ヒロインは“正常”で、だから一番おかしい
静かだった。
信じられないくらい、静かだった。
朝。
鳥の声。風の音。焚き火の残り香。
誰も騒いでいない。
誰もボケていない。
誰も意味不明なことを言っていない。
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「……」
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佐藤悠斗は、ゆっくりと目を開けた。
違和感があった。
ものすごく、違和感があった。
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「……誰もいない?」
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周りを見渡す。
アリスもいない。
ユイもいない。
ミナもいない。
エリナもいない。
ミルフィーナもいない。
魔王も賢者もタケシもゴンザレスもいない。
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全員、いない。
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「……え?」
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嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感がした。
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「……平和すぎる」
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思わず口から出た。
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その時だった。
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「おはようございます」
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声がした。
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振り向く。
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そこにいたのは、一人の少女だった。
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黒髪。
落ち着いた服装。
穏やかな表情。
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そして。
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「今日はいい天気ですね」
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普通だった。
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「……」
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悠斗は、しばらく何も言えなかった。
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普通だ。
完全に普通だ。
言葉の選び方も、距離感も、反応も。
全部が普通。
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この世界に来てから、一度も見たことがないレベルで普通だった。
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「……誰だ?」
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「通りすがりです」
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普通の返答。
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「ここで何してる?」
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「少し休んでいました」
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普通。
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会話が成立している。
ちゃんと繋がっている。
変な方向に飛ばない。
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悠斗は、ゆっくりと一歩近づいた。
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「……お前」
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「はい?」
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「普通だな」
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「はい?」
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少女は少し首を傾げた。
その反応すら普通だった。
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「あなたこそ、少し様子がおかしいですよ?」
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「……」
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その言葉に、悠斗は一瞬だけ固まった。
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「どこがだ」
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「会話の途中で叫びますし、落ち着きがありませんし……」
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完全に正論だった。
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「あと」
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少女は少しだけ考えてから言った。
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「ずっと誰かに話しかけているみたいでした」
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「……え?」
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空気が、少しだけ変わった。
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「一人で?」
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「はい」
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悠斗の背筋に、冷たいものが走る。
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「いや、そんなはず……」
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振り向く。
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誰もいない。
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もう一度見る。
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誰もいない。
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「……」
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「どうしました?」
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「……いや」
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おかしい。
何かがおかしい。
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あのカオスなメンバーが、いない。
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それなのに。
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違和感がある。
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「……静かすぎる」
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口に出していた。
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「静かな方がいいと思いますが?」
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「いや」
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悠斗は首を振る。
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「うるさい方が、落ち着く」
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「……」
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少女は、少しだけ目を細めた。
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「それは」
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「それは、普通ではありませんね」
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その言葉が、妙に重く響いた。
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悠斗は、しばらく黙った。
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そして。
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「……なあ」
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「はい」
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「ここ、どこだ?」
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「森の近くですよ」
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「そうじゃなくて」
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言葉を選ぶ。
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「……この世界って、なんなんだ?」
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少女は、少しだけ考えた。
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そして、静かに答えた。
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「“歪んだ世界”です」
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「……」
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「普通の人間は、ここでは長くいられません」
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「……どういう意味だ」
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「すぐに、染まってしまうからです」
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風が吹く。
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その言葉は、冗談には聞こえなかった。
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「あなたも」
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少女は悠斗を見る。
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「少しずつ、変わってきています」
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「……」
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悠斗は何も言えなかった。
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思い当たることが、あったからだ。
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ツッコミが当たり前になっていること。
ボケを受け入れ始めていること。
この状況に、慣れ始めていること。
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「……まさか」
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「はい」
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少女は小さく頷いた。
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「それが、この世界です」
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その瞬間。
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「悠斗ぉぉぉぉ!!」
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聞き慣れた声が響いた。
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「見つけた♡」
「いた」
「やっと追いついた!」
「お兄さん!」
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一気に戻ってきた。
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アリス。ユイ。ミナ。エリナ。ミルフィーナ。
全員。
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「うるさっ!!」
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思わず叫ぶ。
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そして。
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安心した。
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「……ああ」
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悠斗は小さく呟く。
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「こっちの方が、落ち着く」
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少女が、その様子を見ていた。
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「……やっぱり」
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小さく呟く。
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「遅かったですね」
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「何がだ?」
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「いえ」
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少女は首を振る。
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「何でもありません」
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そして。
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「私はシオンです」
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静かに名乗った。
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ユイが言う。
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「第六ヒロイン」
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「やっぱりそうなるのか!!」
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ミナが笑う。
「普通すぎて逆に怪しいね!」
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アリスが頷く。
「家族が増えましたね♡」
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「だからやめろ!!」
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シオンは、ただ静かに微笑んでいた。
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その笑顔は。
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この世界で、一番違和感があった。
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――ヒロインは、まだ増える。
第7話を読んでいただきありがとうございます。
今回はこれまでと少し違い、「普通のヒロイン」を登場させました。
ですが、この世界では“普通”であること自体が一番の違和感になります。
悠斗の中にも少しずつ変化が出始めていて、
ここから物語はコメディだけでなく、ほんの少しだけ核心に近づいていきます。
とはいえ基本は変わらずコメディ全開なので、気軽に楽しんでいただければ嬉しいです。
次回はまた一気にカオス寄りに戻しつつ、さらに展開を加速させていきます。




