……了解しました」
ホアの顔にも、先ほどまでの絶望は消えていた。彼女はエンジニアとしての誇りを取り戻したように、目にも留まらぬ速さで復旧コマンドを叩き込み始める。
「メインバッテリーの電源を独立回路へバイパス。ホバーユニットの吸気口に詰まった異物を強制パージ。……ミライ先輩、ラプラスの補正機能はありません。完全にパイロットの腕と力だけの勝負になります」
「望むところだ。この海峡から脱出するぞ」
ミライが操縦桿を渾身の力で手前に引く。
コンクリートの護岸に深く突き刺さっていた黒麒麟のスタビライザーが、ギリギリィィィッ! と鼓膜を劈くような不快な金属音を立てて軋んだ。
「抜けろぉぉぉっ!!」
ミライの絶叫とともに、機体の予備駆動系が限界を超えた出力で唸りを上げる。
バキィンッ!!
スタビライザーが折れるよりも先に、長年の塩害で脆くなっていた護岸のコンクリートの方が砕け落ちた。砕け散った破片と共に、壁の拘束から抜け出した黒麒麟の機体が水路の底へと落下し、バシャァン! と重い水飛沫を上げて着水する。
かつて浮上して優雅に滑空していた漆黒の刃は、水面を漂うだけの機体へと成り下がっていた。限界を超えた出力で引き抜いた代償としてバッテリー残量は底を突きかけ、ホバーの吸気口にはヘドロが詰まって鈍い放熱の煙を上げている。
「ラプラスのメインシステムはロックされました。ですが、サブの環境解析モジュールはまだ生きています。ミライ先輩の操縦に合わせて、局所的な姿勢制御の補正なら僕が手動で合わせられます」
「やれるか、カナタ」
「やります。僕がラプラスの代わりになって黒麒麟を補助します」
その言葉に、私は深く頷いた。
「行くぞ、お前たち」
私は車椅子のコンソールから、全システムへの同期を開始した。
黒麒麟のスラスターが、かつてないほど荒々しい爆音を響かせ、土渕海峡の暗がりから夕日に染まる瀬戸内の海へと飛び出していった。
すぐに基地ドッグの甲板へと回収する。想像以上に黒麒麟の機体の損傷が激しい。オーバーヒートしたスラスターの熱を冷ますために水を浴びせる。
「ホア、おれも手伝うから一旦はばらして、予備のあるパーツは全部交換しよう。ミライ、コンテナから予備のパーツを全部出してきてくれ」
「任せろ!」
「僕も手伝います」
ミライの後を追おうとするカナタの手を掴んで止めた。
「おまえはラプラスを再起動して、黒麒麟の換装部品が変わるから機体バランスを再調しろ、スラスターも元の出力まで戻せるか分からんからそれも調整して飛べるようにしろ!」
ラプラスの調整はカナタにしかできない。
「はい!」
瀬戸内の海上で、漆黒のローバーの蘇生作業が始まった。
諦めるのはまだ早い。まだ死んではいない。できる最善策で最速で復旧させなければいけない。それが私の役目だ。
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私の名前は空前クウゴ。
四国高専第一キャンパスに通う4年生だ。この『Setouchi 72H』の前身を含め、ロボコンの表舞台に立つのはこれで3度目になる。
15年前のあの日。
南海大震災は幼かった私のすべてを理不尽に奪い去った。崩れ落ちた家屋の瓦礫の下で救助隊に震災から28時間後に助けられたという。私にはその時の記憶は一切無かった。
生死の渕を彷徨い、長い暗闇を抜けて病院のベッドで目が覚めた時、私をいつも優しく撫でてくれていた両親はすでにこの世になく、私の下半身からは一切の感覚が消え失せていた。
動かない自分の足。そして、もういない両親。
自然という絶望的な脅威に理不尽を泣き叫び、運命を呪う時間は施設での生活の中で沸々と蓄積されていった。
明日、また震災が起こって今の生活を奪われるかもしれない。また知っている人が死んでしまうかもしれない……。
恐くて、涙が零れた。
何をやっても無駄じゃないのか。
そんな色のない私の世界に、光を差し伸べてくれたのが嶋さんだった。
施設にボランティアの義肢装具・モビリティ技師として出入りしていた嶋さんは無精髭を生やし、いつも古くさい機械油と缶コーヒーの匂いを漂わせている初老の男だった。
嶋さんは心を閉ざして口を利かない私に同情するでもなく、慰めるでもなく、ただ黙々と部屋の隅でジャンクパーツをいじっていた。
ある日、彼は一台の改造された車椅子を私のベッドの横にドンと置いた。 医療用のスマートなものではない。廃棄された自動配送ドローンのモーターと、旧世代のモビリティのフレームを溶接して繋ぎ合わせた、無骨で傷だらけの鉄の塊の車椅子だった。
「乗れ、クウゴ」
嶋さんはぶっきらぼうに言った。
「失われたものは二度と戻らん。いくら神様に祈っても新しい足は生えてこないし、死んだ人間は帰ってこない。……だがな、頭が動いて意志があるなら、技術がおまえの代わりの足になる。お前はどこへだって行けるんだよ」
抱きかかえられるようにして乗せられたその車椅子は、網膜の視線と指先のわずかな入力だけで、私の神経と直結したかのように滑らかに動いた。
自分の意思で車椅子が施設の中庭へと滑り出した時、突然、空から小雨が降り出した。季節は夏から少し寒くなり始めた秋だった。今の日本では秋の時間はごく短い。
「おい、クウゴ。濡れちまうぞ」
私の身体を冷たい雨が打つ。
痛くて、寒くて、でもどうしようもなく嬉しかった。
車椅子を使い始めてから私の行動範囲が広がった。自分の意思でこの世界に干渉できるという事実がそれだけ私の世界を広げてくれたことか。
施設を出る前に嶋さんにいろんなことを教えてもらった。車椅子の整備の仕方、自分で改造して出来ることが増えるたびに世界が広がっていく感覚がした。階段の上り下りや高いものを取ったり施設を出るまでに足の不自由さを感じることがほとんどなくなった。
そんな私がロボコンと出会ったのは四国高専第一キャンパスに入学して間もない頃だった。
自分の足で自由に走れない私にとって、自らの意思をコードと機械に託し、フィールドを縦横無尽に駆け回るロボットの姿は、まさに私が夢見る自由そのものだった。課せられた不自由な課題に抗うための、人間の知恵と論理の結晶。それに魅了されるのにさほど時間はかからなかった。
強豪である四一のロボコン部。一切の妥協も敗北も許されないプレッシャーの中、私は自分の車椅子で培われた技術が評価され、瞬く間にチームの中枢へと引き上げられた。
そして昨年の全国大会が終わった後、卒業を控えた当時のリーダーの先輩に、誰もいないガレージに呼び出された。
「クウゴ。来年からはお前がリーダーだ。四一を頼むぞ」
私はそんな言葉をかけられるなんて一切想像もしていなかった。自分の動かない両足を見下ろした。
「……私なんかで務まるのでしょうか?いざという時、私はこの足のせいで仲間を助けるどころか、仲間の足を引っ張ることになるかもしれません……」
私がそう愚痴ると、先輩は力強く私の肩を叩いた。
「何言ってるんだ。ちゃんとおれは見てたぞ。おまえは確かに自分の足じゃ歩けないかもしれない。でも、こんな状態になっても決してお前は諦めてなかったじゃないか。一歩一歩ここまで進んできたんだろ。その強さが四一には必要なんだ。頼んだぞ、おまえも次の世代へ繋いでやってくれ」
その日から私は、四一のリーダーとしての役割を演じ続けている。
常に周りに気を配り状況を見定めチームを勝利に導くこと。万策を尽くして失敗すること。互いの意見が対立して喧嘩すること。それでも前に進んでいるのならいい。諦めるのはまだ早い。15年前のある日、命さえあれば必ず挽回できるのだと私は知っている。
そして、次の世代へちゃんとこの思いを繋ぐこと。それが私の役目だ。
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